平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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清水潔『桶川ストーカー殺人事件―遺言』(新潮文庫)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

ひとりの週刊誌記者が、殺人犯を捜し当て、警察の腐敗を暴いた…。埼玉県の桶川駅前で白昼起こった女子大生猪野詩織さん殺害事件。彼女の悲痛な「遺言」は、迷宮入りが囁かれる中、警察とマスコミにより歪められるかに見えた。だがその遺言を信じ、執念の取材を続けた記者が辿り着いた意外な事件の深層、警察の闇とは。「記者の教科書」と絶賛された、事件ノンフィクションの金字塔!日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

2000年10月、『遺言―桶川ストーカー殺人事件の深層』のタイトルで新潮社より刊行。加筆のうえ2004年5月、文庫化。



1999年に起きた桶川ストーカー殺人事件。ストーカーという言葉を世に広めるきっかけとなり、2000年には「ストーカー行為等の規制に関する法律」が成立、施行されることとなった事件である。

桶川ストーカー殺人事件では、被害者遺族に対する取材が殺到。マスコミが被害者遺族宅を囲み、午前1時過ぎまでコメントを求める声が続くなど加熱。葬儀社に嘘をついてまで、被害者の葬儀を撮影しようとしたテレビ局もあったという。問題が出ると一応は反省するけれど、結局元の木阿弥が多いマスコミ。「マスゴミ」と言われても仕方がないと思うけれどね、自浄作用が欠片もないし。

本書は、当時『FOCUS』の記者だった清水潔によるノンフィクション。偏った被害者情報が表に出てくることに疑問を抱き、そして被害者の友だちから聞いた話を信じ、取材を続ける清水潔。そして犯人までたどり着く清水。その裏にあったのは、上尾警察署による事件隠しだった。

それにしても、上尾警察署の対応はひどい。被害者側がストーカー被害を相談しながらも全く対応しようとしなかったのもさることながら、告訴状を提出しても全く捜査せず、被害者の家族に告訴の取り下げを要求していたのだから。これだけの被害者の背景をわかっていれば、犯人など容易に辿り着くことができただろうに、まともに捜査もせず、被害者の悪印象ばかりをマスコミに流して印象操作していたのだから、呆れるにもほどがある。警察は元々身内に甘く、自らのミスを隠ぺいしようとする体質にあるが、ここまで露骨なのもひどい。ストーカー被害にあっていたのを知っていたのだったら、犯人が誰かすぐに見当がつくはずなのに、全く捜査していないのだから。所詮警察もお役所か。

本事件における清水潔であるが、特段変ったことをしているわけではない。被害者周辺の声を聴き、それに基づいて調査しているだけのことだ。『FOCUS』もそれなりに大手ではあるが、大手新聞社だったらもっと早く犯人に辿り着いていたと思われる。それを全くできず、警察の垂れ流す嘘の情報をそのまま載せるだけなのだから、新聞記者というのも実にお手軽なお仕事である。記者クラブなどさっさと解体すればいいのに。

粗筋紹介で「記者の教科書」とあるが、本当にそう思う。嘘の情報に惑わされず、自分の目で調査した事のみを信じ、真実に向かって突き進んでいく。記者としては当たり前のことをしているだけにすぎないと思う。そんな当たり前の仕事をできる記者が、現在では本当にいなくなったということだろう。

当時、写真週刊誌なんて全く信用していなかったが、この連載だけは食い入るように読んでいた記憶がある。そして、こんなまともな記者もいるのだと、我が不徳を恥じたものだった。

清水潔は後に『FOCUS』で埼玉県警不正キャンペーンを行い、それに鳥越俊太郎が目を付けて広めたため、大きく取り上げられるようになった。埼玉県警は後に不正捜査を認めて謝罪する。

清水潔は本連載により、2001年の日本ジャーナリスト会議JCJ)大賞ならびに編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞を受賞した。

今更ではあるが、本書はぜひ多くの人に手に取ってほしいと思う。警察が我が身を守ることが第一であることであり、必ずしも市民の味方とは限らないことが分かる。そしてマスコミは当てにならないが、信頼できる記者もまだ存在することもわかる。でなければ、被害者の父親が、文庫版の最後に言葉を寄せることなどないだろう。