平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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松木麗『恋文』(角川文庫)

恋文 (角川文庫)

恋文 (角川文庫)

落ちぶれた純文学作家、上野兼重が自宅で死体となって発見された。死因がインスリンの大量摂取であったことから自殺と思われ、遺体も荼毘に付された。しかし死亡当日の動きに不審な点があったことから、警察は後妻でスナックの美人ママである規世子に事情聴取をしたところ、規世子はあっさりと自供。T地検に着任した間瀬惇子は規世子に聴取したうえで起訴した。しかし公判で規世子は罪状認否で「たぶんやった」と曖昧な返答しかしなかった。そして第二回公判で弁護側は、兼重の先妻の戸籍謄本と、兼重が残した小説を証拠として提出した。

1992年、第12回横溝正史賞受賞。同年5月、単行本刊行。加筆訂正の上、1998年4月、文庫化。



作者は現職の検事(当時)。1998年には本名の佐々木知子で自民党から参議院選挙に比例代表で立候補し、当選。1期務めた。現在は弁護士。ペンネームは、「まっ、きれい」から来ている。

現職の検事が書いた心理サスペンス。兼重は『最後の恋文』で文学賞を受賞してベストセラーとなったのに妻に駆け落ちされ、2年後に13歳下の規世子と再婚している。主人公の惇子も、母が死亡した後、父親が従妹と再婚し仲良くしている。惇子は規世子に母の姿を重ねる。

うーん、何とも言い難い作品。推理小説としての興味は、一度は自供しながら公判で否定する規世子の心理であるし、公判で自供をひっくり返すだけの証拠であったりするわけだが、それが出てくるのは後半も後半。そもそも短い作品である(文庫で229ページ)し、惇子の過去が規世子の心情とオーバーラップする形で語られるため、物語の進行としては非常に遅い。惇子の部分を抜いたら、短編と言ってもいいぐらいだ。そのくせ惇子がどのような姿をしているかは全く浮かび上がってこないし、それ以上に規世子がどんな人物か、あまりにも印象が薄すぎてこれも伝わってこない。タイトルの「恋文」も、よくよく考えてみるとありきたりなネタであったりする。

はっきり言って、作者が現役女性検事でなければ受賞しなかっただろう。それぐらい印象が希薄な作品。