平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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斎藤純『テニス、そして殺人者のタンゴ』(講談社文庫)

テニス、そして殺人者のタンゴ (講談社文庫)

テニス、そして殺人者のタンゴ (講談社文庫)

幻のピアニスト伊豆田敏郎の演奏テープが発見された。アメリカのレコード会社がそのテープを発売するという話が持ち上がったとき、テープの発見者が死体で見つかった。事件を追うデパートのイベント企画室長は伊豆田を取り巻く音楽関係者の背後の戦慄すべき秘密計画を知る。新感覚ハードボイルド長編!(粗筋紹介より引用)

1988年6月、講談社より書下ろし単行本刊行。1992年10月、大幅加筆のうえ、講談社文庫化。



斎藤純のデビュー作。当時はエフエム岩手のディレクターだった。師匠は高橋克彦で、その経緯は文庫版の解説に載っている。

新本格ブームが始まる頃、ハードボイルドでも若手の逸材が登場した、みたいな書き方をされていた記憶がある。昔読んで面白かったものを、久しぶりに見掛けたので再読する気になった。

舞台が盛岡で、主人公である中島(どうでもいいが、下の名前が出てきた記憶が無い)はデパートの営業本部販売促進課企画室室長。名前は立派だが部下は電話番のみしかいないため、一人で色々なことを切り盛りしている。元々は東京の本店で働き、社長にも認められた存在だったが、会社の勢力争いのとばっちりを受け、地元の盛岡に戻ったもの。ヒットする企画さえ出せば、午後から出社しようと外出ばかりだろうと問題はない。ジャズとテニスと車と酒にうるさく、蘊蓄などが小説の端々に出てくる。20年前に自動車事故で死んだ幻のピアニストの演奏テープを巡る殺人事件に巻きこまれ、中島はいつしか事件の謎を追うことになる。

デパートのイベント企画室室長という主人公の設定はかなり意外なもの。読み終わってみるとここまで自由に動けるのだろうかと思ってしまうが、呼んでいる途中は全くそう思わなかったぐらい、作品の魅力に没頭していた。

主人公が酒を飲み、薀蓄と人生観を語りながら周りの人物を魅了するような作品ばかりがハードボイルドだというつもりはない。しかし本作品はハードボイルドだ。それも過去に読者を魅了してきたようなハードボイルドの書式に則った作品といえる。それでも、私立探偵を主人公にすることなく、ここまで格好よく大人の雰囲気が漂う作品に仕上げられるとは思わなかった。

この作者は人気が出ると思っていたのだが、結局今一つのまま。作品数が少ないということもあるだろうが、もっと売れてもよかったのにと思う作者の一人である。