平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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嶋中潤『代理処罰』(光文社)

代理処罰

代理処罰

岡田亨の高校一年の長女、悠子が誘拐された。身代金の要求は2000万円。それを届けるのは母親と指定された。7歳の長男・聡の移植手術の時に世話になった資産家・橋本功に金を借りることは出来た。しかし母親であるブラジル人の日系四世・エレナは、会社の車で交通事故を起こして女性を死なせた後、すぐにブラジルへ逃亡していた。亨は悠子を救うため、母親を探しにブラジルへ飛ぶ。

2013年、第17回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。応募時名義市川智洋、応募時タイトル「カウントダウン168」。2014年2月、単行本刊行。



作者は1999年の第3回から応募し続け、最終候補に残ったのは8度目。第3回「エンジェル」、第9回「ストラスブールの羊飼い」、第10回「マリオネットの行方」、第11回「青の迷路(ピグメント・ブルー)」、第14回「明日への飛翔」、第15回「伏流水」、第16回「スパイダー ドリーム」である。これだけ最終候補で落とされると、たいていの人なら諦めそうなものなのだが、よくぞここまで頑張ったものだ。アイディアは相当あるとみてよいだろうし、文章力も水準に達している。ちょっと説明くさいところが気になったが。

内容としては誘拐ものとタイムリミットサスペンス。誘拐された娘を助けるために母親を探しにブラジルまで飛ぶというのは、よくよく考えると首をひねるところが多いのだが、展開の速さとテンポの良さを武器に話を進めることで、少なくとも読んでいる間はそれなりに手に汗握る展開に仕上がっている。逆に読み終えてしまうと、こんな設定ないよなと言ってしまうのも確か。普通だったらブラジルの日本大使館に頼めば、探し出してくれそうな気もする。プロが隠れているわけではないし、ブラジルの警察が捜し出せば簡単に見つけだせると思う。それに代理処罰を申請すれば、ブラジルの警察も動き出すと思う。

誘拐の真相は、勘のいい人でなくても予想がつくもの。まあ、謎という点については大して見るところはない。はっきり言ってしまえば、家族の愛がテーマである作品。読み終わってみれば、ああ良かった、と言える作品である。これはこれで一つの形だろう。この点について不満を持つ読者も居るだろうが。

元々のタイトルは今一つだが、本作品の「代理処罰」も作品のテーマとは離れているので今一つ。なんかいいタイトルはなかったのかな。客の目に付きそうなタイトルであることは事実なんだけど。

8回目の最終候補エントリーに対するご褒美という気がしなくもないが、この仕上がりだったら賞にふさわしいといってよいだろう。どちらかと言えば2時間ドラマ向きな作品だが。最もこの作品、悠子が丸坊主になってしまうから、演じそうな人はなかなか見つからないかも。それはともかく、これだけ書けるのなら、平均点量産型の作家にはなりそうな気がする。

気になってちょっとだけ調べてみたけれど、最終候補止まりが5回以上という作家は結構いることにちょっと驚き。まあ、これぐらい頑張らないとプロになるのは難しい、ということか、それとも単なる巡り合わせか。何も賞としてメジャーではない日本ミステリー文学大賞新人賞に応募しなくてもよいのでは、とも思ってしまうが。ちなみに同賞だと、戸南浩平が6回最終候補に選ばれている。次々回は彼か?