平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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内山純『B(ビリヤード)ハナブサへようこそ』(東京創元社)

僕――(あたり)(あきら)――は、大学院に通いながら、元世界チャンプ・英雄一郎先生が経営する、良く言えばレトロな「ビリヤードハナブサ」でアルバイトをしている。 ビリヤードは奥が深く、理論的なゲームだ。そのせいか、常連客たちはいつも議論しながらプレーしている。いや、最近はプレーそっちのけで各人が巻き込まれた事件について議論していることもしばしばだ。今も、常連客の一人が会社で起きた不審死の話を始めてしまった。いいのかな、球を撞いてくれないと店の売り上げにならないのだが。気を揉みながらみんなの推理に耳を傾けていると、僕にある閃きが……。 この店には今日もまた不思議な事件が持ち込まれ、推理談義に花が咲く――。事件解決の鍵はビリヤードにあり。安楽椅子探偵、中央のデビュー戦。(粗筋紹介より引用)

凄腕レストランオーナーを殺害したのは、振られたマネージャーか、彼女に思いを寄せているボーイか、唯一の身内である甥か。大学院仲間の日下慎二郎が第一発見者となった殺人事件の謎を解く「バンキング」。

影の薄いダメ社員が会社ビルの屋上から転落死した。動機のありそうな課長は先に帰っており、セキュリティの関係で容疑者となったのは同じ部署で残業をしていた3人だけ。しかし動機はない。「スクラッチ」。

常連の美女に惚れて通っている男が気を引こうと、昔の事件を語りだす。それはオーストリアで行っていた薬の研究開発の最終成果発表の直前、天才肌の日本人スタッフが階段から転げ落ちて死亡したものだった。フロアにいた同じ研究員4人には時間の関係でアリバイがあり、事故として処理された。「テケテケ」。

テレビで人気の女性獣医が購入したばかりの豪邸で殺害され、ビリヤード台の上に置かれていた。死体を発見したのは、偶々訪れた「ビリヤードハナブサ」のオーナー、英雄一郎だった。容疑者は若いツバメ、ビリヤード店のオーナー、社長秘書の3人。「マスワリ」。

2014年、第24回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本化。



オンボロビリヤード店のアルバイト店員が、常連客の持ち込んだ事件を聞いて謎解きをするという連作短編集。ビリヤード用語が謎解きのヒントになるという点が本書のキーポイント。この手のパターンにありがちな日常の謎ではなく、いずれも殺人事件を取り扱っているところはちょっとだけ嬉しい。謎のクオリティも悪くない。年齢不詳の美女(美魔女?)、元エリート商社勤務のご隠居、愛犬家で商売の天才としか思えない喫茶店マスター、中央の大学院仲間である日下など、常連客たちのキャラクターもよく書けているし、ストーリーもテンポがある。何より新人作家にしては驚きなのが、作品に品があること。ちょっとだけお洒落な雰囲気も漂い、読後感は非常によい。ビリヤードの説明も過不足なかったと思う。

欠点と言えば、肝心の探偵役である中央の存在感が希薄なこと。名前のように中央にドンと座って欲しかった。また台詞が全て―(ハイフン)から始まっていたため、何か特記すべきことが最後にあるかと思っていたが、そういった仕掛けは全くなかったのは期待外れ。あと、事件発生→みんなでがやがや→ビリヤードを見てヒント思いつく→解決、というだけで、物語の構成がワンパターンだったのは残念。連作短編集なら、もう少し仕掛けが欲しかった。それと、全話で同じ登場人物の説明が成されたところは無駄。雑誌連載じゃないんだから。

内容的には、殺人事件を取り扱っているにもかかわらず、ライトなミステリ連作短編集と言ったところ。今後も雑誌で続編を書きますよ、と宣言するような書き方は首をひねるところがあるものの、受賞作としては平均点よりやや上レベルと感じた。出版社側が帯で「新・<黒後家蜘蛛の会>誕生」と書くのもわかるのだが、その域を目指すならもっと1編あたりの分量を短くし、謎解きにアッといわせるものが欲しかった。