平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

近藤史恵『サヴァイヴ』(新潮社)

サヴァイヴ

サヴァイヴ

白石誓がフランスのパート・ピカルディに移籍して4カ月。かつてのチームメイトであるマルケスから、サントス・カンタン時代のチームメイトであったフェルナンデスがパリで死んだという知らせを受ける。原因はドラッグだった。「北の地獄」と呼ばれるレース「パリ・ルーベ」を前に誓は不安に押しつぶされる。「老ビプネンの腹の中」。

公道をロードバイクで公道を走っていた伊庭和実は、オートバイの男にまとわりつかれる。振り切ろうとスピードを出した伊庭は、脇道から出てきたワゴン車に気付き転倒、オートバイの男はそのまま追突し死亡した。それ以後、下り坂で事故の記憶がフラッシュバックするようになる。「スピードの果て」。

スペインでアマチュアのまま3年半が過ぎた赤城直輝は、チーム・オッジに誘われて帰国。実績を全く残せなかったことに対する悔いが残ったままで赤尾はチームになじめなかった。同時期にチームに入った新人の石尾豪は実力こそあるものの協調性が無く、さらにチーム・オッジは久米が絶対的なエースであることもあって、団体競技に嫌気がさしていた。北海道ステージレースで赤尾は同僚から嫌がらせを受けて負傷。嫌気がさした石尾に向かい、赤城は「俺をツール・ド・フランスに連れていけ」と言った。「プロトンの中の孤独」。

チーム・オッジのエースとなった石尾豪だが、協調性のない性格は相変わらず。石尾のアシストであり、チームのまとめ役になりつつあった赤城直輝に、今年オッジへ移籍してきた安西がある相談を持ちかけた。「レミング」。

35歳になった赤城は引退を考えていたが、そんな時に石尾が今年結成されたチームのスカウトと会っていたと安西に知らされて不安になる。書類の不備で出られなくなった九字ヶ岳のレース前日、安西は石尾に誘われコースを走ることに。スカウトと思った人物は、実は石尾に八百長を持ちかけていたのだ。新チームのスポンサーがエースを売り出したいがために、自分の息がかかったこの大会で優勝させようとしたもので、書類不備もこのスポンサーによる策略だった。「ゴールよりももっと遠く」。

ポルトガルのチームに移籍した白石誓は、チームメイトであるルイスの父親であるパオロの家にホームステイしていた。パオロに誘われて見に行ったポルトガルの闘牛トウラーダは、誓にとっては残酷で気分の悪いものであり、満足な食事ができなくなって寝込んでしまう。「トウラーダ」。

yom yom』『Story Seller』『小説新潮』に掲載された6編を収録。「サクリファイス」シリーズ外伝ともいえる短編集。2011年6月刊行。



サクリファイス』『エデン』の主人公である白石誓が主役の2編。『サクリファイス』に出てくるライバル・友人の伊庭和実が主役の1編。そして2人の壁ともいえる石尾豪・赤城直輝が主役の3編が集められている。

本来なら白石誓にスポットを集めるところなのだろうけれど、強烈な印象を残すのは石尾・赤城コンビ。特に石尾という太陽のおかげでひっそりと照らされる月のような存在である赤城に惚れてしまう。白石のような天分としてのアシストとはまた異なる赤城の葛藤が何とも言えない。人には分相応の持ち場所と役割というものがあることを教えられるとともに、スポットライトを浴びない位置でかぶせられるスポットライトが何とも言えず切なく、そして愛おしい。

白石たちが出てくるのは本短編集が現在のところでは最後。確かに白石たちの物語を描いてもマンネリになるだけだ。ただ、物語のどこかに、白石たちが出てくるような物語を描いてほしいと思うのは読者のわがままではないはずだ。