平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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岡田秀文『太閤暗殺』(双葉文庫)

太閤暗殺 (双葉文庫)

太閤暗殺 (双葉文庫)

お拾(後の秀頼)が生まれ、秀吉は甥の秀次が邪魔になる。秀吉の変心に危機感を抱く秀次の側近は、天下を騒がす大盗賊・石川五右衛門に秀吉暗殺を依頼する。請け負った五右衛門が目指すは秀吉が居を構える伏見城。迎え撃つのは奉行・石田三成京都所司代前田玄以。知力と武力が激突する死闘を制するのは……。正史にはない歴史の裏側が、密室トリックや鮮やかな結末で光彩を放つ。日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作にして「おすすめ文庫王国・時代小説部門」第1位に輝く歴史時代ミステリーの傑作。

2002年、第5回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。同年3月、光文社より単行本化。2004年3月、光文社文庫化。同年、『おすすめ文庫王国2004 年度版』(本の雑誌社)で時代小説部門の第1位に輝く。2012年6月、双葉文庫で復刊。



日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作家で一番名前が知られているであろう、作者の受賞作、かつ代表作。まあ、大石直紀もそれなりに知名度があるだろうが、そっちはドラマのノベライズ中心になっちゃったからなあ。以前から気になってはいたのだが、漸く手に取ることができた。確かにこれは、おすすめ本に選ばれるだけのことはあるなと思わせる傑作だった。

羽柴秀次切腹に隠された攻防を描いた作品。当然フィクションではあるのだが、釜茹でになったのは別人だったという形で石川五右衛門が登場し、秀次の側近・木村常陸介が秀吉暗殺を依頼するという展開にワクワクしないはずがない。そもそも、処刑前に合鍵のない錠前で閉じ込められていた牢獄から五右衛門たちが脱獄したという謎が提示されたところで期待値が高まっている。そして、厳重な警備がなされているはずの伏見城にどうやって忍び込むのか、そしてどうやって秀吉を暗殺するのか。京都所司代前田玄以石田三成はいかにして対応するのか。時代小説としても面白いし、不可能犯罪をどのように成し遂げるのかという観点で見ればミステリとしても面白い。我々は秀吉の暗殺がなされなかったことを史実として知っていることから結末はわかりきっているはずなのに、結末を読んだ時にはアッと言わされた。物語の作りとしては、『ジャッカルの日』を思わせるが、さらにもう一つの展開を用意した点が見事である。

主人公に前田玄以を据えた点も興味深い。秀吉の優秀な官僚で有りながらも関ヶ原以後も生き残った強かな人物が、五右衛門に翻弄されているように見えて着実に追い詰め、最後は真相を見破る人物として配されている描き方は実に巧み。対する五右衛門も義賊としてではなく、目的達成のためには手段を選ばない人物として描かれているのも面白かった。五右衛門の配下である石千代、長丸、小虎たちや、対する玄以の部下である沼井平三郎にもドラマが隠されており、結末まで計算された配置も含めて感心した。

脱獄トリックの要となる証言が語られる時期など、ご都合主義な点が見られるところもあるが、それは些細なことだろう。ミステリとしても、時代小説としても傑作であった。

それにしても、元々1999年に「見知らぬ侍」で第21回小説推理新人賞(双葉社)を受賞し、2001年、『本能寺六夜物語』で単行本デビューするなど双葉社とのつながりが強い作家とはいえ、この傑作を双葉に譲るというのはどういうことなんだ、光文社。