平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

アントニイ・バークリー『ウィッチフォード毒殺事件』(晶文社)

ウィッチフォード毒殺事件 (晶文社ミステリ)

ウィッチフォード毒殺事件 (晶文社ミステリ)

ロンドン近郊の町ウィッチフォードで発生した毒殺事件に興味をもったシェリンガムは、早速現地へ乗り込んだ。事件はフランス出身のベントリー夫人が、実業家の夫を砒素で毒殺した容疑で告発されたもので、状況証拠は圧倒的、有罪は間違いないとのことだったが、これに疑問を感じたシェリンガムは、友人アレック、お転婆娘のシーラとともにアマチュア探偵団を結成して捜査に着手する。物的証拠よりも心理的なものに重きを置いた「心理的探偵小説」を目指すことを宣言した、巨匠バークリーの記念すべき第2作。(粗筋紹介より引用)

1926年、刊行。処女作『レイトン・コートの謎』に続く第二作で、当初“?”名義で発表された前作と同様、今作も“『レイトン・コートの謎』の著者による”という匿名で刊行された。翌年の第二版で、名前が明らかにされた。2002年9月、本邦初訳。



処女作に続くロジャー・シェリンガム・シリーズ。以後も刊行が続き、全部で10作の長編がある(『毒入りチョコレート事件』以後も5作あるのだ)。

前作のシェリンガム、アレック・グリアスンに、アレックの従姉の娘であるシーラが加わってのドタバタ劇。いかにして夫人の無罪を証明し、犯人を突き止めるために3人が動き出すのだが、ほとんど掛け合い漫才としか思えない捜査に苦笑するばかり。物的証拠がないため、色々な仮説を組み立てては自分で崩していくシェリンガムの暴走ぶりは、本来なら英国風ユーモアミステリとして笑うところなのだろうが、痛々しさしか感じないのは、自分が英国本格ユーモアミステリが苦手だからだろう。心理的証拠に重点を置きながら、物的証拠に一喜一憂する姿は、もはや冗談としか言いようがない。騒動ばかりが目立ち、結末はあっけない点も今一つ。もっとも、一つの事件に複数の推理が繰り広げられるという点では、作者の考えが如実に出ている作品とも言えそうだが。

ちなみに本書で書かれている毒殺事件、実は1889年にリヴァプールで発生したフローレンス・メイブリック事件をほぼ忠実に再現したものだそうだ。本書と違うところは、被告の夫人は有罪となり、死刑が宣告されている。その後は、無罪放免を求める請願書への署名が50万に達したため終身刑減刑され、15年後に釈放されている。