- 作者: 阿部智
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1989/05
- メディア: 単行本
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海の安全を守るために奔走する海上保安庁の巡視船。その任務は、厳しく、忙しい。前夜は貨物船の衝突事故の救助と捜索に夜を徹し、今日は海難防止週間の安全指導の任務につく。事件はその夜起こった。こともあろうに、当の巡視船「ともえ」の船長である鈴木順治が、自分の船室で殺されたのだ。
洋上に停泊する船は完全な密室となる。犯人は乗組員の中にいるにちがいない。被害者以外、20数名の男たちはすべて容疑者となり得る。清水海上保安警備救難課長である野上純一を筆頭に、捜査が始まった。凶器であるナイフが見つかり、持ち主である和板井俊夫が最有力容疑者となるが、なぜナイフを海に投げて証拠隠滅しなかったという疑問を解くことができず、捜査は難航した。そして事件発生から7日目、自宅に帰っていた和板井が包丁で刺されて殺された。最後に生きているところを確認した恋人や、もう一人の有力容疑者にはアリバイが成立した。
現役海上保安官が、海に生きる男たちへの熱い共感をこめて書き下ろす大型ミステリー。(粗筋紹介に一部加筆)
1989年、第9回横溝正史賞受賞作。1989年5月刊行。
受賞当時の作者は、現役海上保安官。27歳とまだ若かった。この後角川から2冊出版。1993年には『慟哭の錨――関門海峡シージャック事件』を第39回江戸川乱歩賞に応募し、最終選考まで残っている(受賞作は桐野夏生『顔に降りかかる雨』)。その後『海峡に死す』と改題し、1994年に講談社ノベルスから出版されているが、本業が忙しいのか、それ以降の出版は無い。
読み終わって最初に思ったことは、よくこれが受賞できたな、ということ。本格推理小説としての出来は悪い。いくらか推理小説を読んでいる人なら、登場人物一覧と冒頭を読んで、誰が犯人か想像が付いてしまう。作者もそんなことはわかっていたのかも知れないが、もう少し犯人を隠す工夫ぐらいするべきだと思う。
第1の殺人については、この犯人が本当に実現することができたのかどうか疑問。普通に考えた物音がするだろうし、そもそもそんなことができるほど力を入れることができるだろうか。逆に実現可能だというのなら、この犯行トリック(というほどのものでもないが)ぐらい、プロの海上保安官なら想像つかない方がおかしいと思う。
第2の殺人については、警察の捜査がずさんすぎ。この程度のアリバイトリック、きちんと比較すればすぐに見破ることができるだろうし、それをしない警察官や鑑識医がいないはずがない。容疑者になりうる周辺人物の経歴すら、まともに捜査していない。ここまで来ると、作者の都合もいい加減にしろよと言いたくなる。
事件を解決するのは、被害者和板井の同僚で親友の人物。9か月も捜査してわからなかった謎を、いくらアドバンテージがあったとはいえ、素人がわずか5日間で解決してしまうというのは興醒め。出鱈目にもほどがある。
さらにこの作品が面白くないのは、殺害の動機。どう見ても、ただの逆恨み。仮にも現役の海上保安官が、このような動機を持ち出してはいけないだろう。
作者が若いことと、海上保安官という設定だけが珍しい。この作品で見られる点はそれだけ。本格推理小説としては失敗作。大賞なのに文庫化されない時点で、この作品のレベルが予想できるだろう。このような作品を受賞させていたから、当時の横溝賞のランクが落ちて行ったのだと思う。