平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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今井泉『碇泊なき海図』(文藝春秋)

碇泊(とまり)なき海図

碇泊(とまり)なき海図

JR四国屋島駅で、40半ばの男が4人組の若者に禁煙車両での喫煙を注意。下車後、男は4人組の1人・吉峰洋一の名前を確認した後拳銃を突きつけ、「闇夜に霜の降るごとく」と唱えてから射殺した。

高松港署の古溝、門田が捜査を始めると、神戸から津村警部補が合流した。実は、同じ男によるものと思われる同じ手口の事件が他にも起きていた。神戸で暴力バーの店主が、小樽でスーパーの店主が射殺されていた。

捜査を進めていくうちに、「闇夜に霜の降るごとく」という言葉つながりで、ある男が容疑者として浮かび上がる。青函連絡船で一等航海士をしていた坂本。坂本は青函連絡船が廃止後、別の会社に勤めていたが、彼を知る誰もが信じられないと述べた。殺された3人につながりは無く、坂本との接点も見つからない。坂本を追い、北海道まで飛ぶ津村と古溝。そこで知ったのは、坂本と交際していた女性の失踪事件だった。

1991年、第9回サントリーミステリー大賞読者賞受賞作。1991年7月刊行。



作者の今井泉は、坂本と同じく元青函連絡船航海士。宇高航路連絡船廃止を機に国鉄を退社して、執筆活動に移行した。国鉄勤務中に函館市文芸賞国鉄文芸年度賞、香川菊池寛賞を受賞。1984年には「溟い海峡」で直木賞候補にもなっていた。

ということで、受賞時点では既にキャリアのあるプロだったわけだ。読んでいてずいぶん達者だなあと思っていたが、経歴をみて納得。

社会派推理小説というのが売りであったようだし、青函連絡船などに携わった男たちの矜持は伝わってくるのだが、それと事件の動機に関わりが無い点は大きなマイナスポイント。容疑者や背景に船を使うのであれば、事件の動機ももう少し考えた方がよかった。

ミステリとしての面白さは、はっきり言って無いに等しい。二人の刑事が容疑者らしい人物を追うだけで、事件の動機や背景は簡単に見つかってしまう。警察ならもう少しチームで行動しろよといいたくなるぐらい、犯人には簡単に逃げられてしまうし、南から北へ簡単に出張してしまうのもどうか。動機はどうであれ、ピストルを持って3人を殺害した凶悪犯なのだから、もう少し警察側もまともな捜査をしてほしいものだ。

船にまつわる部分の描写はさすがに迫力があるし、連絡船の情景や船員たちの心情はよく描けている。だけれどもそれだけ。まあ、ドラマにすれば多少なりとも受けるかなと思う程度で、大賞が取れなかったのは仕方が無い結果か。

作者はこの後、土曜ワイド劇場の「高橋英樹の船長シリーズ」「船越英一郎の新船長の航海事件日誌」の原作にも携わる。本作は、専門知識にちょこっと謎を足せば、推理小説は書けますよという見本かも知れない。