平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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藤沢周平『花のあと』(文春文庫)

花のあと (文春文庫)

花のあと (文春文庫)

元盗人で小間物問屋を隠居していた吉兵衛が1年前に女郎屋から身請けして囲っていたおやえが殺された。元盗人である吉兵衛は、おやえを殺した人物を自ら探し求める。「鬼ごっこ」。

かつては黒金藩主・信濃守勝統の側妾であった松江は、10年前に尼となり、鳳光院の尼層松仙として静かに暮らしている。ある日城から人が訪れ、服部吉兵衛が罪を得て国送りにされてきたと伝えられた。服部は、側妾として城に召されるまでの許婚であった。「雪間草」。

姑おかつと喧嘩して家を飛び出したおせんのところに、旦那の清太がやってきた。おかつが倒れたので帰ってきてほしいという。そのときは清太を追い返したおせんであったが、翌日には気になっておかつのところを訪れた。「寒い灯」。

蝋燭問屋河内屋に賊が入り、主人庄兵衛を刺殺し、女房おるいを縛り上げて逃走した。犯人として、3年前に勘当された養子の鉄之助が捕らえられた。目撃証言もあり間違いないと思われたのだが、鉄之助はおるいから金をもらっただけだと言い張る。同心笠戸孫十郎はもう一度事件を調べてみる気になった。「疑惑」。

安藤広重は保永堂に勧められ、葛飾北斎が有名であったことから一度も描いてこなかった風景画を描くことを決意する。それは「東海道五十三次」として有名になり、広重の名も一躍広まったのだが。「旅の誘い」。

小さい古手物の店を開いたばかりの清兵衛がある寒い日、たまたま小さな店に入ったのだが、そこにいた厚化粧の若い女がこちらをじろじろと見つめていることに気付いた。店を出てからその女の素性に思いつく。それは幼馴染のおいしであった。「冬の日」。

勘定方の渋谷平助には、酔うと「おもしょい」と言って人の顔を舐めるという悪い癖があった。ある日、勘定奉行の内藤惣十郎が家に来ていた。女鹿川改修工事に不正があるという密告が大目付にあり、その名を受けた惣十郎が平助に秘密裏に調べてほしいという依頼であった。平助はその依頼を受ける。「悪癖」。

十八の以登は、父譲りの目尻が上がった眼と大きめの口を持つ娘。父に教えられ、娘盛りを剣の修行で明け暮れた。それでもようやく婚約が整い、婿を迎えることが決まったので、一度は試してみたいと思った父は羽賀道場へ連れて行った。以登は高弟2人には勝ったものの、もっとも剣が強かった江口孫四郎と見えることはできなかった。そしてある日、白の中で孫四郎と遭遇した以登は恋心を抱き、父に孫四郎との試合を手配してもらうように願った。「花のあと―以登女お物語―」。

町人もの4編、武家もの3編、藝術家もの1編を収録した短編集。



ええと、なぜこの本が手元にあるのかが全く思い出せない。全く興味のない作家だし、時代小説にも興味がない。なぜか段ボールの底にあったので暇つぶしに引っ張り出したのだが、意外と面白かった。テーマも主人公の職種も内容もバラバラなのに、どことなく統一感があるように見えるのは作者の筆ならではだろうか。日常を淡々と描写しながら、甘い視線ではないのにどことなく温かいというか。「時代劇は日本人の心」みたいなことをだれか言っていた記憶があるが、時代小説にも同じようなことが言えるのかもしれない。もちろん厳しい時代ではあったのだろうが、それでいて懐かしさを感じ、郷愁にかられたような思いを抱いてしまうのはなぜなのだろうか。

個々の短編を読んで比較しようにも、どれもいいよなあというしかない。まあ広重が出てくる「旅の誘い」がこのラインナップではちょっと違和感があったのだが、それを除けばこの作者が書いているんだよということがひしひしと伝わってくる。帯にある「馥郁たるエロス」というのはよくわからなかったが、ほのかに漂う色気というのは感じさせる作品群である。だからといってこの作者の他の作品を読みたいとまでは思わないのだが、疲れたときに読む優れた時代小説は心を落ち着かせる効果があるということだけは分かった。