平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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佐藤ラギ『人形(ギニョル)』(新潮社)

人形(ギニョル)

人形(ギニョル)

彼は数年前まで妻子を持つ普通の会社員だった男だが、今は猪俣泰造というペンネームのSM小説家である。そんな彼が場末の飲み屋の常連だった中年男から紹介された男娼の名は「ギニョル」と言った。明らかに西洋人の血が混じっていると思われるその美しい少年の体には、明らかに過激なプレイの結果と思われる傷跡が無数に残されていた。そして尻には、罰と思われる文章が言語と日本語で彫り込まれていた。実際の性やSMには興味のないはずの中年男は、その少年を再び捜し出すべく、若手カメラマンの坂内と協力する。再び「ギニョル」を見つけだした彼らは自室に監禁し、加虐と官能の世界にのめり込む。そう、少年に彫り込まれた「邪悪ナル世界」へ彼らは足を踏み入れたのだ。

2002年、第3回ホラーサスペンス大賞受賞作。



SMに興味のない私にとって、表紙の絵や帯の言葉からの購買意欲は全くわかなかった。これがホラーサスペンス大賞受賞作でなかったら、買うことはなかっただろう。実際に読んでみると、思ったほど強烈でもなかった。大沢在昌がいうように「この世界に引きずり込まれていく自分の心に、恐怖を感じた」ことは全くなかったが。本当のところをいうと、SM小説の世界ってもっと残虐度が強いものだと思っていたが、この小説からはそれほど感じなかった。作者がわざとそうしたのか、単に作者の筆力がなかったのか。

少年を捕まえてからは、途中途中のシーンのみを所々ピックアップする描き方になっており、そのつなぎの部分が簡単に流されている。そのため、フラッシュ写真を途切れ途切れに見せられるだけのイメージしか伝わってこない。少年の妖しさ、この世界の淫靡さなどがもっと書き込まれてもよかったと思うが、そうするとエンターテイメントとして成立するかどうか微妙だし、難しいところかも。少年にファーストフードやホットケーキを与えるシーンが出てくるところなど、作中で少年自身がいうように「甘い」世界で終わってしまったのも、作者の構想内だったのだろうか。

「邪悪ナル世界」と謳うだけの世界を描くべきだったのでは、というのが本音かも。そうなったら、途中で投げ出していただろうが(苦笑)。

作者はマレーシア在住。2003年の第10回日本ホラー小説大賞長編賞候補作にネコ・ヤマモト名義で「蜥蜴」という作品が選ばれているようだが、受賞後に作品を発表していない模様。