平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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下村明『風花島殺人事件』(桃源社)

風花島殺人事件 (1961年)

風花島殺人事件 (1961年)

4月22日、私立探偵事務所を営む葉山俊二のところに、26,7ぐらいの青江糸代が訪ねてきた。一昨日に囲碁クラブの大会に出かけたまま帰ってこない内縁の夫を捜してほしいという依頼である。行方不明になっているのは花紋鶴吉、52歳。大分県の南端にある風花島(ふかしま)の網元だったが、神経痛の湯治で別府に出てきたときに、看護で派出されてきた糸代を気に入り、高台に引っ越して一緒に住むようになった。現金を市内の金融業者に委託し、利息で十分な生活を送っており、失踪する理由は何もなかった。

鶴吉の失踪と同じ20日、風花島にいた鶴吉の妻、多加江が失踪していた。そして23日、海の真ん中で多加江の死体が見つかった。首を絞められた他殺体として。警察は鶴吉が犯人であると疑うが、失踪時間に囲碁クラブにいたというアリバイが証明される。

葉山は依頼を受けて風花島に渡る。風花島は元々豊後佐伯藩の流人島だった。薬師堂の堂守である老婆が語るところには、島脱けを計った流人の首を斬ったのが花紋の先祖であり、その流人の呪いがかかっているという。そして花紋家は、かなり複雑な事情を抱えていることがわかった。花紋には不具で横にしか歩くことのできない芙佐という娘しかいなかった。芙佐と結婚したのは仙丸亀吉。二人の間に生まれたのが竜一だった。ところが亀吉は出漁中に事故死。後夫に入ったのが、亀吉の弟である鶴吉だった。ところが鶴吉は平然な顔で多加江と浮気をしていた。その証拠をつかもうと、不自由な体で芙佐は山道を歩いたが、転落して死亡。多加江は後妻として花紋の家に入り、華子という子供が産まれた。しかし華子は鶴吉の出征中に産まれた子で、多加江が旅芸人と浮気してできた子供ではないかという噂があった。

多額の慰謝料とともに離婚を勧める多加江の弟や酒とばくちばかりの花紋家の親族なども絡み、小さな島では様々な思惑が渦巻いていた。

葉山は多加江の犯人を追う警察官たちとともに捜査を始めるが、捜査は暗礁に乗り上げる。そして再度葉山が島へ渡ったとき、季節外れの台風が島を襲う。島の住人が避難所に集まった中で起こる第二、第三の事件。

「読切倶楽部」に連載、1961年に桃源社より刊行。



山前譲が『硝子の家』(光文社文庫)内の「必読本格推理三十編」に入れたことから、一気に注目が集まった作品。その後、『日本ミステリーの100年―おすすめ本ガイド・ブック』の昭和36年の項でも選外ながら挙げていることから、この作品にご執心であることは間違いない。話題になったこともあって読んでみたいと言ったら、持っている方からお借りすることができた。それから10年近く経って、とある事情によりようやく読む気になった。まずは常識外れの長期間お借りしていたことを、この場でもその方にお詫びしたい。

作者の名前も当時さっぱり知らなかったが、昭和20年代から30年代、普通小説や娯楽小説などを書いている人らしい。社会派推理小説ブームにあわせて何冊か書いたというところか。

さて中身の方であるが、思ったより本格推理小説っぽい仕上がりなので驚き。どういう背景で事務所を開いているのか、どういう経緯で若い助手がいるのかという背景がまったく描かれていない私立探偵が出てくるところはいい加減だが、風花島の舞台設定はやや浅いところはあるもののそれなりに作られており、横溝正史のような本格探偵小説の作りである。とはいえ、謎もトリックも底が浅いというのはちょっと問題。台風を利用して物語を一気に進めるあたりはそれなりに面白いけれど、もう少しひねりを加えて謎を複雑にしてもよかったところ。とりあえず推理小説に手を染めてみることになったから、一応過去の作品を読んで自分なりに考えて作ってみました、というのが正直なところか。

山前譲がなぜこの作品を必読に入れたのかはさっぱりわからないが、社会派推理小説全盛の時代にこういう本格推理小説を書いた人もいましたよ、という点においては記憶されていいかもしれない。

それにしても山前譲があそこまで煽るからには、絶対復刊されると思ったけれど、音沙汰なしなのはちょっと残念かも。