平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ジル・マゴーン『騙し絵の檻』(創元推理文庫)

騙し絵の檻 (創元推理文庫)

騙し絵の檻 (創元推理文庫)

「……被告は良心の呵責もなく、情け容赦なく、いともたやすく人の命を奪った……」ビル・ホルトは冷酷な殺人犯として投獄された。不倫相手の女性を殺害し、さらにその二週間後、事件の手がかりをつかんだと思しき私立探偵をも、計画的に殺害したとして。状況証拠は完璧としか言いようがなかったが、彼は無実だった。十六年後、仮釈放を認められたホルトは、復讐を誓い、真犯人を捜し始める。自分を陥れたのは誰だったのか? 次々に浮かび上がる疑惑と目眩く推理。そして、最終章で明かされる驚愕の真相! 現代本格ミステリの旗手、衝撃の出世作!(粗筋紹介より引用)。

1987年に発表されたマゴーンの第四長編。2000年翻訳。



ダンボールの底から出てきた一冊。年末のベストに選ばれる前に買っていたから、帯にある森の言葉を見て手に取ったにちがいない。

冤罪で投獄された主人公が、出所後に真犯人を捜すという、どちらかといえば連続ドラマの方がお似合いなストーリー。ただ、ここから関係者の証言を元に推理を組み立てる姿は、本格ミステリそのもの。復讐の念に取り憑かれるホルトを主人公にすることにより、読者を一種のミスディレクションに引きずり込むところは思わず膝を打ってしまった。最後に関係者一同を一ヶ所に集め、犯人を追い詰めていくところは、本格ミステリファンのツボを押さえているといってよいだろう。しかもそれが、ホルトという冤罪者を主人公にすることにより、儀式化された虚構の舞台という本格ミステリ特有の批判を避ける結果になっているところが絶妙である。

主人公であるホルトの心情が巧みに物語に織り込まれており、推理ゲームとなりがちな作品とは一線を画した人間ドラマが描かれているのもお見事。

ただ、ホルトの復讐心が前面に出てしまったため、謎解きを楽しむという雰囲気には全くならなかった。謎と論理的な解決を楽しむ前に、ホルトの怨念がどのように昇華されるかという方に興味が走ってしまう。何となく本末転倒な気がする。

そしてこの作品でどうしても気になるのは、ジャンがなぜここまで事件に絡もうとするのかというところに納得いく説明が得られなかったことと、事件関係者がホルトにこうも簡単に裏事情をペラペラとしゃべってしまう点である。前者はまだしも、後者はさすがに納得いかなかった。門前払いをしても周囲からの批判は浴びないだろうし、恐喝めいた行動をホルトが取ろうとすれば、仮釈放を取り消してもらうように働きかければいい。このご都合主義な部分は、大きなマイナス点である。舞台がリアルすぎるため、この矛盾は余計に目立つ。

法月綸太郎の大絶賛な解説はどうかと思うが、本格ミステリファンなら一読する価値はある。目をつぶった方がよいところはあるが。