平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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小池真理子・鈴木輝一郎・斎藤純『短篇集IV』(双葉文庫 日本推理作家協会賞受賞作全集第76巻)

家庭的で控えめな妻と、おとなしい三歳の娘。市役所に勤める彼は、平凡すぎるが幸せな日々を送っていた。しかし、妻の元クラスメートで女流評論家だった女性が、妻に身の回りの世話をさせるようになってから、慎ましく平穏な家庭が崩れていった。「小説推理」1988年8月号掲載、第42回(1989年)短篇および連作短篇集受賞作、小池真理子「妻の女友達」。

費用が安いと評判の私立新宿職安前託老所。ここの入所者が、立て続けに首吊り自殺をした。老人性痴呆症が進行舌からか。託老所に一人だけ居る子供は何を語るのか。「小説フェミナ」1993年8月号掲載、第47回(1994年)短篇および連作短篇集受賞作、鈴木輝一郎「めんどうみてあげるね」。

パリで出会った盲目のギタリストが、持っていたギブソンエレキギターをネオ・ナチの若者達に盗まれた。その場に立ち会っていたカメラマンの彼と人気歌手の彼女は、成り行きでギターを取り返す事になるが。「小説推理」1993年2月号掲載、第47回(1994年)短篇および連作短篇集受賞作、斎藤純「ル・ジタン」。



日本推理作家協会賞受賞作全集における短篇集の4冊目。初期の頃は短篇賞がなかったことや、連作短篇集の受賞があったこともあるが、第1回(1948年)から第47回(1994年)の間で、短篇集が4冊しか編まれないということは、それだけ短篇の受賞が少なかったと言える。

人気女性エッセイストだった小池真理子が格段の成長を続けて女性サスペンス作家の第一人者となり、見事受賞を得ることとなった「妻の女友達」は、男の視点から見て平和だった家庭が崩壊していく様と、その家庭を取り戻そうとする男の努力の結末における落差が素晴らしい。これぞ短篇、と言いたくなる妻の優しさが見事である。

「めんどうみてあげるね」は、託老所という設定を生かし切ったブラックな展開がうまい。舞台を除けばありがちな展開だが、託老所にいる無邪気な子供の存在が結末に至るまでの不気味さを盛り上げる。

「ル・ジタン」はパリが舞台。ル・ジタンは、サンドニ門近くにある店の名前であり、盲目のギタリストを含む六人バンドが演奏をしている飲み屋である。中身は人情物語だが、それを覆うのがパリという舞台と、流れてくるメロディである。本を読みながら、哀しい場面では静かな音楽が、緊迫する場面では激しい旋律の音楽が流れてくる。音楽は国境を越える、と言いたくなる作品かもしれない。音楽を取り扱ったミステリとして、一級品の素晴らしさである。

ここに収録された三作は、いずれも協会賞という名に相応しい力作である。作品の傾向こそ違うが、力作をまとめて読むことの出来るこの全集は、いつまでも続けてほしいと思う。