平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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高木彬光『刺青殺人事件 新装版』(光文社文庫)

刺青殺人事件 新装版 (光文社文庫)

刺青殺人事件 新装版 (光文社文庫)

東大医学部のうす暗い標本室に並ぶ、刺青をした胴体。不気味な色彩で浮かび上がる妖術師「大蛇丸」。この一枚の人皮から、恐ろしい惨劇が始まった。密室殺人と妖しく耽美な世界に神津恭介が挑む、戦後本格推理小説の礎となった処女長編。デビューにいたるまでを綴ったエッセイや、最近発見された初期の未発表短編「闇に開く窓」を収録。(粗筋紹介より引用)

1948年5月、岩谷書店より刊行。戦後の本格探偵小説のブームの一端を担った、作者の輝かしいデビュー作。



この作品の素晴らしさについては、私のような凡人が今さら語る事はないと思う。『本陣殺人事件』『蝶々殺人事件』『獄門島』の横溝正史、『高木家の惨劇』の角田喜久雄のような戦前デビュー組だけでなく、高木彬光のような戦後派新人が先頭を走ることにより、本格探偵小説ブームは隆盛を極めたのだと思う。占い師に示唆されたデビューという伝説も含め、作者がいなかったらここまで戦後の本格探偵小説ブームが拡がっただろうか。そう考えると、この作品は日本ミステリを語る上で重要な位置を占めるものと思われる。

本作は後に書き足されたバージョンである。とはいえ、文章のあちらこちらに、若書きと思いたくなるような筆の走りが見えるのは、処女作であることも含め仕方がないことだろうか。完成度という点では後に書かれた数多くの作品の方が上である。しかし、刺青というインパクト、神津のカリスマ、機械的心理的密室の素晴らしさは、本作品を名作の位置まで押し上げるのに相応しい仕上がりであると言ってよいだろう。

とはいえ、過去に10回以上も読んだことがあるので、今読み返すのはさすがに退屈な部分があったというのは否定しない。後に書かれた高木彬光の名作群はそんなことがないので、若書きな部分があるというのはやはり間違いないだろう。読んだことがない人は、歴史的な作品というだけでなく、本格ミステリとしての要素が全て入った傑作という意味とともに、勢いに任せて書いてしまったことの恐ろしさを知るというためにも、手に取ってみるべきだと思う。

同時に収録されている未発表短編「闇に開く窓」は、未発表なのは正解だったと思わせる程度の出来。まあ、未発表作品を読めれば幸せ、程度の感覚でいればよいだろう。