平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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乾ルカ『夏光』(文藝春秋)

夏光

夏光

「第一部 め・くち・みみ」には「夏光」「夜鷹の朝」「百焔(もものほむら)」を収録。現代より古い時代を扱っている。

「第二部 は・みみ・はな」では「は」「Out of This World」「風、檸檬、冬の終わり」を収録。

哲彦が疎開先で仲良くなったのは、顔の左半分が黒い痣で覆われている喬史。村人は、スメナリの祟りだと、喬史のことを忌み嫌う。しかし哲彦は、青い光が時に輝く喬史の眼が好きだった。第86回オール讀物新人賞受賞作「夏光」。

健康を害し、ある屋敷で静養することになった私。ある日、私はマスクで口を隠した少女と出会う。しかし、屋敷のものは少女の存在をひた隠す。「夜鷹の朝」。

醜い姉のキミと、美しい妹のマチ。キミはいつも比べられるマチのことが大嫌いだった。キミはある日、街で出会った鶴乃に、あることを教えてもらう。「百焔(もものほむら)」。

右腕を失った友人、熊埜御堂の快気祝いに招かれた、長谷川。刺身や鍋をいつまでも食べながら、熊埜の話は少しずつ核心へ近づいていく。「は」。

転校生のタクの父はマジシャンである。しかし、タクを脱出させるマジックを失敗してしまい、テレビから干されていた。タクは父親から虐待を受けているが、タクは父のことを尊敬していた。「Out of This World」。

私は、左右の鼻から感じる匂いが一致しなかった。左の穴から感じる匂いは、他人の感情が発する匂いだった。死期が迫った恩人から感じた匂い。それは風と、レモン、そして冬の終わりの匂いだった。「風、檸檬、冬の終わり」。

オール讀物」掲載作品に書き下ろしを加えて2007年刊行。



帯にはホラーと書かれているけれど、ホラーと一括りにしてしまうのはもったいないような話ばかり。特に「夏光」の描写力と、鮮烈なイメージはすごい。至る処で絶賛されたというのも納得できる出来だ。結末までの展開は、どんな読者の想像をも超えたものだろう。素晴らしい。

表題作のイメージが強すぎて、他の作品が一歩劣ったように見えてしまうのは残念。確かに「夜鷹の朝」「百焔(もものほむら)」「は」は、「夏光」に比べるとちょっと劣るだろう。それでも、グロテスクな題材をセンチメンタルに仕上げた「夜鷹の朝」「百焔(もものほむら)」の出来は悪くない。「は」はありきたりなストーリーで終わってしまっているが。

「Out of This World」は子供の虐待という凄惨な話を、子供の視点から描いたことで逆にひと夏の友情物語になっているところがうまい。実際の出来事と、少年からの視点のギャップの大きさが、読後に不思議な余韻と切なさ、やるせなさを漂わせる。

「風、檸檬、冬の終わり」もまた不思議な話。タイトルは爽やかなのに、扱っているのは東南アジア系少女の人身売買。それでも読後に不思議な爽やかさを感じてしまうのは、私だけだろうか。

この人はいずれ直木賞を取るだろうね。それに、直木賞より権威がある(と私が勝手に思っている)泉鏡花文学賞も。作家としての実力は文句なし。出版社が下手な方向付けをせずに、うまく育ててほしいと祈るばかり。