平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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真保裕一『追伸』(文藝春秋)

追伸

追伸

単身でギリシャに赴任した悟に、一方的に離婚を切り出した妻の奈美子。納得できない悟に対し、奈美子は祖父母の間で交わされた手紙のコピーを送る。―――約50年前、祖母は殺人の容疑で逮捕されていた。頑なな態度を貫く祖母と、無実を信じ奔走する祖父。ふたりの手紙には、誰も知ることのない真実が語られていた……。(帯より引用)

週刊文春」2006年11月16日号〜2007年6月7日号掲載。



真保裕一の新作は、全編が書簡形式である。最初は悟と奈美子の往復書簡。奈美子が一方的に離婚を切り出し、それに対する悟とのやり取りが何通か交わされる。そして悟に真実を話すため、奈美子は祖父母の書簡のやり取りを書き写したノートのコピーを送る。そこには、祖母が殺人容疑で逮捕されたこと。祖父が祖母の無実を信じて奔走したこと。そして、祖母が犯した、殺人より深い罪が告白される。そして最後、再び悟と奈美子の書簡が交わされ、全ての謎が解ける。

全編が書簡形式になっているという作品は他にもあるし、珍しいわけではない。もちろん、作者もそんなことは重々承知だろう。作者が書簡形式を本作品で採用したのは、書簡という形には通常の会話では得られない効果があるからだと思われる。それは、会話では得られやすい回答を隠し続けることが出来るからではないだろうか。

相手の表情が見られないもどかしさ。手紙という、言葉とは違った、目に見える形での心情の吐露。逆に、隠し続けることが可能である本音。さらに日本とギリシャの往復書簡という形により、時間の経過、そして心情の経過などを通常より長いスパンで取ることが可能である。二人のやり取りだけ、という形を取ることにより、二人の心情、愛情、そして真実を大きく浮かび上がらせることが、今回は可能になったと思われる。

やり取りするもどかしさというのは当の二人でさえあるのだから、それは読む方も同様である。なかなか進展しない物語。本音を探る二人の手紙は、自分の心の奥底を隠し続ける心理戦のようにも見えてくる。

祖母が隠し続けた真実というのは、現代から見たら大したことがないかも知れない。この程度のことで、殺人の罪を認めるのかと訝る人がいるかも知れない。しかし、それは間違いだ。大したことのないと思われる、しかし本人には最も重要なプライドで、重要な証拠を隠し、死刑の罪を受けてしまった者もいるのだから。

作品の完成度は高い。隅々まで目が行き届き、文章の一つ一つまでが吟味され、短い描写で高い効果を得ている。ただ問題は、それが面白いかどうかだ。やや枯れたところもある文章と、少々地味ともいえる内容と結末は、必ずしも面白さと結びついているわけではない。じっくりと噛み締めれば面白くなるのかも知れないが、刺激に慣れきった読者には物足りなく感じるだろう。

個人的には、直木賞を狙った作品のように思えた。ただ、最後のどんでん返しを識者はどう見るだろうか。ミステリファンなら、ひねりが足りないと思うだろう。ミステリが嫌いな人なら、伏線もなくひねるのはどうかと眉をひそめるに違いない。さて、どういう結果が出るだろうか。