平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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折原一『疑惑』(文藝春秋)

疑惑

疑惑

都心の一等地でひとり暮らしをしている房枝のところにかかってきたのはオレオレ詐欺の電話。息子の昌男と勘違いした房枝は500万円を出すことにしたが……。「偶然」。

後藤浩子は、彼女の家の周辺で続けて放火事件が集中しているため憂鬱だった。しかも夫はリストラ寸前、息子は高校入学後3年も引きこもりのまま。唯一まともなのは、高校1年の優秀な娘だけだった。浩子は、夜中にこっそり外出する息子が放火事件の犯人ではないかと考えるようになる。「疑惑」。

快速電車「ムーンライトえちご」に乗った彼女は、終点村上までの切符を買った。電車の中には様々な客がいた。そして隣に座った客は、私と同じくらいの年齢の女性で、なぜか血の臭いがする。「危険な乗客」。

辰巳博之は、サラ金からの借金に困っていた。手段は、父親を殺すしかない。血の繋がらない父は、この地方でも有数の建設会社の社長。秘書である榊原めぐみから情報を入手した博之は、自分が疑われない殺人計画を立てた。それは交換殺人だった。「交換殺人計画」。

津村泰造は二年前に妻に先立たれてからひとり暮らし。悩みは昼二時になると布団を叩き出し、ラジオのボリュームを最大にする隣のおばさんと、5年前に出ていった長男のこと。最近は、床下換気装置などリフォームを薦めてくれる親切な男が来てくれるので助かる。「津村泰造の優雅な生活」。

特別収録として、幻の画家石田黙の絵をめぐる「黙の家」ならびに特別エッセイ「石田黙への旅」を収録。

小説新潮」「小説宝石」に掲載された作品に、書き下ろしを加えた作品集。



現実に起きた事件や犯罪を題材にし、日常に潜む悪意と狂気を鮮やかに表へ照らし出した作品集。現実の犯罪を料理し、新しい事件を作り出す能力はさすがとしか言いようがなく、その辺はさすが折原一、というところか。ただ、長編ならうまい目くらましを仕掛けることのできるのだが、短編では枚数の関係上、どうしても仕掛けに頁を費やすことができないため、作者の狙い、というか結末の付け方が何となく想像できてしまうため、驚いてしまうべきところで素直に驚けないまま終わってしまう。折原一という名前がすでにブランドとなってしまったが上の、皮肉な現象といっていいだろう。テクニックは抜群なのだが、どうしても物足りなさを覚えてしまう。

ボーナストラックとして加えられているのは、作者が積極的に情報を求めている無名の画家、石田黙についてのサスペンス短編と、エッセイである。図版も多数掲載されている。作者の情熱が窺われる一編である。