平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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石持浅海『人柱はミイラと出会う』(新潮社)

人柱はミイラと出会う

人柱はミイラと出会う

交換留学生としてポートランドから札幌に来たリリー・メイスは、ステイ先の一木慶子と一緒に歩いているとき、不思議な風習を目にした。建築物を造る際、安全を祈念して人間を生きたまま閉じこめるというのだ。彼ら「人柱」は、工事が終わるまで中でじっと過ごし、終われば出てきてまた別の場所にこもる。リリーは、慶子の従兄である東郷直海と知り合った。東郷もまた人柱職人だった。3人は、郊外にあるマンションの人柱帰還式を見学した。しかし8ヶ月ぶりに開かれた個室に人柱はいなかった。代わりにあったのは、寝袋に入ったミイラだった。しかもナイフで腹を刺されていた。個室は外からしか開くことができない。中でなにがあったのか。「人柱はミイラと出会う」。(一部帯より引用)

北海道議会の中継でリリーは不思議な人物を見た。議員の後ろに経っている黒いスーツ、黒いネクタイ、黒いベールの男性。アシスタントとプロンプターを合わせたようなその人物、「黒衣(くろご)」。しかも議員の一人の黒衣がいなくなり、質問を中止するという事態があった。その夜、不測の事態が発生した。道議会議事堂で、黒衣の死体が見つかった。その黒衣は、昼間姿を見せなくなった黒衣ではなく、別の議員の黒衣だった。「黒衣は職場から消える」。

慶子とリリーが、慶子の母である好江を連れて東郷のところへ車を返す途中、不思議な光景を目にした。スポーツカーの中で、若い女性が黒い歯の上に筆で黒い液体を塗っているのだ。既婚女性の印である「お歯黒」を塗り直す行為は珍しくないが、その女性は慶子の研究室にいる大学院生で、しかも独身なのだ。さらに運転席にいるのは、好江が通っている歯医者の若い医師だった。「お歯黒は独身に似合わない」。

厄年休暇に入った慶子の研究室の助教授の溝呂木と、助手の綱島が、大学で続けて怪我をした。仕事熱心とはいえ、厄年休暇を疎かにした自業自得だと思っていた東郷と慶子であったが、大学に来た理由を知った東郷の表情が変わった。「厄年は怪我に注意」。

慶子とリリーが買い物途中、路上で慶子のバッグがひったくりに盗まれた。しかし、ひったくりの男は、たまたまパトロールに出ていた鷹匠の警察鷹によって捕まえられた。その夜、大麻の密売組織の強制捜査で、バイクで逃げ出そうとしたリーダーを、警察鷹が襲って殺した。鷹匠が警察に協力するようになって40年、鷹による死者が出たのは初めてのことだった。「鷹は大空に舞う」。

好江が轢き逃げ事故を目撃した夜、夕飯のみそ汁の具にミョウガが入っていた。嫌なことを早く忘れることができるようにと、ミョウガを食べる習慣が日本にはある。後日、人柱から帰ってきた東郷を囲んでの団欒中、一木家に心当たりのない高知の農園からダンボールが宅配で送られてきた。道議会議員である慶子の父である三郎は、時々嫌がらせを受けることがある。東郷が慎重に開けたそのダンボールには、ミョウガがいっぱい詰まっていた。「ミョウガは心に効くクスリ」。

北海道知事に当選した一木三郎と好江は、住むことになる知事公邸に行った。そこで見つけたのは、ベッドのマットレスの下に、一万円札が大量に敷き詰められていた。「参勤交代は知事の務め」。

留学生のリリーが日本で出会う奇怪な風習。その風習にまつわる不思議な事件。真相を解くのは、人柱職人の東郷。「小説新潮」に2004年〜2007年に年2本ずつ掲載された連作短編集。



「独特な題材の選び方と、それに密接に結びついた論理性の高い作風」の作者の新作は、パラレルワールドの日本を舞台にした連作短編集。昔の風習がそのまま現代まで残っていたら、という設定の日本というのが面白い。日本人には馴染みのある風習を現代に残すことで、特異な設定を読者にわかりやすく説明することができる、というのはありそうでなかなかなかった設定であり、面白い。西澤保彦のように特異な設定を無理矢理創りあげるよりも、作者と読者が同じ世界観を容易に共有することができる。着想は素晴らしいが、問題はそれに見合うだけの謎と解決を提示することができるか。短編ということもあってか、論理性の高い推理、というよりは連想ゲームのような推理に近いものが多く、探偵役自身の東郷すら「当てずっぽう」と言ってしまうようなものもあるが、舞台が特異な分救われている。最初の3作品は、設定と謎がうまく絡み合い、推理の展開も含めて面白かった。

ただ、その高いレベルを維持するのが難しいのか、徐々に質が落ちていったのが残念。最後の2作は、無理矢理に謎と結末を創りあげた感がある。結局作者は、自分の創りあげた設定に縛られていくんだな、という想いが広がる。技巧派は、こうして自分の首を徐々に絞めていく。佐野洋が、シリーズキャラクターを作らなかったという気持ちがよく分かる。特に短編集では、高いレベルを一定に保つことが難しい。

それでも、最後まで楽しく読めることは確か。まあまあ、という言葉は付くが、お薦めである。