平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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恒川光太郎『夜市』(角川書店)

夜市

夜市

大学生のいずみは、高校時代の同級生・祐司から「夜市にいかないか」と誘われた。祐司に連れられて出かけた岬の森では、妖怪たちがさまざまな品物を売る、この夜ならぬ不思議な市場が開かれていた。

夜市では望むものが何でも手に入る。小学生のころに夜市に迷い込んだ祐司は、自分の幼い弟と引き換えに「野球の才能」を買ったのだという。野球部のヒーローとして成長し、甲子園にも出場した祐司だが、弟を売ったことにずっと罪悪感を抱いていた。

そして今夜、弟を買い戻すために夜市を訪れたというのだが――。(帯より引用)

荒俣宏高橋克彦林真理子の全選考委員が激賞した、第12回日本ホラー小説大賞受賞作「夜市」と、人間が通ってはいけない「古道」に入ってしまった二人の少年の物語「風の古道」を収録。



偶数回の日本ホラー大賞には傑作が多いし、「夜市」の評判は色々なところから聞こえていたので、楽しみにしていた。大抵このような期待は裏切られることが多いのだが、本書は期待通りの作品だったので、とても嬉しい。

妖怪たちが品物を売る市場といういにしえの日本で語られたような舞台設定から、ホラーというよりも幻想小説という言葉がしっくり来る展開が続く。まあ、この夜市という舞台だけで終わってしまえば、よくある物語という言葉で終わってしまうのだが、老紳士とともに人攫いの店に行ってからの展開は完全な予想外。こんな哀しい物語を、この舞台と融合させた、というだけで凄い。

しかも情景描写や登場人物が目をつぶると浮かんでくる。何もかもが、フィルターのかかったような幻想世界の中で、鮮やかに映し出されるのだ。見事というしかないね、これは

「夜市」の方はすばらしい出来映えなのだが、「風の古道」は残念ながら少々落ちる。こちらも「古道」という民族学で取り上げられているような舞台を用意しているし、導入部からふたたび「古道」に入るまでの展開はいいのだが、その後の展開がややありきたり。普通だったらこれでも満足しているのだろうが、やはり「夜市」を読んだ後のインパクトには欠けてしまう。

短編2作を読んだだけだが、凄い才能の持ち主に見える。長編を書いたら、どれだけ凄いものを書いてくれるのだろうか。それともこの作品はただのフロックなのだろうか。第2作が楽しみだ。