平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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早瀬乱『三年坂 火の夢』(講談社)

三年坂 火の夢

三年坂 火の夢

1899年8月の奈良県。18歳の内村実之はアルバイト先で、兄が怪我をしたから家に戻れとの速達を手にする。東京で帝国大学に通い、建築を勉強しているはずだった兄は、いつの間にか大学を辞めていた。しかも残り2年分の学資まで全て使い果たしていたのだ。さらには腹には刃物で刺された傷跡があったのだが、兄は何も語らず、そのまま死んでしまった。ただ一つ、兄は実之に謎の言葉を遺した。「三年坂で転んでね」と。東京にはいくつも三年坂があり、そこで転ぶと三年以内に死ぬという。さらに実之は新しい事実を知った。兄の学資は、別れた元士族の父親が10年前に持ってきたものであった。さらに彼は、実之が高等学校へ行くときにも必ず学資を持ってくると約束した。しかし、父親は未だ現れない。もしかしたら兄は東京で父親に会っていたのではないか。

中学卒業後、実之は一高受験の予備校へ通うために、東京へ向かった。実之は受験勉強と同時に、兄の死の謎を追いかける。

第52回江戸川乱歩賞受賞作。



大火の街を走る人力車や、三年以内に死ぬという三年坂の謎など、題材はとてもいい。明治初期の描写も悪くない。兄の死の謎を追いかける、受験生の主人公という設定もなかなか魅力的だ。どことなく幻想的で、そして霧の中を歩いているようなぼやけた感覚の物語進行も、最初こそはとまどいがあったが、慣れてしまえばなかなか味がある。とまあ、面白くなるはずの要素はいっぱいあるはずなのだが、読んでいてそれほど面白さを感じられなかった原因は、題材の面白さに物語の面白さが負けてしまっているところと、情報の整理力が今ひとつなところだろう。選評でも「この作品の面白さは、あまりに題材自体の面白さでありすぎた」(井上夢人)と書かれているが、それがこの作品を一番的確に表したものである。近年の乱歩賞の傾向通りの作品といってしまっていいのではないか。ただ、近年の乱歩賞作品は、題材自体によりかかっているところが大きすぎるが、本作品はまだ物語の面白さを構築しようと努力しているところがみられる。それが、主人公の青春小説風な構成に見られる。いっそのこと、鍍金先生が謎を追いかけているパート(「火の夢」の章)を省いて書いた方が、すっきりとした仕上がりになったのではないだろうか。

作品とは関係ないところで気になったのだが、当時の東京の地図を挿入するのなら、本の最後の方ではなく、冒頭に入れるべきではないか、講談社さん。

作者は2004年に『レテの支流』が日本ホラー小説大賞長編賞佳作に選ばれ、出版されている。また2005年には『通過人の31』が江戸川乱歩賞最終候補となっている。

選評を見ると、今年の乱歩賞はちょっと低調だったようだ。もっともここ十数年、よかった年より低調だった年の方が多いので、いつも通りと言ってしまってもいいのだろうが。本作品を強力に推した綾辻行人と、『東京ダモイ』を推した大沢在昌が、これといって推す作品が見当たらない他の三人を説得して、同時受賞という形にしたんだろうなあ、と裏舞台を想像してしまう。自分がどっちを選べといわれたら、まだ本作品を選ぶかな。乱歩賞をA〜Eに区分したら、本作品がC、『東京ダモイ』がD+といった程度の違いだが。でも見たことがあるという人に、是非とも手にとってもらいたい本である。