- 作者: 夏樹静子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1986/04
- メディア: 文庫
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東京新聞、北海道新聞などに連載。1983年に文藝春秋より単行本化された、作者の代表作。
夏樹静子作品の代表作と呼ばれる作品群はある程度読んできたつもりだが、どれか一冊を選べといわれたら、間違いなくこの作品を挙げるだろう。「週刊読売」昭和60年11月17号の特集“作者の自選する自作ミステリー”アンケートで、夏樹静子は本作品を挙げたとのこと。作者自身もお気に入りの作品なのである。
主人公である大北耕助が、女からの間違い電話で深夜に誘い出されるところから始まる。そして大北は殺人事件の容疑者となる。被害者は、ちょうど大北は誘い出された時間に殺害されたのだ。しかも大北には動機もあった。アリバイトリックは数あれど、アリバイ奪取トリックというのはなかなかない。うまい描き方である。証拠が大北の自宅から出てきたが、大北は失踪し、しかも偽装自殺まで行う。このあたりまでは巻き込まれ型サスペンスかなと思わせるが、大北の小指が妻である志麻子のところに送られ、しかも身代金が要求される。大北の偽装と思われたが、小指は死後切断であった。ここでの死後切断という事実は、当時読んでいて衝撃的であったことを覚えている。
途中、大北を慕う被害者の次女、千春とのロマンスが挿入されるところは夏樹静子らしいが、それを抜きにしても緩急の付け方が素晴らしい。千春は独自で事件の謎を追いかけるが、警察の捜査とは別に事件の裏面が照らされる描き方も、よくある手法であるが成功している。
サスペンスとトリック、二転三転するプロット、そして複雑な事件の謎と推理、解決。さらにはゴルフ場利権を扱った社会性、さらに主人公とヒロインのロマンスなど、全てが過不足なく奇跡的に融合した傑作である。
この作品は、北海道新聞に連載している頃から読んでいた。一日ごとの引きがうまく、次の日が待ち遠しかったことを覚えている。その後、文庫本で再読したが、作品の面白さは変わらなかったし、作者の巧さに感心した。今回読んだので、10回目ぐらいになると思うが、読み始めると時間を忘れてしまうくらいである。何度読んでもいいものはいい。