平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大藪春彦『戦士の挽歌(バラード)』下(光文社文庫)

戦士の挽歌 下 (光文社文庫)

戦士の挽歌 下 (光文社文庫)

 悪辣な医師たちから味わわされる屈辱に耐え、石川は外国銀行の隠し講座を膨らませていった。が、一つの事件を契機に、石川の中で何かが切れた。

 人を人として扱わず、患者を食い物にする大病院、医師たちに、目覚めた野獣の怒りがついに牙をむく。超人的な肉体と猟で鍛えた銃の腕前を駆使し、石川の狩りの時間が始まった!

 圧倒的迫力のサスペンス巨編!(粗筋紹介より引用)

 「週刊アサヒ芸能」1980年1月10日号〜1981年9月24日号掲載。原稿用紙1700枚に及ぶ大作、完結。



 徳間文庫の第三部をずっと探していたのだがなかなか見つからず、光文社文庫から復刊されたので下巻だけを迷わず購入。嬉しかったな。ちなみに徳間文庫版の副題は、「第三部 血の鎮魂歌」。

 解説にもあるが、「飲ませる、抱かせる、つかませる」という最低の販売方法や医療業界と薬品業界の腐敗については1960年代後半から1970年代後半にかけて問題となり、参考文献に挙げられているような著書が1970年代後半に描かれるようになった。そして連載とほぼ同時期、連載のなかでも出てくるように各マスコミで暴かれることになるのである。

 ここで出てくるプロパーはプロパガンディストの略で、製薬会社では学術宣伝員と呼ぶが、結局はセールスの特攻隊でしかない。太鼓持ちも真っ青なほどのおべんちゃらと低姿勢で、石川は一つずつ契約をもぎ取っていく。長すぎるほどの潜伏期間であったが、本書ではとうとう牙をむき出しにした。ただアクションシーンは他の作品と比べるとページ数は短いし、死闘と呼ばれるほどの苦難はそこにない。このアクションシーンは、暴利を貪る医療法人への征伐でしかなく(もちろん、多額の金を奪っていることも事実だが)、今まで多数の作品で大藪が描いてきた悪のシンデレラ・ストーリーにおける強奪シーンとはやや趣が異なる。結局は、物語の幕引きでしかないのだ。そこが今までの作品群と異なるところだろう。

 大藪は今まで数多くの業界に対し、筆を取ることによって過酷なレジスタンスを試みてきたが、本書ではその矛先を医療・薬品業界に向けられている。そして本書では暴力による征伐ではなく、リアルに実態を長々と続け、獲物がかかるのをじっと待つ肉食動物の視線を延々と書くことによって、怒りを表に出しているのだ。爆発の前の静けさ、それが本書の最大の楽しみなのである。