平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大谷羊太郎『大密室殺人事件』(光文社 カッパノベルス)

大密室殺人事件 (カッパ・ノベルス)

大密室殺人事件 (カッパ・ノベルス)

 実業家・黒住泰造のもとに、"殺されかけたお前の息子より"という奇妙な脅迫状が届いた。脅迫者は、25年前に岩手県宮古市で起きた母子放火殺人事件の犯人が黒住であると述べ、その口止め料として3千万円を要求してきた。殺されかけた息子とは誰なのか!?公になることを恐れた黒住が、独自に脅迫者の正体を調査し始めた矢先、執事の池上が密室状態の部屋で短剣で刺されて殺された。謎の脅迫者の犯行なのか。捜査に乗り出した警視庁捜査一課の八木沢警部補と新米刑事の村岡は、殺人と脅迫事件とを結ぶ鍵となる25年前の惨劇を追うが…黒住の別荘で第二の密室殺人が。密室トリックで読者に挑戦、書下ろし長編推理小説渾身作。(粗筋紹介より引用)

 乱歩賞受賞20年、1989年に書き下ろされた一冊。



 大谷羊太郎というと「トリック・メーカー」というイメージしかなかったのだが、本書はトリックが突出することなく、物語や登場人物とトリックのバランスがうまく取れているので、読んでいて楽しい。タイトルの“大密室”を期待すると、肩透かしを食うことになるだろう。トリックそのものは機械的で、しかもやや陳腐といってもいいかもしれない。本書が面白いのは、2つの密室事件によって動き出す登場人物たちの人間模様、そして事件を追う警察官たちの内面である。題材としてはありきたりかもしれないけれど。

 ただ、今のミステリ読者から見ると、退屈と思われるかもしれない。機械トリック、登場人物たちの恋愛模様、刑事による事件解決、さらにこの犯人像。新本格全盛になる前の、本格ミステリのあだ花だったのが、この頃脂がのっていた大谷羊太郎だったんじゃないかと思える。