平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

ドロシイ・B・ヒューズ『ゆるやかに生贄は』(新潮文庫)

 砂漠のハイウェイをフェニックスへ向かう青年医師ヒュー。ヒッチハイカーの若い娘を見かけ同乗させるが、それがそもそもの過ちだった。バスターミナルで降ろした後も執拗に彼を追ってくる。その娘アイリスはどうやら彼に堕胎手術をしてほしいらしい。ヒューは拒絶するが、翌朝、彼女の死体が発見され……。1960年代の社会問題の生贄となった男を描く、アメリカン・ノワールの先駆的名作!(粗筋紹介より引用)
 1963年、アメリカで発表。2025年5月、邦訳刊行。

 新潮文庫の「海外名作発掘 HIDDEN MASTERPIECES」シリーズの1冊。H・R・F・キーティング『海外ミステリ名作100選』(1987)にも選出されている。
 インターンの青年医師ヒュー・デンズモアは姪のクライティの結婚式に出るため、ロサンゼルスからキャディラックに乗ってアリゾナ州フェニックスに向かっていた。その途中でヒッチハイクの少女アイリスを乗せ、バスターミナルで降ろす。宿泊した翌日、アイリスは再び車に乗り込んでくる。仕方なくアイリスをフェニックスまで連れていき、そこで別れた。しかしアイリスは、ヒューが泊っているモーテルに押し掛けてくる。
 読者はヒューがここまで怯えているのに違和感を抱くであろうが、それは4分の1を過ぎたあたりで明かされる。そこで思わずなるほどとうなずいてしまう。舞台と社会背景がここで一気に結びつく。そこからは、ヒューに降りかかる災難と悪夢、そして理不尽な仕打ちと恐怖に読者も引きずり込まれていく。なるほど、あえて途中で明かした理由はここにあったか。そこまでくると、ヒューが自ら調査に乗り出す理由も納得する。クライティの元ルームメイトであるエレン・ハミルトンの存在が、ヒューだけではなく、物語全体にも大きな救いになっている。
 当時の社会問題をサスペンスに絡めた秀作。まあ、この社会問題は今でも続いているところがアメリカの問題であるのだが。キーティングに選ばれたのも納得の巧さである。

高城高『墓標なき墓場』(創元推理文庫 高城高全集第1巻)

 昭和33年、夏。北海道。未明の北の海に殿村水産所属の運搬船、天陵丸が沈んだ。乗組員6人は全員死亡。その朝、花崎港に入港した一隻のサンマ船が、岸壁に衝突した。海難事故と不審なサンマ船の衝突事故に疑問を抱いた不二新報釧路支局長江上武也は独自の取材を進めた。単なる事故か、それとも事件か……。だが、何者かの策謀によって江上は釧路を逐われる。それから3年。かつての関係者が次々と疑惑の死を遂げる釧路の街に、江上は帰ってきた――。日本ハードボイルドの黎明期を駆け抜けた幻の作家・高城高。霧にけぶる北の港町を舞台に描き上げた唯一の長編が、いまよみがえる!(粗筋紹介より引用)
 
  日本のハードボイルド小説の嚆矢であり、日本ハードボイルド三羽烏の一人でもあった(残り二人は大藪春彦と河野典正)高城高の、当時唯一であった長編ハードボイルド。単行本で出版された後は、全集が出るまで一度も復刊されなかった。
 解説の新保博久が記している通り、高城高の短編に多く見られる「現在のプロローグから過去に遡り、現在に戻ったところからまた物語が続く時間的構成」である。作者自身は「短編と違って出来はよくありません。私は短編が好きなのですが、作家として立つには長編が書けなければなりませんが、どうもその方の才能はないと感じてしました」と期している。
 新保博久が「物語も描写も過剰な説明を排して簡潔、しかし素っ気ないわけではなく、一種の詩情をたたえているのが一番の美点」と高城作品について述べているが、これまた解説で記している通り、あまりにも簡潔なので、なぜ江上が真相に辿り着いたのかわからないうちに、いつの間にか犯人と対峙している。江上と妻の八重子が語り合わなくてもお互いをわかっているのはいいのだが、それを作者と読者の間に求められてもちょっと困ってしまうというか。
 釧路の寒さを直接描くことなく、景色と人の描写で季節を感じさせる筆の巧さはさすがである。ただあまりにも言葉を削り過ぎている。できれば江上の再生について、もう少し心情を描いてもよかったのではないか。最もそれを排したのが、作者の求めるハードボイルドと言ってしまえばそれまでかもしれないが。
 もう一、二作ぐらい、この時代の作者の長編を読んでみたかった。そうすればまた作者の評価も変わって来ただろうし、筆を折ることがなかったかもしれない。 

ミステリの世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/mystery.html

「全集を読もう!」に高城高全集(創元推理文庫)を追加。
 まだ第1巻しか読んでいませんが。大坪砂男も中村雅楽日影丈吉もソーンダイク博士も、買ったまま本棚に眠っている。土屋隆夫も日本ハードボイルド全集も山田風太郎もまだ全部読めていないし。最近は、厚い本を読む気力が湧かない。