平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

横溝正史『死仮面〔オリジナル版〕』(春陽文庫)

八つ墓村」事件を解決した金田一耕助は、岡山県警の磯川警部から駅前のマーケットで起きた奇妙な事件の話を聞く。殺人容疑者の女が腐乱死体で発見され、現場には石膏のデス・マスクが残されていたというのだ。やがて舞台を東京に移した「死仮面」事件の謎に、金田一耕助が挑む! 初文庫化短篇「黄金の花びら」併録。さらに著者直筆の訂正が入った草稿を写真版で特別収録した決定版!(粗筋紹介より引用)
 『物語』(中部日本新聞社)1949年5月号~12月号連載。2024年9月刊行。

 『死仮面』は金田一耕助ものの長編(ちょっと短めだが)であるが、生前は単行本化されていなかった作品。「探偵作家クラブ会報」昭和24年7月号の消息欄に連載開始の旨を書いていることから、存在だけは知られていた。横溝ブームのさなか、中島河太郎が方々を探し求めた結果、国会図書館で掲載誌を発見。しかし第四回が掲載された8月号が欠号となっていたため、中日新聞1981年10月5日で掲載誌を探し求める記事を出すも反応はなかった。
 作品発掘時、横溝は『悪霊島』の稿を練っていたが、合間を縫って全面的に改稿する予定であった。しかし『悪霊島』完結後は療養することになったため、中島河太郎が第五回の冒頭のあらすじから第四回の内容を推測して補筆。出版直前に横溝が亡くなったため、追悼出版という形になってしまった。その後、横溝正史研究家の浜田知明が8月号を発見し、差し替えた形で春陽文庫から出版された。ただ、不適切とされる言葉を削除、改変していた。本書は初出のテキストとの照合を行い、可能な限り連載時の表記に近づけて出版された。比較すると、以下となる。
 カドカワノベルズ版:1982年1月刊行。第4回中島補筆(「妖婆の悲憤」「校長の惨死」)。一部誤植・脱落有。併録「上海氏の蒐集品」。
 角川文庫版:1984年7月刊行。ノベルズ版の文庫化。中島河太郎の解説有。1996年5月刊行の第15版にて最小限の修正有。
 春陽文庫版:1998年1月刊行。第4回横溝初出(「妖婆」「灯の洩れる窓」)。現代では不適切とされる言葉を削除・改変。併録「鴉」。
 春陽文庫〔オリジナル版〕:2024年9月刊行。第4回横溝初出(「妖婆」「灯の洩れる窓」)。可能な限り連載時そのまま。併録「黄金の花びら」。「草稿」掲載。山口直孝日下三蔵解説有。

 不思議な告白書の後に、金田一耕助と磯川警部が登場。『八つ墓村』事件の帰り道という設定だが、雑誌上ではほぼ同時期に連載されていた。謎のデス・マスクの話が出てくるも、舞台は東京へ移ってしまう。折角だからそのまま岡山でもよかったのに……と磯川警部が好きな私は勝手なことを書く。
 銀座裏にある三角ビルの最上階にある金田一の探偵事務所に上野里枝が依頼に来てから、舞台は東京・川島女子学園へ移る。ここからの展開は、もう少し描き込みが欲しかったところ。デス・マスクが送られるという設定が今一つ生かし切れていない。1949年という執筆の時期を考えると、執筆数が多くてそこまで手が回らなかったのかもしれない。東京が舞台なのに等々力警部が出てこないというのも、冒頭で磯川警部が出てくるから、あえて登場させてなかったのだろうか。
 作者が全面改稿を予定しており、次女の野本瑠美氏に掲載誌から筆写させた草稿に加筆修正を加えたものが残されている。本書ではその草稿、原稿用紙25枚分が写真版で収録されている。
 また、「死仮面された女」というタイトルの生原稿が残されており、冒頭はほぼ同じだが探偵役は由利麟太郎になっており、こちらは『横溝正史少年小説コレクション3 夜光怪人』(柏書房)に付録として掲載されている。
 数奇な運命をたどった作品であるが、もし改稿されていればどんな作品に仕上がっただろうか。非常に興味深い。

 それにしても、横溝の原稿が見つかっているのに、角川文庫版はまだ中島版のままなんだね。中島河太郎不本意だと思うのだが。それに、春陽文庫旧版がオリジナルであることを気づかない人が多く、古書価格があがっていたというのも意外だった。そういう方面に疎いもので……。
 ちなみに本書を購入した動機は、装丁が変わっていたから。久しぶりに出版された春陽文庫横溝正史作品だし、この後も懐かしいミステリを出版してくれるとのことだったので、中身も確認しないままほぼご祝儀みたいな購入だったが、色々な情報が満載だったので、買ってよかったです。昔読んだ作品とはいえ、久しぶりにジュヴナイル以外の金田一耕助を読めて楽しかった。

 そういえば春陽文庫のサイトに行って初めて知ったけれど、横溝正史時代小説コレクションが文庫化されているんだね。ハードカバーはしんどかったのであきらめていたけれど、文庫版は欲しいかな……。それと、幾瀬勝彬あたりは復刊してほしい。

東野圭吾『架空犯』(幻冬舎)

 高級住宅地のど真ん中にある二階建ての家の内部が全焼。焼け跡から都議会議員の藤堂康幸と、妻で元女優の江利子の遺体が見つかった。康幸はひもで首を絞められた窒息死。そして江利子は風呂場で首を吊った状態で見つかったが、別の索状痕があり、無理心中に見せかけたことは明らかだった。特捜本部に加わった警視庁捜査一課の五代努巡査部長は、所轄・生活安全課の山尾陽介警部補とペアを組んで捜査に当たる。二人を恨んでいるものはおらず、捜査は難航。そこへ犯人と名乗るものから、藤堂夫妻の非人道的行為を示す証拠品を三億円で買い取れという脅迫状が議員事務所に届く。この要求を無視すると、今度は夫妻の一人娘である榎並香織のスマートフォンに、康幸のタブレットから、香織のお腹の子供の写真とともに三千万円を要求するメールが届く。香織と夫で総合病院副院長の榎並健人は、指定の口座に金を振り込んだ。五代は捜査を進めるうえで、ある人物に疑惑を抱くようになる。
 『小説幻冬』2023年3、10月号、2024年1、4-9月号掲載。加筆修正、書き下ろしを加え、2024年11月刊行。

 主人公の五代は『白鳥とコウモリ』にも出ているらしいのだが、そちらは読んでいないのでわからない。清州橋事件で大きな働きをした、と作中であるからそれかも知れない。
 五代視点で話は進み、捜査の方も五代が多くの情報を掴んでくる。他の刑事はいったい何をやっているんだ、という気にはなるが、「五代は切れる」と所轄の刑事ですら知っているようだから、あえてこういう構成にしているのだろう。しかし他にメインで出てくるのは、五代の直属の上司である筒井警部補と、班長の桜井くらい。これで捜査の進捗状況のほとんどがわかってしまうのだから、東野圭吾の描き方はさすがである。
 仲の良い夫婦が殺され、その原因が主要人物の高校時代にまで遡るというのが本書の主眼。少し読み進めると、疑わしい人物が出てきたり、疑わしい出来事が見えてきたりする。ああ、多分こう進むのだろう、と読者が予想しやすい展開だ。そこを半歩先、半歩ずれた目標へ設定しているのが、東野圭吾は実に巧い。だからそこに驚きが生じ、感情が揺さぶられる。
 なんなんだろうなあ、このタクトの振り方の絶妙な幅広さは。一つ間違えればお涙頂戴の陳腐な物語になりそうな題材を、読み応えのあるミステリに仕立て上げてしまうのだから、やっぱりすごい作家なんだと思ってしまう。ちょっと地味かもしれないが、かえって作家としての実力を存分に見せつけた結果になっている。この面白さ、脱帽しました。

小路幸也『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』(講談社文庫)

 みんなの顔が〈のっぺらぼう〉に見える――。息子がそう言ったとき、僕は20年前に姿を消した兄に連絡を取った。家族みんなで暮らした懐かしいパルプ町。桜咲く〈サクラバ〉や六角交番、タンカス山など、あの町で起こった不思議な事件の真相を兄が語り始める。懐かしさがこみ上げるメフィスト賞受賞作!(粗筋紹介より引用)
 2002年、第29回メフィスト賞受賞。2003年4月、講談社より単行本刊行。2007年5月、講談社文庫化。

 「東京バンドワゴン」シリーズで名を馳せた作者のデビュー作。作者が生まれ育った旭川市パルプ町が舞台。
 ミステリなんだか、ファンタジーなんだか、ジャンルを定義するのが難しい。確かにあの頃の風景を描いて懐かしさが込み上げてくるのだが、「のっぺらぼう」が存在する設定と、殺人事件などがなじまない。無理に人が死ぬ設定を出さなくてもよかったと思う。メフィスト賞を意識しすぎたかな。
 作者が書きたかったノスタルジーで押し切った方がよかったと思う。人がいなくなる話が妙に生々しく、それでいて作品に溶け込んでいない。水と油の様に分離されてしまうものを、無理矢理混ぜ込んでしまった感がある。中途半端な仕上がりが、何とももどかしい。

犯罪の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
無期懲役判決リスト 2024年度」に1件追加。「各地裁別最新死刑・無期懲役判決」を更新。

 ルフィ事件はまだ完全にまとめきれいていないので、詳細を書いていません。申し訳ありません。

 ルフィ事件でもしんどいのに、さらに件数が多い首都圏広域連続強盗事件はどうやってまとめようかと今から頭が痛いです。今日時点で18事件、逮捕者が40人。まだ事件の全貌も見えていないし……。

逸木裕『彼女が探偵でなければ』(KADOKAWA)

 高校時代に探偵の真似事をして以来、森田みどりは人の〈本性〉を暴くことに執着して生きてきた。気づけば二児の母となり、探偵社では部下を育てる立場に。時計職人の父を亡くした少年(「時の子」)、千里眼を持つという少年(「縞馬のコード」)、父を殺す計画をノートに綴る少年(「陸橋の向こう側」)。〈子どもたち〉をめぐる謎にのめり込むうちに彼女は、真実に囚われて人を傷つけてきた自らの探偵人生と向き合っていく。謎解きが生んだ犠牲に光は差すのか――――。痛切で美しい全5編。(帯より引用)
 『小説 野性時代』掲載作品に加筆修正のうえ、書き下ろし3編を加え、2024年9月、単行本刊行。

 森田みどりは腕時計の修理の依頼に、上諏訪にある九条時計店へ行った。しかし時計師である計介は病気で2か月前に亡くなり、今は息子で瞬が一人で住んでいた。応対中に生じた停電で動けなくなった瞬は、原因となった三年前のある出来事を話す。工房の庭にある小さな防空壕に二人でいた時、地滑りで閉じ込められた。落ち着いていた計介が近所のおばあさんが通りかかった際に声をかけたことで、二人は助けられた。しかし時計を持っていない防空壕の中で、なぜおばあさんが通りかかるのがわかったのか。「時の子 ―― 2022年 夏」。
 サカキ・エージェンシー女性探偵課の課長である森田みどりの部下、鮎原史歩と一ノ瀬岬が言い争いをしていた。二人が女性の失踪人を調査中、千里眼の持ち主だと自称する高校生ぐらいの男の子が、探し人はあのホテルにいると告げる。すると本当にそのホテルに居た。失踪人は当然そんな男の子は知らないと話す。興味を持ったみどりは、二人が渡された名刺のQRコード先のサイトにあった待ち合わせ場所に向かい、千里眼・兎戌四郎に会う。「縞馬のコード ―― 2022年 秋」。
 帰り道の途中にある商業施設のイートインスペースで、森田みどりは残務を片付けていた。すると中学一年生くらいの男の子が、一心不乱に何かをノートに書いていた。興味を持ったみどりは、男の子が席を立った瞬間に覗き見ると、そこには「父を殺す」と書かれていた。気になって少年の後を尾けると、ある一軒家に入っていった。そこの表札には、西雅人とあった。四年前、別居中の妻・咲枝に息子・颯真を連れ去られたので、裁判で取り戻せるように素行調査してほしいと依頼してきた。ところが調査の結果は何もなく、しかも二人の仲は良好であったと報告すると事務所で大暴れし、放り出されていたのだ。それがなぜ、二人は一緒に住んでいるのか。「陸橋の向こう側 ―― 2022年 冬」。
 横浜支局に異動するなら探偵事務所を退職すると訴える須見要を森田みどりが説得していたところ、依頼人がやってくる。足立区に住む在日クルド人のアザド・タシは3日前、経営しているトルコ料理店のシャッターに赤く✕とスプレーで描かれた。警察に届けるも無視されたので、調査してほしいと依頼する。足立区では、在日クルド人と地域の人たちとの間でトラブルになっていた。調査を始めると、他にも✕を描かれた家が数件あった。要が調べていくうちに、父がクルド人、母が日本人の高校二年生・ロハットと仲良くなり、クルド人たちと交流するようになる。「太陽は引き裂かれて ―― 2024年 春」。
 夫・司の提案で、みどりは司、長男・(おさむ)、次男・(のぞみ)と父・榊原誠一郎の5人で、誠一郎の出身地である茨城県吾代町へ向かった。吾代町は陶芸・漆芸が盛んで当日は「吾代フェス」が開かれていてホテルが取れず、誠一郎の幼馴染・唐沢範子が営むやきものカフェに泊めてもらうことになっていた。カフェで幼馴染たちと交流を深める誠一郎。一方みどりは、範子が母親で陶芸家の唐沢芙美子と不仲だったと聞き、不審に思う。そんなとき、理が一人で森へ入ったかもしれないと電話が入った。「探偵の子 ―― 2024年 夏」。

 『少女は夜を綴らない』に続く探偵・森田みどりシリーズ。二十代の頃は無茶な調査をすると煙たがられる存在だったが、父でサカキ・エージェンシーの社長である誠一郎から〈女性探偵課〉の初代課長を任命され、あれよあれよと繁昌してしまった。夫の司は化粧品会社で働くマーケッターだったが、2020年にフリーランスになり、リモートワークをしている。長男・理は本の虫で「探偵の子 ―― 2024年 夏」では8歳の活字中毒。次男・理は活発で外では目が離せない。みどりと司が結婚したのは2013~15年あたりだろうか。その時代のエピソードはまだ書かれていないので、どういう経緯があったのかは不明である。
 買う気になったのは、帯にあった「第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞シリーズ」という言葉。最初見たときは、どういう意味だこれは、と目を疑ってしまった。中を開いてみると受賞作である「スケーターズ・ワルツ」に連なるシリーズだからこういう書き方をしていることがわかった。それで興味を持ったため、前作とまとめて購入。
 前作と比べると母親になっている分、あからさまに人の裏側を調べようとするのは減ってきているが、それでも根本的なところは変わっていない。本作品ではいずれも男の子を捜査のきっかけとしており、いずれも残酷な現実をたたきつける。そんな自分の性格について悩むようになったのが、シリーズの新しい一面だろう。特に自分との子供に悩むところが、意外といえば意外な気もする。今後のシリーズでは、成長した二人の子供との接触が大きなテーマとなるのだろう。ただ、4、5年ぐらい先になりそうだが。先に結婚の話を描くのかな。恋愛には向いていないと思われる女性が、どのように男性と付き合うようになったのか。作者の筆で見せてほしい。
  個々の作品で見ると、心理面に深く突っ込むようになった分、謎解きとしての味わいが逆に薄くなった気がする。どの作品も”意外な真相”は用意されているんだけれどね。物事にある表と裏をうまく使っているとは思うのだが、ミステリとしてはちょっと物足りない。『少女は夜を綴らない』収録の「スケーターズ・ワルツ」のような傑作が、本短編集にないのが残念だ。「太陽は引き裂かれて」は川口市クルド人問題をモチーフとしているだろうが、このシリーズではあまり読みたくなかったかな。みどりという人物への焦点が薄れてしまっている。どれか一つを選ぶとしたならば「時の子」か。色々な意味でこの父親、よく子供を作ったな。人の心理とはやはり不思議だ。
 さて、次の短編集はあるのだろうか。作者に聞いてみたい。