平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

ローレンス・ブロック『エイレングラフ弁護士の事件簿』(文春文庫)

 ミステリ史上最高で最凶、絶対負けない弁護士エレイングラフ。法外な報酬でどんな被告人も必ず無罪にしてみせる。そう、たとえ真犯人でも……。エラリイ・クイーンが太鼓判を押した第1作から、38年二わたってじっくり書き継がれた12編を全収録。黒い笑いとキレキレの逆転が絶妙にブレンドされた珠玉の短編集。(粗筋紹介より引用)。
 1994年、8篇をまとめた豪華限定本を刊行。2014年、新たに書かれた4編を追加して刊行。2024年9月、文春文庫より邦訳刊行。豪華限定本に刑されたエドワード・D・ホックの序文も、あとがきに掲載されている。

 元婚約者を殺害して逮捕された息子の無罪を勝ち取ってほしいと依頼する母親。「エイレングラフの弁護」(1976年)。
 妻殺しで逮捕された男は、エレイングラフに弁護を依頼する。しかし男は言う。「わたしが妻を殺した」と。「エレイングラフの推定」(1978年)。
 五万ドル借りていた高利貸しを射殺した起訴された男の弁護を請け負ったエレイングラフは、ウィリアム・ブレイク『天国と地獄の結婚』の一節、「切られた虫は鋤を許す」という言葉の意味を考えておくようにと告げた。「エレイングラフの経験」(1978年)。
 酒を飲んで口論となった妻を殺した男の弁護を請け負ったエレイングラフ。いつもと違うのは、被告人が生活困窮者であること。「エレイングラフの選任」(1978年)。
 依頼人は、自分が殺人の罪に問われたら弁護を頼みたいと告げた。殺されるかもしれないのは、車椅子に乗っている男だった。「エレイングラフの反撃」(1978年)。
 元同棲相手を殺害したとして起訴された若い男の弁護を、無報酬で引き受けるエレイングラフ。若い男は貧乏詩人だった。「エレイングラフの義務」(1979年)。
 結婚を迫っていたプレイボーイを銃殺したとして逮捕された46歳の裕福な女性。しかも目撃者がいた。「エレイングラフの代案」(1982年)。
 妻を毒殺したと疑われている会社社長が、エレイングラフの事務所を訪れた。社長には若い愛人がおり、子供もできていた。「エレイングラフの毒薬」(1984年)。
 財産のために母親を殺したとして逮捕された若者男性に、エレイングラフは自分が善人であることをノートに書き続けるようアドバイスする。「エレイングラフの肯定」(1997年)。
 アメフトのプロ選手である男は、妻を殺した容疑で起訴された。しかも過去に二度、恋人と妻を殺した容疑で起訴されるも、いずれも無罪判決が出ていた。「エレイングラフの反転」(2002年)。
 エレイングラフはいつもと逆に、依頼主の豪邸を訪ねていた。依頼主は自警団の男を殺害したが、正当防衛を主張していた。別の犯人が捕まったが、依頼主は報酬を1/10しか払わなかった。「エレイングラフの決着」(2012年)。
 若い女性は一家三人を射殺したとして逮捕された。女性は拳銃を持っていたことは覚えているも、撃った記憶がないという。「エレイングラフと悪魔の舞踏」(2014年)。

 弁護料は法外だが、有罪になったら一銭も支払う必要はなし。そして依頼人は必ず無罪になる。いや、裁判にすらならず、釈放される。小柄な弁護士、マーティン・エレイングラフの活躍12編をまとめた短編集。一、二編を読んだ記憶があるが、内容はほとんど覚えていない。
 第1作「エイレングラフの弁護」を読んだ時は震えた。これは傑作だと。そしてあまりにも恐ろしくて。ブラックユーモアの神髄ともいえるような作品だった。問題は、似たような傾向の作品ばかりであること。多分雑誌で読む分には面白いのだろう。ところが短編集としてまとめて読んでしまうと、さすがに飽きが来てしまう。名手ブロックでも、ワンパターンからは逃れられなかったのか。もちろん達者だし、一つ一つ違いを出そうと工夫はしているので、十分に読めるのだが。
 どちらかと言えば金や身の回りに執着していたエレイングラフが、最後の方で女性に興味を持つようになるというのは、マンネリを防ぐためだったとは思うが、肩透かしにあった気分。超越した存在が、俗っぽくなったというか。
 名手による匠の技を十分に味わうことができる短編集。だいたい、法廷シーンのない弁護士ものというだけで大したものだ。ただ、できれば間を置きながら、一編ずつ読んだ方がよい気がする。それと、藤子不二雄Ⓐのブラックユーモア物が好きな人にはお薦めします。

逸木裕『五つの季節に探偵は』(角川文庫)

 探偵の父を持つ高校2年生のみどりは、同級生から頼まれて先生を尾行し始める。爽やかな教師が隠していた“本性”を垣間見たみどりは、人間の裏側を暴く興奮にのめり込んでいく(「イミテーション・ガールズ」)。誰を傷つけることになっても謎を解かずにはいられない探偵・みどりが迫る、5つの嘘と真実。第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞作を含む、珠玉のミステリ連作短編集。
 『小説 野性時代』掲載。2022年1月、KADOKAWAより単行本刊行。加筆修正の上、2024年8月、文庫化。

 探偵事務所サカキ・エージェンシーを経営する父を持つ高校二年生の榊原みどりは、クラスメートの本岡怜が学年のボスである松岡好美に虐められているのを助けたことが縁で、担任である英語の清田先生の弱みを握ってほしいと頼まれる。尾行していたら、ラブホテルに入っていった清田。その後、同じラブホテルに入っていったのは好美だった。「イミテーション・ガールズ ―― 2002年 春」。
 京都大学文学部に通うみどりは、東京出資で薬学部に通う友人の松浦保奈美から相談を受ける。通っている香道教室で見せていた龍涎香を盗まれた。保奈美は、犯人が元調香師である君島君乃先生と疑い、探ってほしいと依頼する。「龍の残り香 ―― 2007年 夏」。
 1年半前に大学を卒業してサカキ・エージェンシーに入社したみどりはこの三か月、埼玉県警を早期退職した同期入社の奥野力とパートナーを組んでいる。今日、飛び込みできた依頼主の笠井満は、去年一か月ほど同棲していた赤田真美からストーカー行為を受けているので、証拠をつかんでほしいと訴えた。みどりがとりあえず調査を始めるも、そのような形跡はまったく見られなかった。「解錠の音が ―― 2009年 秋」。
 軽井沢での調査を終えたみどりは、そのまま休暇を取ろうと思い立つ。ピアノの音に惹かれて入ったドイツ料理のレストランでは、40代くらいの女性が演奏していた。演奏の終ったピアニスト、土屋尚子は開いていたみどりの前の席に座って食事を始める。特に『スケーターズ・ワルツ』を褒めたみどりに尚子は、20年前のドイツの地方都市での、ひとりの若い指揮者とその恋人の話を語る。「スケーターズ・ワルツ ―― 2012年 冬」。
 高校時代は砲丸投げの選手だった須見要は、鳶工として三年働いていた会社を辞めて一年前にサカキ・エージェンシーに入社した。女性探偵課の課長である森田みどりと初めてコンビを組む依頼は、二か月前にリベンジポルノの被害を受けた妹のために、写真をばらまいた当時の彼氏を探してほしいというものだった。「ゴーストの雫 ―― 2018年 春」。

 主人公は榊原みどり、結婚後は森田姓。「イミテーション・ガールズ ―― 2002年 春」でみどりは、子供のころから熱中を知らない自分をこう評価する。

 わたしの人生は〈常温の水道水〉という感じだ。運動も勉強もそれなりに好きで、それなりに得意。好奇心もあるほうだし、友達もそこそこいて、家族関係も良好。成績表はほとんどが五段階の四で、特別に得意な科目も、格段に苦手な科目もない。口当たりがよく、温度もちょうどよく、それなりにミネラルも入っていて、まあまあ美味しい水道水。

 しかしみどりは、「イミテーション・ガールズ ―― 2002年 春」で、人の本性と裏側を暴く快感に目覚め、探偵の道を目指していく。
 そういうバックボーンがあることを知って読むのと、知らないで読むのでは、榊原みどりという人物の印象は変わってくるし、作品の評価も変わってくるのではないか。そういう印象を受けた。特に「ゴーストの雫 ―― 2018年 春」は他4作と異なる須美要視点であり、さらに結婚・出産後ということもあってか、みどりの印象がまた少し変化している。そういう榊原みどりの物語として読むべきシリーズなのだろうと思う。
 そういうシリーズものとしての印象は別にして、個々の短編も悪くない。特に協会賞を受賞した「スケーターズ・ワルツ」は見事。終着点までの展開が素晴らしい。「解錠の音が」もストーカーから予想外の方向に話が広がり、出だしの話と結びつく構成はうまい。
 いずれの話にも、人の表と裏が存在する。表と裏が交錯するところに謎が存在する。そんな謎を、丁寧に追いかけることで解き明かすみどり。元々次作『彼女が探偵でなければ』が面白そうだったので、まずはこちらから読んでみようと思った次第なのだが、読んで正解だった。年間ベストに選ぶほど派手で特出しているわけではないが、目が離せないシリーズがここにある。

有栖川有栖『濱地健三郎の霊なる事件簿』(角川書店)

 心霊探偵・濱地健三郎には鋭い推理力と幽霊を視る能力がある。新宿に構える事務所には、奇妙な現象に悩まされる依頼人だけでなく、警視庁捜査一課の辣腕刑事も秘密裏に足を運ぶ。ホラー作家のもとを夜ごと訪れる。見知らぬ女の幽霊の目的とは!? お化け屋敷と噂される邸宅に秘められた忌まわしい記憶とは!? ある事件の加害者が同じ時刻に違う場所に居られたのは、トリックなのか、生霊の仕業なのか? リアルと幻惑が絡み合う不可思議な事件にダンディな心霊探偵が立ち向かう。端正なミステリーと怪異の融合が絶妙な7篇(帯より引用)
 『幽』vol.21~27(2014年7月~2017年6月)連載。2017年7月、角川書店より単行本刊行。

 新宿にある濱地探偵事務所を訪れた宮戸多歌子は、「心霊探偵」と書かれた名刺を渡してくれた濱地健三郎と助手の志摩ユリエに相談する。夫で通俗ホラー作家のペンネーム倉木宴こと宮戸貢司が、この6週間ほどで急激に食欲がなくなり、酒が増え、体重が激減した。10日前、貢司がうなされているので目を覚ますと、貢司の脇に泥で汚れ右側頭部に傷のある女の幽霊が立っていた。貢司を起こすも、本人は夢でも見たのだろうと取り合わない。貢司には浮気癖があるが、そんな女には覚えがないようだった。濱地とユリエは、ユリエが書いた似顔絵を基に、幽霊の謎を追う。「見知らぬ女」。
 1月、フリーライターの駒井鈴奈の家が全焼し、連絡が取れなくなった。2か月後、東京湾で引き揚げられたトランクから、鈴奈の首無し死体が発見された。3週間経つが、犯人の目星がついていない。娘が夢に出てきたという鈴奈の父親からの依頼を受けた濱地は、協力者である捜査一課の赤波江聡一部長刑事より事件の概要を聞き、女優の息子で男性関係があった可能性がある熊取寿豊を調べ始める。「黒々とした孔」。
 小さな町の外れに住む久米川素子は、50mほど隣にある画家夫婦が住んでいた空き家に、半年前から足を踏み入れた何人かが原因不明の高熱を出しており、10日前には遊びに来た弟がその家を訪ねて寝込んでしまった。1日足らずで回復したが何も覚えておらず、ただあの家の前は通るなと釘をさす。気味が悪くなった素子は、濱地に依頼した。画家夫婦の妻は1年前に女性モデルと失踪し、半年前に精神状態が悪化した夫は半年前に首吊り自殺したという。「気味の悪い家」。
 ユリエと付き合っている大学時代の後輩・進藤叡二の友人、茂里幹也は、付き合っている兼井未那と新潟へ泊りがけの海水浴に出かけた帰りの運転する車の中で、彼女に急に不快な気持ちを抱くようになり、会うどころか連絡すらほとんど取れなくなった。幹也に相談された時に黒い霧がまとわりついているのを見てしまったユリエは、濱地に相談する。「あの日を境に」。
 世田谷区のマンションで、一人暮らしの山津儀秋が絞殺された。有力容疑者は山津の友人で、半年前からスナックの女性を取り合っていた須崎藤次。須崎は失職しており、さらに山津から百万円を借りていた。しかも事件の時刻、マンションから出てきた須崎と接触したという目撃者まで居た。本ボシだと思ったら、須崎には犯行時刻に顔見知りの女性と会っており、さらにその後は近くの喫茶店にいたアリバイがあった。赤波江はもしかしたらドッペルゲンガーではないかと濱地に相談する。「分身とアリバイ」。
 北国の霧氷館と名付けられた屋敷に住む夫婦の息子が、3か月ほど前から家を怖がるようになったという。小さいころから住んでいたのに、なぜ今頃になってそんな風になったのか。依頼された濱地が、霧氷館を訪れる。「霧氷館の亡霊」。
 出張からの帰り道、三年前に手がけた案件がどうなったか見に行きたくなり、ある山奥の過疎集落へ寄り道をする濱地とユリエ。列車で移動中、途中の駅から乗ってきたのは、その三年前の関係者である老人だった。「不安な寄り道」。


 霊が見えるホラー短編だが、グロテスクな描写があるわけでもなく、すいすい読むことができる。本格ミステリの味を強めたり弱めたり、そしてホラーの味を強めたり弱めたりと、様々なブレンドによって一種独特の雰囲気がある短編集に仕上がっている。
 ホラーテイストの作品集なので、有栖川有栖本格ミステリが好きな人にとっては物足りなさが残るかもしれない。また、幽霊との霊能力対決があるわけでもないので、そういう方面を楽しみにしていた人にとっても物足りなさは残るだろう。ただ、どことなくライトタッチで読後感もよいので、気軽に時間をつぶすにはお手軽な短編集ではある。
 この後、2冊シリーズ短編集が出ているとのことだが、それほど読みたいとまでは思わないかな。手元にあったら読むけれど、程度の評価ではある。

霜月流『遊廓島心中譚』(講談社)

 幕末日本。幼いころから綺麗な石にしか興味のない町娘・伊佐のもとへ、父・繁蔵の訃報が伝えられた。さらに真面目一筋だった木挽(こび)き職人の父の遺骸には、横浜・港崎(みよざき)遊郭(通称:遊郭島)の遊女屋・岩亀楼と、そこの遊女と思しき「潮騒」という名の書かれた鑑札が添えられ、挙げ句、父には攘夷派の強盗に与した上に町娘を殺した容疑がかけられていた。伊佐は父の無実と死の真相を確かめるべく、かつての父の弟子・幸正の斡旋で、外国人の妾となって遊郭島に乗り込む。そこで出会ったのは、「遊女殺し」の異名を持つ英国海軍の将校・メイソン。初めはメイソンを恐れていた伊佐だったが、彼の宝石のように美しい目と実直な人柄に惹かれていく。伊佐はメイソンの力を借りながら、次第に事件の真相に近づいていくが……。(帯より引用)  2024年、第70回江戸川乱歩賞受賞作。応募時筆名東座莉一。加筆修正のうえ、2024年10月、講談社より単行本刊行。

 作者の霜月流は東座莉一名義にて、『5分で読める驚愕のラストの物語』(集英社 JUMP j BOOKS,2021)に掌編「表裏一体」で参加。本作が長編デビュー作。
 さらに同時受賞の『フェイク・マッスル』の選評でも書かれていたが、「4時間半の選考会で最も激論となった」とあるので、半分期待、半分不安な気持ちで刊行を待っていた。
 醤油問屋の長男と祝言を挙げる前日、好いた棒手振(ぼてふ)りの男と心中するはずだった姉はその男に殺された。それ以来、鏡は女易者となり、「男女の絆のまことの姿」を確かめたくて「心中箱」を売っていた。万延元年(1860年)、鏡は役人からの綿洋娘(らしゃめん)(外国人の妾)となって異人の情報を引き出す間者となってほしいという依頼を受ける。
 文久三年(1863年)五月十一日、伊佐は父の死を知る。伊佐は父の無実と真相を確かめるために、遊郭島に乗り込む。
 物語は主に伊佐の視点で進み、所々で鏡の視点による物語が挟まれる。帯に「幕末×島×密室×愛」「孤島と化した遊郭で、国境を越えた愛と死の謎を解け!」とあるが、橋が落とされて行き来ができなくなったとはいえ孤島要素があるわけでもないし、密室については物語の中ですら重要視されていない。遊郭島にほぼ単身で乗り込んだ伊佐が事件を追うに連れて巻き込まれるサスペンスと、伊佐とメイソンが心を少しずつ通わせる愛が中心の展開なのに、最後の方でいきなり伊佐が関係者を集めて謎解きを始めるから驚いた。さすがに急展開過ぎる。フーダニットの方は登場人物が少ないから驚きはないし、ハウダニットの方も大した謎があるわけではない。問題はフワイダニット、なぜの部分である。
 いくらなんでも、この動機は説得力がなさすぎる。東野圭吾の「登場人物たちの心理に納得できないことが多い」、真保裕一の「少なくとも女性たちの覚悟と決意の描写がなければ、この物語は成立しない」との評が的確過ぎる。他の人も疑問を挙げているところがあり、推したのは貫井徳郎有栖川有栖あたりだろうか。この舞台でなければ描くことができなかった世界観であることは間違いないのだが、残念ながら作者の筆力が追い付いていない。改稿したのだろうが、それでもまだまだ足りない。
 受賞作のレベルだろうか、という疑問はある。未完成と言っていいかもしれない。帯にある「ミステリー史上最大級のスケールの衝撃作!」は、間違いなく偽りありだろう。ただ、選考委員がいったいどんな議論をしたのだろうかと気にはなる。それに、この世界観を描こうとした意欲は買ってもいいだろう。文庫化の際には、徹底的に改稿してもらいたい。この設定は確かに勿体ない。

犯罪の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
無期懲役判決リスト 2024年度」に1件追加。「各地裁別最新死刑・無期懲役判決」を更新。

色々忙しくて全然更新できていませんでした(選挙運動期間と重なるな、と今気付いた。当然違いますが)。

タブレットではなかなか更新できないです。とはいえ、会社PCと自分PCを持ち歩くのはさすがにしんどい。

新幹線に何度も乗っていましたが、昔と違って全然本が読めませんね。なんのために持っていったんだ、という状況。

ジェフリー・ディーヴァー『魔術師』(文春文庫)

 ニューヨークの音楽学校で殺人事件が発生、犯人は人質を取ってホールに立てこもる。警官隊が出入り口を封鎖するなか、ホールから銃声が。しかしドアを破って踏み込むと、犯人も人質も消えていた……。ライムとアメリアは犯人にマジックの修業経験があることを察知して、イリュージョニスト見習いの女性に協力を要請する。(上巻粗筋紹介より引用)
 超一流イリュージョニストの“魔術師”は、早変わり、脱出劇などの手法を駆使して、次々と恐ろしい殺人を重ねていくライムたちは、ついに犯人の本名を突き止めるが、ショーの新たな演目はすでに幕を開けていた――。「これまでの作品のなかで最高の“どんでん返し度”を誇る」と著者が豪語する、傑作ミステリ!(下巻粗筋紹介より引用)
 2003年発表。リンカーン・ライムシリーズ第5作。2004年10月、文藝春秋より邦訳単行本刊行。2008年10月、文庫化。

 リンカーン・ライムシリーズ第5作目は、イリュージョンを駆使する魔術師との対峙。うーん、面白いと言えば面白いけれど、ライムやアメリアより、イリュージョニスト見習いのカーラの印象が強いかな。
 嫌な言い方をすれば、イリュージョンを使えば裏をかくことが簡単じゃないか、って思ってしまう。だから、事件そのものの驚きはほんとどないし、カーラによるイリュージョンのトリック解明もそれなりに楽しくは読めるが、そこ止まり。イリュージョンを使う以上のサプライズが欲しかったね。ライムの家に“魔術師”が現れるところなんかは見せ場なんだろうが、なぜか乗り切れなかった。シリーズとして続く以上、ライムが死の危険にさらされるとは思えないところが、シリーズものの弊害だと思う。
 最後のドンデン返しは、あまりにも多すぎて胃もたれしてしまうほど。読んで満足したのはカーラの成長、そこだけ。読んでいる途中は面白いけれど、もう一つ満足できないまま、読み終わってしまった。