平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

香納諒一『心に雹の降りしきる』(双葉文庫)

 七年前に行方不明となった少女の遺留品が発見された。生存が絶望視される中で、少女の父親、井狩治夫の執念が実った格好だ。だが、井狩の自宅に呼び出された県警捜査一課の都筑は、情報をもたらした興信所調査員、梅崎を紹介された瞬間、確信する。ガセだ。報奨金目当てだ。つまり、こいつは自分と同類だ、と。都筑はかつて似たような手口で井狩から報奨金を騙しとった過去があった。やむを得ず手を結んだ二人だが、数日後、梅崎が死体で発見される。いったい梅崎はなにを掴んでいたのか? 都筑はその死までの足取りを追うが……。「このミステリーがすごい!」ランクインの傑作警察小説。(粗筋紹介より引用)
 2011年9月、双葉社より単行本刊行。2014年5月、文庫化。

 主人公の都筑寅太郎は県警捜査一課の刑事だが、妻には逃げられ、酒と女に荒れた時期もあるさぼり常習犯。まともに会話をしてくれるのは係長の小池だけ。一匹狼と言えば聞こえはいいが、誰にも相手にされないだけという方が正しい不良刑事である。
 主人公が刑事だから警察小説と言えるだろうが、でかい事件の割に動いているのがこの都筑しかいないのか、というぐらい他の刑事が出て来ない。そして都筑の前にばかり、手掛かりや関係者が舞い込んでくる。都筑が一人で悩んで、後悔して、苦しんで……。実は優しい人間だったのだが、という展開もとって付けたよう。刑事というよりは、私立探偵にした方がよかったと思える主人公像である。
 しかも事件がこれでもかとばかりに続けて起きるし、糸が複雑に絡んでいる。もっと警察が組織で動けよ、と言いたくなってくる。そうすれば、もっと事件は早く解決したのではないだろうか。本編は小池がちょっとサポートして、後は都築が一人で何とかしてしまうも、不幸の連鎖が続き、事件は終結。読んでいて、とんでもなくまどろっこしい。話の重さが、ページをめくらせるのをためらわせる重さになっている。
 ここまで何でもかんでも詰めなくてもよかったのに、と思ってしまった一冊。悩みの質と事件の量が比例していない。

スコット・トゥロー『囮弁護士』上下(文春文庫)

 ある日、連邦検事の訪問をうけた弁護士ロビー・フェヴァーは、脱税と判事への贈賄を指摘され、罪の軽減を条件に取引を持ちかけられる。家族を抱えるロビーに選択の余地はない。かくして法曹界の大規模贈収賄事件を摘発するべく、連邦検察局とFBIの囮作戦が始まった!「推定無罪」を凌ぐと絶賛されたリーガル・スリラーの傑作。(上巻粗筋紹介より引用)
 でっちあげの事件を法廷に持ち込み、贈収賄の現場を最新鋭の機器で盗聴・盗撮するという捜査が、大胆かつ用意周到に進められていく。囮となったロビー、弁護士補助職員として事務所に送り込まれたFBI女性捜査官イーヴォンの心の葛藤を描きつつ、緊迫した人間ドラマは予断を許さぬ結末へと一気に突き進む――。(下巻粗筋紹介より引用)
 1999年、発表。作者の第五長編。「タイム」誌が選ぶ1999年度ベスト・ブックス第1位。2000年9月、邦訳単行本刊行。2004年11月、文庫化。

 うーん、凄く読みにくい。特に上巻。ロビーの弁護士であるジョージ・メイソンが語り手となっているのだが、説明が回りくどい。テンポが悪い。話が全然頭に入っていかない。
 下巻になってようやく楽しめるようにはなってきたが、囮捜査を主体としたリーガル・サスペンスというよりも、ロビーとイーヴォンの関係を巡る人間ドラマという要素が強い。スコット・トゥローって、もう少し娯楽部分があったと思っていたんだけどなあ。
 ということで、退屈でした。悪い読者だな、自分。

宮部みゆき『おそろし 三島屋変調百物語事始』(角川文庫)

 17歳のおちかは、ある事件を境に、ぴたりと他人に心を閉ざした。ふさぎ込む日々を、叔父夫婦が江戸で営む袋物屋「三島屋」に身を寄せ、黙々と働くことでやり過ごしている。ある日、叔父の伊兵衛はおちかに、これから訪ねてくるという客の応対を任せると告げ、出かけてしまう。客と会ったおちかは、次第にその話に引き込まれていき、いつしか次々に訪れる客のふしぎ話は、おちかの心を溶かし始める。三島屋百物語、ここに開幕。(粗筋紹介より引用)
 『家の光』(家の光協会)2006年1月号~2008年7月号連載。2008年7月、角川書店より単行本刊行。2010年6月、新人物往来社よりノベルス版刊行。2012年4月、角川文庫化。

 神田三島町の一角にある袋物屋の三島屋。秋口に奉公にあがったのは、主人伊兵衛の長兄の娘、十七のおちかである。長兄は川崎宿で名の知られた大きな旅籠の主人である。番頭の八十助や女中頭のおしまはなぜおちかが奉公に来たのかは知らない。知っているのは伊兵衛と内儀のお民だけである。おちかは三島屋から外へ出ず、日々は女中仕事に忙しく過ごしていた。
 ある日、急の仕事が入った伊兵衛の代わりに、囲碁好きな伊兵衛の相手としてやってきた客の応対をすることになったおちか。黒白の間で客は、庭に咲いていた曼殊沙華を見て卒倒しそうになった。介抱の末落ち着いた客の松田屋藤兵衛はおちかに、昔話を始める。藤兵衛は建具商の店を構える前は藤吉と名乗っていた。十三歳上の長兄吉蔵は腕のいい建具職人であったが、普請場で大工と喧嘩になり殺してしまい、八丈島に送られた。「第一話 曼殊沙華」。
 伊兵衛はおちかに、五日に一日の割合で来る客の話を聞くように命じる。今日訪れた美しい女性たかが子供のころ、錠前直しの父辰二郎がある屋敷の番頭に、屋敷に一年間家族で住んだら百両を渡すと持ち掛けられた話を始めた。「第二話 凶宅」。
 おちかは黒白の間でおしまに、胸に秘めていた過去のことを話し始めた。なぜ三島屋に来ることになったのか。それは川崎宿の旅籠、丸仙であった、自らの結婚話に絡む悲劇の事件であった。「第三話 邪恋」。
 黒白の間に来た三人目の客は、おしまが十五年前に奉公していた仕立屋石倉屋の娘、お福であった。お福にはお彩という七つ上の姉と、年子の兄市太郎がいた。お彩は体が弱いため、三つの時に大磯の知り合いの家に預けられた。丈夫になったお彩は十七の時、石倉屋に帰ってきた。「第四話 魔境」。
 兄、喜一がおちかに会うために三島屋まで来た。喜一はおちかに、松太郎の亡霊が現れるようになったと告げる。「第五話 家鳴り」。

 宮部みゆき流百物語のシリーズ第一巻。江戸の風景が浮かび上がる描写はさすがと思わせるものであるし、情緒豊かな文体は読者を物語にゆっくりと誘ってくれる。登場人物の描き分けもうまく、各話の登場人物が要所要所で繋がる構成は見事といっていい。
 落ち着いた文章から奏でられる恐怖は、じわりじわりと読者の心に染みていく。やっぱりうまい。安心して読むことができ、決して外すことはない。