平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

芦辺拓『スチームオペラ 蒸気都市探偵譚』(創元推理文庫)

 毎朝配達される幻灯新聞(マジックランターンガゼット)が食卓に話題を提供し、港にはエーテル推進機(スクリュー)を備えた空中船(スカイシップ)が着水・停泊。歯車仕掛けの蒸気辻馬車(スチーム・ハツクニー)が街路を疾駆する――ここは蒸気を動力源とした偉大なる科学都市。女学生エマ・ハートリーは、父が船長を務める空中船《極光号》の帰還を知り、父を迎えるため港へと急いだ。船内で謎の少年ユージンと出会ったエマは、それをきっかけに彼と共に名探偵ムーリエの弟子となり、様々な不可能犯罪に遭遇する。そして最大の謎であるユージンの正体とは? 稀有の想像力が描き出す極上の空想科学探偵小説。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』連載。2012年9月、東京創元社より単行本刊行。2016年4月、文庫化。

 えっと、まずはスチームパンクというジャンルがSFにあるとは知らなかったこともあるけれど、この世界観についていくことができなかった。特に最初の方は物の名前にカタカナのフリガナがあふれかえって、非常に読みにくい。表紙を見ても、これは何のラノベなんだ、と思いながら読んでいたからかもしれないが。
 最大の謎はユージンの正体なのに、周囲の誰もがなかなかその謎に突き進もうとしないから、イライラしまくり。世界観の把握が難しいのに、こんな舞台で本格ミステリをやられてもと思うと、なにも楽しめない。最後の仕掛けなんか、どうでもいいやという感じになってしまった。しかもありがちなネタだし。
 作者には申し訳ないが、発想倒れとしか思えない。もしくは、読解力の無い私が悪いかもしれない。いや、絶対そうだ。

犯罪の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
「求刑無期懲役、判決有期懲役 2022年度」に1件追加。
「求刑無期懲役、判決有期懲役 2019年度」「求刑無期懲役、判決有期懲役 2020年度」を1月中に削除します。

久住四季『星読島に星は流れた』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 天文学者サラ・ディライト・ローウェル博士は、自分の住む孤島で毎年、天体観測の集いを開いていた。ネット上の天文フォーラムで参加者を募り、招待される客は毎年、ほぼ異なる顔ぶれになるという。それほど天文には興味はないものの、家庭訪問医の加藤盤も参加の申し込みをしたところ、凄まじい倍率をくぐり抜け招待客のひとりとなる。この天体観測の集いへの応募が毎回凄まじい倍率になるのには、ある理由があった。孤島に上陸した招待客たちのあいだに静かな緊張が走るなか、滞在三日目、ひとりが死体となって海に浮かぶ。犯人は、この六人のなかにいる――。奇蹟の島で起きた殺人事件を、俊英が満を持して描く快作長編推理!(粗筋紹介より引用)
 2015年3月、書下ろし刊行。

 

 『トリックスターズ』シリーズで本格ミステリファンの一部から注目を浴びていた作者による長編推理。なんとなく読みそびれていたが、正月休みで引っ張り出してきた。
 『トリックスターズ』に比べると、非常にスタンダードで読みやすい本格ミステリ。なぜ孤島に集まるかという設定が面白い。これは全く知らなかった。殺人事件が起きる展開は定跡通りのもので、どことなく基本に忠実、という感じがする。東京創元社に書くから、あえてそうしたという気がしなくもない。
 探偵役の加藤盤のどこがいいのだかはわからないが、お決まりのロマンスがあるところはやや軽さを感じる。35歳のオッサンという設定にしなくてもよかったと思うのだが。
 ただあまり波乱もなく、呆気なく最後まで進んでしまったのはいいのか、悪いのか。後味爽やか、で終わってしまうのはちょっと勿体なかった。

ピエール・ルメートル『わが母なるロージー』(文春文庫)

 パリで爆破事件が発生した。直後、警察に出頭した青年は、爆弾はあと6つ仕掛けられていると告げ、金を要求する。カミーユ・ヴェルーヴェン警部は、青年の真の狙いは他にあるとにらむが……。『その女アレックス』のカミーユ警部が一度だけの帰還を果たす。残酷にして意外、壮絶にして美しき終幕まで一気読み必至。(粗筋紹介より引用)
 2012年、"Les Grands Moyens"のタイトルで発表。2014年、改題して再刊。2019年9月、邦訳刊行。

 

 パリ警視庁犯罪捜査部のカミーユ警部が主人公の中編。作品が書かれた経緯は、作者による序文に詳しい。発表されたのはシリーズ2作目である『その女アレックス』の直後であり、作品中の時系列も同様。粗筋紹介にある「一度だけの帰還」というのは、単に日本での翻訳が遅れただけに過ぎない。
 残された6つの爆弾の在り場所を探すタイムリミットサスペンスであると同時に、犯人である青年の真の狙いを推理する心理闘争が同時展開するため、ページをめくる手が止まらない。シリーズの主要メンバーは登場するし、短いながらもそれぞれの魅力も出ている。よくできている中編といえる。
 はっきり言って、もう少しページを足して、長編にしてほしかったぐらいの作品。犯人であるジャン・ガルニエと、母親のロージー・ガルニエの関係は、もう少し深掘りしてほしかった。
 この作者の作品はカミーユ警部シリーズしか読んだことがないのだが、他も読んでみようと思わせる一冊だった。

長岡弘樹『教場0 刑事指導官・風間公親』(小学館文庫)

 T県警が誇る「風間教場」は、キャリアの浅い刑事が突然送り込まれる育成システム。捜査一課強行犯係の現役刑事・風間公親と事件現場をともにする、マンツーマンのスパルタ指導が待っている。三か月間みっちり学んだ卒業生は例外なくエース級の刑事として活躍しているが、落第すれば交番勤務に逆戻り。風間からのプレッシャーに耐えながら捜査にあたる新米刑事と、完全犯罪を目論む狡猾な犯罪者たちとのスリリングな攻防戦の行方は!? テレビドラマ化も話題の「教場」シリーズ、警察学校の鬼教官誕生の秘密に迫る第三弾。(粗筋紹介より引用)
 『STORY BOX』2014~2017年に随時掲載。2017年9月、小学館より単行本刊行。2017年9月、文庫化。

 

 タクシー会社の御曹司との結婚が決まった日中弓。2年関係を持っていた芦沢健太郎に別れ話を持ち出すも、裸の写真をばらまくと脅され、タクシー車内で殺してしまう。「第一話 仮面の軌跡」。
 画家で画廊を営む向坂善紀は四年前に離婚した。高校二年の息子匠吾は画の才能があるが、元妻の再婚相手で歯医者の苅部達郎は、それを許さなかった。「第二話 三枚の画廊の絵」。
 夫が遺した建設会社を経営する佐柄美幸の息子である小学三年生の研人は、いじめで不登校となっている。しかし担任である諸田伸枝は、頑なに認めようとしなかった。「第三話 ブロンズの墓穴」。
 IT関係の仕事をしている佐久田肇は、隣に住む劇団女優の筧麻由佳に惹かれていた。休みの日、焦る麻由佳に助けを求められて部屋に入ると、劇団の俳優元木伊知朗が首吊り自殺をしようとしていた。止めようとしたが、元木は椅子を蹴飛ばした。「第四話 第四の終章」。
 デザイナーの仁谷継秀は、認知症になった二十歳年上の妻・清香の介護で疲れ果てていた。さらに仁谷には、別の恋人がいた。仁谷が外出中、清香はガス中毒で亡くなった。「第五話 指輪のレクイエム」。
 国立T大学法医学教室の教授である椎垣久仁臣は、司法解剖中のミスで助教宇部祥宏に青酸ガス中毒による大けがを負わせてしまった。この事故が公になると、次期医学学長の就任予定が流れてしまう。「第六話 毒のある骸」。

 

 『教場』『教場2』の主人公、風間公親の前日譚。各話タイトルは、『刑事コロンボ』のエピソード名のもじりとのこと。倒叙ミステリの連作短編集だが、風間に教えを受けている若手たちが事件解決に挑むという形がちょっと新しい。風間がすべてを知っているようだが口を出してもヒント止まりで、あくまで若手刑事にまかせて解決しようとする。
 風間というキャラクターあっての作品集であり、しかも話があっさりめ。若手刑事たちからの風間の印象をそれぞれ語らせているというところからも、ドラマ化前提の作品集のような気がしなくもない。風間ファンならこれでいいのかもしれないが、そうでない人には物足りないだろう。