平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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阿津川辰海『紅蓮館の殺人』(講談社タイガ)

 山中に隠棲した文豪に会うため、高校の合宿をぬけ出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。救助を待つうち、館に住むつばさと仲良くなる。だが翌朝、吊り天井で圧死した彼女が発見された。これは事故か、殺人か。葛城は真相を推理しようとするが、住人と他の避難者は脱出を優先するべきだと語り――。タイムリミットは35時間。生存と真実、選ぶべきはどっちだ。(粗筋紹介より引用)
 2019年9月、書下ろし刊行。

 

 『蒼海館の殺人』にがっかりしたのではあるが、前作を読んでいないのもどうかと思い、手に取ってみる。どうせ次作も出るだろうし。
 推理作家が作ったとはいえ、仕掛けだらけの館という時点でげんなりしてしまう。テーマパークみたいなところであればそれもありだろうが、普通の人が住むのにそんなものいらないわ、と思ってしまう時点で作品にまったく没頭できていない。はっきり言って、読みづらい。だから全然頭に入ってこない。説得力がない時点でかなりのマイナスポイントなのだが、ページはまだまだあるのでそこをスルーするしかない。
 一応事件は起きるのだが、山火事が迫っていてそれどころではない。なのに「名探偵」の葛城輝義は、かつて名探偵だった飛鳥井光流と推理合戦を繰り広げる。いや、仲間に事件の犯人がいるかも知れないというのは不気味だから推理することもわからないではないのだが、切迫感がないのも事実。何を悠長に、としか思わせない文章とストーリー展開は問題だろう。そもそもどこが「名探偵」なのかさっぱりわからない二人なのだが。これまた説得力がない。
 つばさが亡くなった事件の真相自体も退屈だが、その背後にあるものを暴き立てていく展開になってようやく盛り上がりを見せる。長いわ、ここまで来るのが。とはいえ、これも説得力はゼロ。なんだ、このあざとする偶然は。悪いけれど、バカバカしすぎる設定である。それに誰の会話かわかりづらいというのも問題。頭に入ってこないわ、何もかもが。
 そしてエンディングでまたつまらなくなる。いやいや、あんたたち、クイーンぐらい読んでいるだろうと言いたくなる。いまさらそんなことで悩むなよ。その程度の覚悟もなくて、名探偵なんて気取るなよ。
 本格ミステリを面白くするための道具立てを、文章とストーリーですべて台無しにしている。自分の好きな道具立てを無理矢理くっつけた不自然さが、小説全体を覆っている。正直言って、つまらない。もし出版当時に読んでいたら、今後他の作品を手に取らなかったかもしれない。それぐらいがっかり。

ロビン・クック『コーマ―昏睡―』(ハヤカワ文庫 NV)

 現代医学の粋を結集したボストン記念病院。その八号手術室に原因不明の事故が続発していた。簡単な手術の患者が昏睡状態に陥り、植物人間と化していく。事件に疑問を抱いた医学生スーザンは、病院側の圧力を受けつつも調査を開始する。だが、その時から何者かに脅迫され、命を狙われ始めた。敢然と追及を続けるスーザンが見出した衝撃の真相とは? 医学界の不気味な深淵に鋭くメスを入れる、戦慄の傑作医学サスペンス。
 1977年、アメリカで発表。1978年3月、早川書房より単行本刊行。1983年7月、文庫化。

 

 アメリカで空前のベストセラーになり、映画化もされた作品。
 訳者からのまえがきにもある通り医学用語が山ほど出てきて、内容を理解するのに最初は一苦労。それを過ぎれば、何とかなる。
 40年以上も前の作品ということもあってか、内容は古臭い。「衝撃の真相」も、今の読者だったらほぼ予想がつくだろう。まあ作者に先見の明があるといってしまえばそれまでだが。
 内容は盛りだくさんなのだが、スーザンが来てから終わるまでわずか4日間の出来事。いくらなんでも、無理じゃない? まあ、スーザンの活躍を楽しめればそれでいいのかもしれない。
 ということで、今読むには非常にきつい作品。それ以上、言うことがないや。

小川哲『地図と拳』(集英社)

 「君は満州という白紙の地図に、夢を書き込む」。日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し、海を渡った須野……。奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。「燃える土」をめぐり、殺戮の半世紀を生きる。(帯より引用)
 『小説すばる』2018年10月号~2021年11月号連載。大幅な加筆・修正のうえ、2022年6月、集英社より単行本刊行。同年、第13回山田風太郎賞受賞。

 

 山田風太郎賞を受賞して気になっていたところ、珍しく立ち寄った本屋で帯を見て即座に購入。最近はネット通販が主だったので、表紙に惚れたのは久しぶりである。
 日清戦争が終わり、満州の権益をめぐってロシアとの対立が深まりつつあった1899年から物語は始まる。主な登場人物は以下。元通訳で後に南満州鉄道株式会社の実力者となり、軍と衝突して退社後は戦争構造学研究所を設立する細川。その細川を通訳にしてロシアの動向を探っていた密偵で、後に日露戦争に出征する高木。ロシアの鉄道網拡大のために北満州の地図を作りに派遣された測量士たちに同行し、満州へ布教しに来た宣教師のイヴァン・ミハイロヴィッチ・クラスニコフ。奉天の東にある荒野の“李家鎮”を収めている、李白の子孫と自称する李大綱。叔父に騙されて家族で李家鎮に移住し、後に李大綱が作った「神拳会」に入会し、不思議な能力を身に付けた後は李大綱の後釜を継ぐ楊日綱こと孫悟空東京帝国大学で気象学を研究中に満鉄から依頼され、地図に描かれている青龍島が存在するかどうかを調査するうちに細川の部下となり、満州へ渡る須野。その息子で、温度や湿度、風速などを誤差なく言い当てられ、帝国大学卒業後に満州へ渡る須野明男。孫悟空の末娘ながら父親を憎み、後に抗日運動に参加する孫丞琳。明男の大学の一年先輩で、共産党の末端組織に参加するも逮捕されたところを細川に助けられて満州にわたり、研究所に入る石本。憲兵中佐の安井。当然ほかにも様々な人物が登場し、1955年に物語の幕は閉じる。
 満州を舞台とした群集歴史空想小説。序章から終章までの期間は半世紀以上。様々な人物の視点を通じて物語は進み、様々な立場と思惑と役割が時代を動かしていく。よくぞまあ、これだけのスケールがでかい作品を仕上げることができたものだと素直に脱帽。ただ読み終わってみると、いったい何を書きたかったのだろうという思いを抱いてしまう。そして結論、満州・仙桃城という幻の都市を書きたかったのだと気付く。
 あるものは満州に夢を抱き、ある者は満州に恐れを抱き、ある者は満州を憎む。戦争と侵略の表と裏、地図や建築、都市計画などが入り混じり、一つの歴史が様々な視点から描かれる。ある意味壮大な叙事詩ともいえるが、惜しむらくは読者が感情移入すべき、核となる主人公が存在しないこと。物語が拡がり過ぎて、散漫な印象を与えてしまっていることは否定できない。もちろん満州を核にするのならば、様々な立場の人物を書くしかなかったので、このような形になってしまったのは仕方がないことではあるが、それでももう少しやりようがあったのではないか。
 それと気になったのは、孫悟空という人物。詳しいことは控えるが、正直言ってこの人物はイレギュラー過ぎたと思う。はっきり言って、物語から浮いている。ここまでの異能な人物を、たいして活躍もさせずに終わらせてしまうのは少々勿体なかった。
 とまあ、不満が残る部分はあるものの、トータルで見ると壮大なスケールの傑作であることは間違いない。分厚い本だが、面白さは一気読み確実である。2022年の収穫の一つと言えるだろう。拳によって地図を書き換えようとする国家や人物が次々と現れてきている2022年の今だからこそ、読まれるべき作品である。

梓崎優『リバーサイド・チルドレン』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 カンボジアの地を彷徨う日本人少年は、現地のストリートチルドレンに拾われた。「迷惑はな、かけるものなんだよ」過酷な環境下でも、そこには仲間がいて、笑いがあり、信頼があった。しかし、あまりにもささやかな安息は、ある朝突然破られる――。彼らを襲う、動機不明の連続殺人。少年が苦難の果てに辿り着いた、胸を抉る真相とは? 激賞を浴びた『叫びと祈り』から三年、俊英がカンボジアを舞台に贈る鎮魂と再生の書。(粗筋紹介より引用)
 2013年9月、書下ろし刊行。2014年、第16回大藪春彦賞受賞。

 

 『叫びと祈り』が評判になった作者の初長編。カンボジアが舞台で、主人公はストリートチルドレンに拾われた日本人少年。警察機構などあってないような場所で、どのようなミステリを描くのだろうと気になりつつ、今頃手に取ってみる。
 実際のカンボジアを知らないから正しいかどうかわからないが、舞台はよく描けていると思う。登場するチルドレンたちもそれぞれに特徴があってわかりやすい。ゴミ山からの廃品回収や食事の確保など苦労はしているものの、子供だけの世界を築きつつ、自由に生きようというパワーも感じ取られた。当時のカンボジアの社会情勢も、巧みに取り込まれている。雨乞いの爺さんというのがどういう人物なのかよくわからなかったのだが、視点が日本人少年なんだから、どこかで説明があってもいいのにとは思った。
 ただ結末まで読んでも、連続殺人に必然性が感じ取れなかった。読んでも理解できなかった。その前に、なぜ旅人が主人公の声を聴こうとしているのか。主人公の拙い説明から論理的な推理を導く展開になるのか。それがさっぱりわからなかった。わからないことだらけで、物語に浸っているところを台無しにされた気分になった。ただの理解不足と言われれば、それまでだが。
 せっかくのこれだけの舞台と登場人物を用意しながら、なぜ謎解きの範囲に物語を狭めてしまったのだろう。折角の広大な物語を無理矢理袋に詰めてシェイクして、結末で袋を解放したら元に戻ってしまった、そんな感じを受けた。うーん、なんだったんだろう。勿体ない。