平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

米澤穂信『さよなら妖精』(創元推理文庫)

 一九九一年四月。雨宿りをする一人の少女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。遠い国からはるばるおれたちの街にやって来た少女、マーヤ。彼女と過ごす、謎に満ちた日常。そして彼女が帰国したとき、おれたちの最大の謎解きが始まる。覗き込んでくる目、カールがかった黒髪、白い首筋、『哲学的意味がありますか?』、そして紫陽花。謎を解く鍵は記憶の中に――。忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物語。著者の出世作となった清新なボーイ・ミーツ・ガール・ミステリ、ついに文庫化。(粗筋紹介より引用)
 2004年2月、東京創元社より書下ろし単行本刊行。2006年6月、文庫化。

 

 1991年4月、藤柴市にある藤柴高校3年生の守屋路行と太刀洗万智は帰り道、ユーゴスラヴィアから来た17歳の少女、マーヤに出会う。2か月間のホームステイで日本に来たが、そのホームステイ先の主人が亡くなって行き場所がなく困っていた。同級生の白河いずるの実家である旅館「きくい」で働くことになる。同級生で守屋と同じ弓道部の文原竹彦も含め、不思議の日本を勉強するマーヤ。そして7月、ユーゴスラヴィア紛争が始まった祖国へマーヤは帰る。しかしマーヤの帰った先がわからない。守屋はマーヤの元へ駆けつけるべく、マーヤの帰った国家を推理する。
 典型的なボーイ・ミーツ・ガール。ジャンル的には一応日常の謎ものだが、謎というにはちょっと違う気がする。これをミステリと言ってしまっていいのだろうか。何でもかんでもミステリにしなくてもいいじゃないか、という気もするけれど、やはり謎と論理があればミステリになるのかなという気もしてしまう。
 そんなもやもやを除けば、清冽な青春小説。いかにも高校生らしい突っ走り方が、自分の過去に思いを馳せらせる。なんとなく、すでに大人になった人たちの方に響く作品のように思える。昔は自分もこうであったとか、こうでありたかったとか、色々考えてしまうからかもしれない。
 作者が当時書きたかったのはこういう作品なんだなと思わせる長編。今の若い人には、あまり響かないかな。

犯罪の世界を漂う

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無期懲役判決リスト 2022年度」に1件追加。
 弁論の記事は全くないし、判決の記事も毎日しか見つからない。さすが、大阪。毎日にあって読売にないのは珍しい気がする。

 

 今週は仕事でドタバタしていて、全くパソコンに触ることができませんでした。

シヴォーン・ダウド『ロンドン・アイの謎』(東京創元社)

 十二歳のテッドは、いとこのサリムの希望で、巨大な観覧車ロンドン・アイにのりにでかけた。テッドと姉のカット、サリムの三人でチケット売り場の長い行列に並んでいたところ、見知らぬ男が話しかけてきて、自分のチケットを一枚ゆずってくれると言う。テッドとカットは下で待っていることにして、サリムだけが、たくさんの乗客といっしょに大きな観覧車のカプセルに乗り込んでいった。だが、一周しておりてきたカプセルに、サリムの姿はなかった。サリムは、閉ざされた場所からどうやって、なぜ消えてしまったのか? 人の気持ちを理解するのは苦手だが、事実や物事の仕組みについて考えるのは得意で、気象学の知識は専門家並み。「ほかの人とはちがう」、優秀な頭脳を持つ少年テッドが謎に挑む。カーネギー賞受賞作家の清々しい謎解き長編ミステリ!(粗筋紹介より引用)
 2007年6月、イギリスで刊行。2008年、アイルランドのビスト最優秀児童図書賞(現・KPMGアイルランド児童図書賞)受賞。2022年7月、邦訳刊行。

 

 作者のシヴォーン・ダウドは1960年、ロンドン生まれ。オクスフォード大学卒業後、国際ペンクラブに所属し、作家たちの人権擁護活動に長く携わる。2006年、"A Swift Pure Cry"でデビュー。ブランフォード・ボウズ賞とエリーシュ・ディロン賞を受賞。本作品は二作目で、作者はこの2か月後、乳癌で亡くなっている。その後、未発表のYA作品が次々に刊行され、2009年にカーネギー賞を受賞。2012年にも原案作品がカーネギー賞を受賞している。
 主人公のテッドは作中で「症候群」などと自分のことを言っているが、訳者あとがきによるとアスペルガー症候群(今では自閉スペクトラム症と呼ばれる)ではないかとのこと。たまには喧嘩もあるが、両親も姉のカットもテッドのことを愛しており、そしてテッドも彼らを愛している。
 事件の謎そのものは、観覧車ロンドン・アイに乗ったはずのいとこのサリムが消えてしまった、という単純なもの。ただ消えた謎だけでなく、どうして消えたのか、そしてどこへ行ったのかという謎が加わり、事件は混迷していく。
 テッドは謎に対する八つの仮説を挙げる。中には大人が聞いただけでバカバカしいと怒り出す物もあるが、あっという間に組み立てできるテッドの頭脳はたいしたもの。そしてなんだかんだ言いながらテッドの言葉を信用し、まずは行動に移す姉のカットも素晴らしい。時には大人との壁を感じながらも、事件に挑む二人の姿は読んでいて楽しいし清々しい。
 読み終わってみると、事件の伏線が丁寧に張られていることに気付く。テッドの推理の過程も子供らしいたどたどしさはあるものの、論理的である。本格ミステリとしての骨格はしっかりしており、主要人物に悪人がいるわけではないので、読後感は非常に良い。今年の収穫の一冊といってもいいだろう。本作の続編を、本作品の序文を書いたロビン・スティーヴンスが完成させたとのことなので、楽しみにしたい。
 ただ、大人が薦めそうなYAという気がしなくもない。嫌な言い方をすれば、いい子ちゃん過ぎる作品。まあそれは、作品の価値には何の関係もない話だけれど。

『お笑いスター誕生!!』の世界を漂う

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お笑いスター誕生!!」新規情報を追加。

ファニーズのウエストサイドストーリーネタ。あとでんでんもちょっと。

ファニーズも売れると思ったんですけれどねえ。

逸木裕『虹を待つ彼女』(角川文庫)

 2020年、研究者の工藤賢は死者を人工知能化するプロジェクトに参加する。モデルは美貌のゲームクリエイター、水科晴。晴は“ゾンビを撃ち殺す”ゲームのなかで、自らを標的にすることで自殺していた。人工知能の完成に向け調べていくうちに、工藤は彼女に共鳴し、惹かれていく。晴に“雨”という恋人がいたことを突き止めるが、何者かから調査を止めなければ殺す、という脅迫を受けて――。第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2016年、第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞。応募時タイトル『虹になるのを待て』。応募時ペンネーム木逸裕。改題、加筆のうえ、2016年9月、KADOKAWAより単行本刊行。2019年5月、文庫化。

 

 作者はフリーランスのウェブエンジニア業の傍ら、小説を執筆。本作受賞後もコンスタントに執筆し、2022年には「スケーターズ・ワルツ」で第75回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞している。
 主人公の工藤賢は京大卒。優秀すぎて、自分の実力と予想できる限界点に虚しさと退屈を覚える毎日。女性すらサプリメントと変わらない。現在はフリーランス人工知能研究家で、今は友人が経営するシステム会社モンスターブレイン社と契約している。暇つぶしに作って会社に売った囲碁ソフト「スーパーパンダ」は、すでにプロを上回っている。恋愛AIアプリ「クリフト」を共同開発し、破竹の勢いで伸びている。工藤はCTOの柳田からの提案で、死者の人工知能化というプロジェクトに参加する。モデルである水科晴は、若くして癌で余命いくばくもなかった6年前、自ら作ったゾンビを撃ち殺すというオンラインゲームで、特定のプレイヤーに黙ってドローンを実際に動かせるプログラムに切り替え、自ら標的となって自殺した。今でもカルト的な人気のある水科晴を人工知能として甦らせようとするが、調べていくうちに工藤は晴に惹かれていく。一方ネット上で調べて言ううちに晴は、HALという人物から脅迫を受ける。
 工藤の経歴を並べていくだけで腹が立ってくる(苦笑)。成功者に有りがちな経歴ではあるが。そんな三十代のおじさんによる死者へのボーイ・ミーツ・ガールではあるが、やっていることはストーカーと変わらない。ここまで粘着質に追いかけられては、周りの人も敬遠するだろう。脅迫を受けても仕方ないんじゃない、というぐらい主人公に感銘を受けなかった。「自分は他人と違う」と人を見下してばかりいるのだが失敗も多く、頭がよいけれど単に生き方が下手な人物にしか見えない。「クリフト」の問題点なんて、最初から予想できていたことだと思うし、そんなリスクも考えない開発者はいないだろう。
 それよりも周囲の人物が共感を持てるし、描き方も巧い。特に大学時代からの友人である探偵事務所のオーナーの娘、森田みどりはもっと活躍させてほしかったところだ。モンスターブレイン社の面々も面白いし、囲碁棋士の目黒隆則ももうちょっとストーリーに絡めてほしかった。主人公や重要人物より脇役の方が光ってみえるのだから、もう少し人物描写を考えてほしかった。
 一方、ストーリーの方は今一つ。展開の盛り上げ方は悪くないのだが、ミステリとしては非常に弱い。犯人の動機の点について特に弱さを感じるのは2022年に読んでいるからかもしれないが、それを抜きにしても、犯人が動いたからかえって話が進んでしまったという内容になっているのが非常に残念。工藤にも犯人にも、どっちにも共感できないまま物語が進んでいるから、先が気になる割には面白さに欠けてしまう。それと、肝心の水科晴の魅力がわからない。だから工藤や犯人に共感が持てない。こここそ、もっと筆を費やすべきでなかったか。変な言い方だが、味はまずいがとりあえず完食させてしまうような作品であった。作者の力があることは感じ取れた。
 文庫版の表紙がとても綺麗だし、タイトルからしても非常に爽やかな青春ミステリを予想したのだが、全然違っていた。せめて主人公たちの年齢を二十代にすべきじゃなかったのだろうか。そうすれば、もうちょっと印象が違っていたと思うのだが。

桐野夏生『残虐記』(新潮文庫)

 自分は少女誘拐監禁事件の被害者だったという驚くべき手記を残して、作家が消えた。黒く汚れた男の爪、饐えた臭い、含んだ水の鉄錆の味。性と暴力の気配が満ちる密室で、少女が夜毎に育てた毒の夢と男の欲望とが交錯する。誰にも明かされない真実をめぐって少女に注がれた隠微な視線、幾重にも重なり合った虚構と現実の姿を、独創的なリアリズムを駆使して描出した傑作長編。(粗筋紹介より引用)
 『週刊アスキー』2002年2月5日号~6月25日号連載。加筆修正のうえ、2004年2月、新潮社より単行本刊行。同年、第17回柴田錬三郎賞受賞。2007年8月、文庫化。

 

 小海鳴海は16歳でデビューし、著名な文学新人賞を受賞。その後も問題作を発表し、様々な賞の最年少記録を塗り替え、早熟な大家と呼ばれる。しかし35歳のいまでは文芸誌には原稿を書かず、女性誌やPR誌にエッセイを書いて糊口を凌いでいる。その小海が『残虐記』という手記を残して失踪した。自分は小学4年生の時に誘拐され、1年以上監禁された被害者であった。その犯人から手紙が届き、主人公は手記を残して失踪する。
 うーん、読み終わってみてももどかしさが残る。誘拐した男と少女との関係は、男が妄想しやすい内容とそれほど差があるわけではない。そこに色々な内容を付加しているのだが、かえって空々しい物語になっている。
 本来なら、もっと主人公の葛藤、妄想などが書かれてもいいのではないか。主人公が「性的人間」というのなら、もっとそれらしい世界観の妄想が必要。また、主人公を取り巻く人々に、もっと筆を費やしてもいいのではないか。あまりにも物足りなく、あまりにも呆気ない。これを読者の想像で補えというのは、あまりにも突き放しすぎだろう。
 短すぎる、筆不足のことばに尽きる作品。