平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

有栖川有栖『妃は船を沈める』(光文社)

 所有者の願い事を3つだけ、かなえてくれる「猿の手」。“妃”と綽名される女と、彼女のまわりに集う男たち。危うく震える不穏な揺り篭に抱かれて、彼らの船はどこへ向かうのだろう。―何を願って眠るのだろう。臨床犯罪学者・火村英生が挑む、倫理と論理が奇妙にねじれた難事件。(帯より引用)
 『ジャーロ』2005年秋号に掲載された中編「猿の左手」と、それに出てくる登場人物の後日談という形で、『ジャーロ』2008年冬号、春号に掲載された「残酷な揺り篭」を合わせ、間に「幕間」を書き足して、2008年7月、光文社より単行本刊行。

 

 火村シリーズの一作だが、作者の冒頭の「はしがき」にある通り、「第一部 猿の左手」と「幕間」、そして「第二部 残酷な揺り篭」という構成になっている。主人公は、生保レディ時代に億を稼ぎ、それを投資につぎ込んで莫大な財産を築いた三松妃沙子。「猿の左手」では、若い男の子達を取り巻きにするとともに、潤一という22歳の専門学校生を養子にしている。事件は、借金を重ねていた男性社長が車で海に飛び込んで死亡。1億円の保険金もあるので他殺の可能性もあったが、妻はアリバイがあり、3,900万円を貸していた妃沙子は足が悪くて車椅子生活。そして潤一は子供のころの体験が原因で水恐怖症であり泳ぐことができない。やはり自殺か事故か。妃沙子は「猿の手」と称するミイラを持っており、アリスが名作「猿の手」のストーリーを火村に話すと、それをヒントに事件を解決する。「残酷な揺り篭」は2年半後、妃沙子はテナントビル経営者の設楽明成と結婚していた。大阪北部地震発生時、夫婦はお歳暮で贈られてきた睡眠薬入りのワインを飲んで寝ていた。そして離れにかつて同居してた若い男性が至近距離から射殺された。その離れは鍵がかかっていた。
 「猿の左手」は本文中にもある通り、「荒木虎美3億円保険金殺人事件」を彷彿とさせる保険金殺人。三人の容疑者はそれぞれ物理的、身体的に犯行が不可能。「猿の手」をめぐる解釈は、実際に有栖川有栖北村薫との間でなされたものとのことだが、これを事件解決に結びつけるのはちょっと強引に感じた。主人公の性格とうまく絡めたところはちょっと面白かったが。
 「残酷な揺り篭」はフーダニットではなく、ハウダニットの一編。ただ、犯人を追い詰める火村にあまり迫力を感じない。ここで犯人がギブアップするような推理には思えなかった。
 結局、妃沙子という人物をどうとるか、というところで感想が大きく変わる気がする。個人的には、あまり魅力を感じなかった。ただ、読んでいてそれなりに面白いことは確か。それなりのアヴェレージヒッターである有栖川有栖ならではの作品という気がする。所々で読者をくすぐるのが巧い。

『お笑いスター誕生!!』の世界を漂う

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 コントらぶこ~るの昔話ネタ。この人たち、題材と出だしはいいのだが、途中から変な方向へ向かい、その後拡散してしまう、悪い癖があったと思う。それと谷口幸男・小田鎮男のネタ(抜粋)も。コンビ名すらない出場者は、彼らだけ。それでも4週勝ち抜いている。
 元キモサベ社中、キャラバンのメンバーで、「ザ・ニュースペーパー」のリーダーである渡部又兵衛さんが9月7日に亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。

夕木春央『方舟』(講談社)

 大学の登山サークルに所属していた野内さやか、高津花、西村裕哉、絲山隆平、絲山麻衣、越野柊一の六人と、柊一の従兄である篠田修太郎は、裕哉の父親が持つ長野県の別荘に二年ぶりに集まった。隆平と麻衣は夫婦だが、一年前から夫の不満を麻衣が柊一に相談していたことを隆平が知り、トラブルがあってはと頼み込んで修太郎に来てもらっていた。
 七人は裕哉の案内で、山奥にある地図にも載っていない謎の地下建築を見に出かけたが、見つけるのに時間がかかり、到着したときはすでに夕方になっていた。そしてきのこ狩りの途中で道に迷ったという矢崎幸太郎、弘子、隼人の三人家族とともに、その日は地下空間の中にある各部屋で泊ることとなったが、地震が発生して入口の扉が巨大な岩でふさがれ、閉じ込められてしまった。山奥でスマホは繋がらない。さらに地下三階を水没させていた水が、少しずつ高くなっていた。しかもその直後に殺人事件が発生。岩に巻き付けられた鎖を巻き取る装置を動かせば、脱出できる。しかし、その装置を動かす者は岩に閉じ込められ、犠牲になる。その犠牲者は、殺人事件の犯人がなるべき。「方舟」と名付けられていた地下建築の中で、タイムリミットは水没するまでの一週間。
 2022年9月、書下ろし刊行。

 

 メフィスト賞作家による前評判の高い一冊。帯を見ると、15人の作家・評論家が絶賛している。さすがにこの人数と顔ぶれを見ると、手に取ってみたくなる。ただ先に言っておくと、ややネタバレなものもあるので、読む前に帯は見ない方がいい。
 典型的なクローズドサークル本格ミステリ。地下三階は水没しているものの、地下一階、二階があって、しかも各階に二十部屋もある広さ。専門家はいないし、絶対的な証拠があるわけでもない状況で、どうやって論理的に犯人を導き出すのだろうと思いながら読んでいた。本当にそううまくいくだろうかとも思うが、犯人を導き出すロジックは悪くない。ただこれだけだとちょっと弱いなと思っていると、そこに「トロッコ問題」が掛け合わされることで、うまくエピローグまでつながった。これは作者のアイディア勝ち。なるほど、絶賛の声が多いのもうなづける。
 ただもっと感心したのは、この状況下で殺人を行った動機。言われてみるとものすごく腑に落ちるのだが、これは予想付かなかった。この点はもっと絶賛されるべき。
 どうやってこんな地下建築を誰にも知られずに作ることができたのか(資材の運搬だけでも大変そう)とか、人物造形が甘いとか、欠点もあるだろうが、それは些細な傷だろう。このアイディアを小説として仕上げてくれたことに感謝したい。
 今年の収穫と言えるべき一冊で、ミステリベスト候補。本ミスならベスト5に間違いなく入るだろうし、このミスやミス読みでもベスト10には入りそう(文春はベスト20止まりかな)。この作者の作品は初めて読んだのだが、他の本も読んでみたくなった。

芦沢央『火のないところに煙は』(新潮社)

 「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」突然の依頼に、作家の「私」は、かつての凄惨な体験を振り返る。解けない謎、救えなかった友人、そこから逃げ出した自分。「私」は、事件を小説として発表することで情報を集めようとするが―。予測不可能な展開とどんでん返しの波状攻撃にあなたも必ず騙される。一気読み不可避、寝不足必至!!読み始めたら引き返せない、戦慄の暗黒ミステリ!(BOOKデータサービスより引用)
 『小説新潮』2016年から2018年の間に掲載された5編に書下ろしを加え、2018年6月、単行本刊行。

 

 広告代理店で働く角田尚子は、恋人と一緒に神楽坂の母と呼ばれる占い師で将来を占ってもらったら不幸になると言われ、恋人が逆切れしてしまった。結局恋人と別れてしまったが、その恋人は交通事故死した。すると角田が担当したポスターだけ、必ず染みが着くようになった。「第一話 染み」。
 10年前、フリーライターの鍵和田君子のところへファンと名乗る女性から、お祓いをできる人を紹介してほしいと頼み込まれた。あまりものしつこさに辟易する君子。「第二話 お祓いを頼む女」。
 9年ほど前、塩谷崇史は埼玉県の郊外に中古の家を買った。隣に住む50代の寿子さんもよさそうな人で、妻の妊娠を最初に気付いたのも久子さんだった。ところが久子さんはある日、崇史が浮気をしていたところを見たと妻に話した。しかし崇史には全く心当たりがなかった。「第三話 妄言」(「火のないところに煙は」を改題)。
 ネイルサロンで働く智世は、一年前から夫である和典の実家で義母の静子と同居し始めた。仲は良く特に問題はなかったが、奇妙な悪夢を見るようになった。そのことを和典と静子に話すと、二人は顔色を変えた。「第四話 助けてって言ったのに」。
 千葉県内の大学に通う岩永幹夫は四月から一人暮らしを始めた。古いが良い物件だと思っていたが、大量の長い髪の毛が浴室の排水溝に詰まったり、テレビの画面が勝手に変わったり、高校生ぐらいの女の子が鏡に映ったりするようになった。不動産屋に確認すると、その部屋では特にないが、隣の部屋で四歳の娘が事故死したことがあったという。「第五話 誰かの怪異」。
 今までの短編をまとめた単行本が出版されることになり、私はネタの提供者の一人でもあり、短編の中にも登場するオカルトライターの榊桔平に書評を依頼しようとしたが、榊は「原稿を差し替えたい」と告げてきた。「第六話 禁忌」。

 

 怪談をまとめた連作短編集。一つ一つの話がよくできているとはいえ、生理的に好きになれないような話が続くのだが、最後でまさかの結末。まさかメタ的視点を持ち出し、恐怖感をさらに増幅させるとは。ただでさえ気味が悪いのに、さらに背筋に冷たい汗が流れてきて、不快感が一層増してしまった。よくできた短編集なのに、触れたくないと思わせられたのは初めてだ。
 ということで、これ以上書くと恐怖感が増すばかりなので、やめておきます。

荒木あかね『此の世の果ての殺人』(講談社)

 小惑星「テロス」が日本に衝突することが発表され、世界は大混乱に陥った。そんなパニックをよそに、小春は淡々とひとり太宰府で自動車の教習を受け続けている。小さな夢を叶えるために。年末、ある教習車のトランクを開けると、滅多刺しにされた女性の死体を発見する。教官で元刑事のイサガワとともに、地球最後の謎解きを始める――。(帯より引用)
 2022年、第68回江戸川乱歩賞受賞。加筆・修正のうえ同年8月、講談社より単行本刊行。

 

 乱歩賞史上最年少となる23歳での受賞。選考委員満場一致。しかも特殊設定下の殺人。絶対地雷だと思いながら読んでみたが、意外と地に足が着いた作品で驚いた。ここまで堅実に書かれると、逆にもう少しぐらい破天荒でもいいんじゃないか、と言いたくなってしまうのは、自分が天邪鬼な性格なんだろうな。
 小惑星「テロス」が2023年3月7日に熊本県阿蘇郡に衝突すると公表されてから、約4か月後の大宰府が舞台。母親は一人で逃げ出し、父親は一昨日に自殺。6歳下の弟は引きこもり。ほとんどの人は九州から逃げ出すか、自殺してしまい、残っているのはわずか。電気も水道もガスも使えない。スマートフォンが使えるエリアはごく一部。すでに公共機関は止まっている。確かに特殊設定下ではあるが、発展しすぎた未来や、なぜか飛ばされた異次元などと比べると、頭の中でも想像しやすい。特殊設定作品にありがちな、ご都合主義な設定もない。それだけでも点数を高くしてしまう。
 67日後には小惑星が衝突するのに、なぜか自動車の教習を受けている23歳の主人公、小春。そしてなぜか指導している元刑事で教官のイサガワ。二人の女性が見つけた、教習車のトランクに隠されていた女性の他殺体。二人は犯人探しを始めると、それが連続殺人であることが判明する。
 まずは人物の描き方がいい。正義感が暴走しがちなイソガワ。達観しているようで、実は弟思いな小春。どことなく奇妙な二人のやり取りが面白く、そしてどちらにも共感してしまった。他に、事件の捜査の途中で遭遇する人たちの描き方もうまい。この特殊状況化ならではの行動と心理がよく描かれている。
 作品のテンポも悪くない。所々で説明の冗長さを感じるところはあるが、大した傷ではない。単なる犯人探しに終わらない展開は、よく構成されている。終末ものなのに、読後感もよいというのも、作者の腕だろう。ここまでくると、作者は本当に23歳だったのか、疑りたくなるぐらい、落ち着いている。
 連続殺人事件の謎については、ちょっと肩透かしに感じる人がいるに違いない。とはいえ、意外性を求めるのは間違いなのだろう。そういう乱歩賞ならではのあざとさは、この作品には不要である。
 ただ、傑作かと聞かれるとちょっと答えにくい。いい作品であることは間違いない。受賞するのは当然と言っていいだろう。決して「無難にまとまっている」だけの作品ではない。だが、満腹には届かない、腹八分目の面白さではあった感じがある。
 ミステリの受賞作者へ向かってこういう風に言い切ってしまうことが正しいのかどうかわからないが、将来はミステリから離れていくような気がする。この作品の欠点は、ミステリならではの「何か」が足りないところだったと思う。ミステリを読んでいるときのワクワク感が、なぜか感じられなかった。

『お笑いスター誕生!!』の世界を漂う

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九十九一の家電製品が恋愛するネタです。ここまでSFチックなネタをやってくれるのは、この人ならでは。案外狙い目じゃないのかな、SFネタの漫談は。

ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』(集英社文庫)

 イギリスの田舎町で劇団を主宰するマーティン・ヘイワードは地元の名士。次回公演を控えたある日、彼は劇団員に一斉メールを送り、2歳の孫娘ポピーが難病を患っていると告白。高額な治療費を支援するため人々は募金活動を開始したが、この活動が思わぬ悲劇を引き起こすことに──。 関係者が残したメール、供述調書、新聞記事など、資料の山から浮かび上がる驚愕の真相とは!? 破格のデビュー作。(粗筋紹介より引用)
 2021年、イギリスで発表。2022年5月、邦訳刊行。

 

 弁護士のロデリック・タナーは、司法実務修習生のオルフェミ(フェミ)・ハッサンとシャーロット・ホルロイドに大量の書類を送る。そのほとんどはメールやテキスト・メッセージで、所々に補助的資料として新聞記事やSNSの投稿が入っている。イギリスの田舎町で起きた騒動、そして殺人事件が発生。フェミとシャーロットは、大量のデータから事件の背景をまとめ、真相を探り出す。
 基本的にメールのやり取りが主となっているので、正直いって読みにくい。さらに登場人物や背景を理解するのに時間がかかる。おまけに登場人物が多すぎ。人物紹介だけで42名、終盤初めの振り返りではなんと82名の人物の名前が並べられている。メールのやり取りだからか、陰口や生の感情がこれでもかとばかりに表に出てきて、読んでいて精神的に不安になってしまう。しかも事件が起こるのは中盤以降だし。それにしても気付かないものかね、不思議だった。これがイギリスの見えざる階級社会なのかと思えば、納得できないこともないが。
 フーダニットではあるが、メールや供述調書などの資料でごまかしている印象が強い。普通の小説体にしたら、簡単にわかってしまうのではないか。まあ、それが作者の工夫といってしまえばそれまでだが。真相が判明するまで長くてダレるし。
 いったいどこが「21世紀のアガサ・クリスティー」なのかわからないが、これだけ書ききったことについては素直に脱帽する。ただ、全面的に好きになれない作品。