平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

エドゥアルド・トポール、フリードリヒ・ニェズナンスキイ『赤の広場―ブレジネフ最後の賭け』(中央公論社)

 ブレジネフの義弟でKGB第一次官のツヴィグーンが変死、ブレジネフ本人から極秘裡に真相究明を命じられた主人公は、事件の背後に恐るべき陰謀を嗅ぎつけるが……亡命検事が初めてクレムリンの暗闘と上流階級の腐敗を暴く戦慄のファクション(Fact + Fiction)。(帯より引用)
 1983年4月、邦訳刊行。

 

 単行本に付された著者紹介によると、作者のエドゥアルド・トポールは1938年生まれのシナリオライター、ジャーナリスト。1977年の映画『青春のあやまち』(レンフィルム)が公開禁止になったため、創作の自由を求めて78年に亡命し、執筆時点ではニューヨーク在住。フリードリヒ・ニェズナンスキイは1932年生まれ。モスクワ法科大学卒業後、25年間司法各機関で働き、うち15年はソ連邦検察庁で捜査検事を勤める。約10年間、モスクワ市弁護士会員。77年にソ連の現体制に抗議して亡命し、執筆時点ではニューヨーク在住。
 訳者あとがきによると、ロシア語のタイプ原稿を翻訳したとのことでロシア語版はまだ発表されていない。ロシア語原稿のあとがきによると、主人公であるソ連邦検察庁特別重要事件捜査検事イーゴリ・シャムラーエフの捜査ノートを、ブレジネフ番の新聞記者ベールキン(こちらも作品内の登場人物)が「文学作品」としてまとめたと書かれており、それをトポールとニェズナンスキイの二人の名前で発表するという構成になっている。
 トポールとニェズナンスキイは同年、『消えたクレムリン記者 赤い麻薬組織の罠』という作品が中央公論社から出版されている。さらにニェズナンスキイ単独作品の『「ファウスト」作戦 書記長暗殺計画』という作品が1987年に中央公論社から出版されている。
 表題の脇に、1982年1月19日から2月3日までの間にあやうく起きるところだったクレムリンのクーデターについての推理小説と書かれている。ソ連国家元首であるレオニード・イリーチ・ブレジネフの義弟でKGBソ連邦国家保安委員会)第一次官ツヴィクーンが1982年1月19日、ピストル自殺を図ったというのは実話である。ブレジネフのほかにもアンドローポフ、チェルネンコなどの実在人物が多数登場。おそらくほとんどが実在人物なのだろう。1982年1月といえば、25日に事実上のナンバー2であるミハイル・アンドレーエヴィチ・スースロフも病死している。そしてブレジネフ自身も11月10日に病死している。本書で書かれた陰謀がどこまで事実かはわからないが、似たようなことがあったとしてもおかしくはない。
 登場人物が多いし、名前もわかりにくい。特にロシア人の姓名は名、父称、姓の順番となっており、親しい間柄では名の愛称形、「~さん」と呼ぶような間柄では名と父称、公的では姓を使うという。そのため作品の中で同じ人物でも読み方が違ってくるので、理解するのに時間がかかってしまう。赤い栞に主要登場人物が書かれているので助かった。出版当時に読んでいればもっと面白かったのだろうが、さすがにソ連が崩壊した今読むとピンと来ないところがある。それでも当時のソ連の国内事情が詳しくわかって面白い。ソ連という国をリアルに知らない若い世代には、ちょっととっつき難いだろうとは思う。
 時代という鏡に映し出されたような作品。たまにはこういう作品を読むのも面白かった。

瑞佐富郎『プロレス鎮魂曲(レクイエム) リングに生き散っていった23人のレスラーその死の真相』(standards)

 プロレスに生き、プロレスに死んでいった男たち。その壮絶な生涯を鮮烈に描き出す23の墓碑銘<エピタフ>。三沢光晴橋本真也、ダイナマイト・キッド、ビッグバン・ベイダーマサ斎藤ジャンボ鶴田ジャイアント馬場ハーリー・レイス……。平成~令和の時代に燃え尽きていった偉大なるレスラーたち、その凄絶な生き方と死へ立ち向かうドラマを描き出す、至高のプロレス・ノンフィクション。(粗筋紹介より引用)
 2019年9月、刊行。

 

 名プロレスラー23人の、亡くなるまでのエピソードをまとめた一冊。取り上げられたのはブルーザー・ブロディアンドレ・ザ・ジャイアントジャイアント馬場ジャンボ鶴田冬木弘道橋本真也、バッドニュース・アレン、三沢光晴ラッシャー木村山本小鉄星野勘太郎上田馬之助ビル・ロビンソンハヤブサ永源遥ミスター・ポーゴビッグバン・ベイダーマサ斎藤輪島大士、ダイナマイト・キッド、ザ・デストロイヤーハーリー・レイス、ウィリー・ウィリアムスの23名。
 「死の真相」という副題がついているが、単に各レスラーのなくなるまでのエピソードを短い伝記風にまとめたものである。そもそも、死亡についての疑惑があるわけでもなく、隠された部分があったわけでもない。副題のつけ方には問題があるだろう。 /> 各プロレスラーのエピソードは、どこかで読んだものが多い。それも功罪の「功」のエピソードばかり。まあ、各レスラーの負の部分を書かなかったことは評価してもいいと思う。昔テレビでプロレスを見ていて離れた人、最近プロレスを見始めた人、などにとっては、名レスラーがどんな人だったのかをとりあえず読める一冊だとは思う。感動の押し売りみたいな書き方には、ちょっと辟易するかもしれないが。その代わり、各レスラーの詳細についてはほとんど記されていないので、詳しく知りたいと思う人はネットで検索するなり、他の本や自伝などを調べなければならない。プロレスマニアにとっては物足りないこと間違いなしなので、手に取る必要はない。
 この手の本で、永源遥とか輪島大士が取り上げられたのは珍しいかもしれない。いつの間にか亡くなっていたとか、亡くなるまで何をしていたんだろうというレスラーは他にも大勢いるので、そういう人を取り上げた本を読んでみたいものだ。
 この本の重大な問題は、誤字脱字が多すぎること。誰かが見直そうとはしなかったのかと問い詰めたいぐらい。ウィリー・ウィリアムスの亡くなった日と年齢が全然違うというのは特に大問題だろう。しかもブロディのところからコピペしたのが見え見え。そういう意味でも、お手軽に切り貼りして作ったのだろうなという感がある。

ホリー・ジャクソン『優等生は探偵に向かない』(創元推理文庫)

 高校生のピップは、友人のコナーから失踪した兄の行方を捜してくれと依頼される。兄のジェイミーは、2週間ほど前から様子がおかしかったらしい。コナーの希望で、ピップはポッドキャストで調査の進捗を配信し、リスナーから手がかりを集めていく。関係者へのインタビューやSNSなども丹念に調べることで、少しずつ明らかになっていく、失踪までのジェイミーの行動。ピップの類まれな推理が、事件の恐るべき真相を暴きだす。年末ミステリランキング第1位『自由研究には向かない殺人』続編。この衝撃の結末を、どうか見逃さないでください!(粗筋紹介より引用)
 2020年、発表。2022年7月、邦訳刊行。

 

 イギリスの小さな町にあるリトル・キルトン・グラマースクールの最上級生であるピッパ(ピップ)・フィッツ=アモービを主人公にした三部作の二作目。前作『自由研究には向かない殺人』から数か月経った4月から物語は始まる。
 友人であるコナー・レノルズの兄、ジェイミーが失踪し、コナーはピップに行方を探して欲しいと依頼する。前作で自分だけでなく周囲も傷つける結果となったことから、一度はピップも断る。しかし事件性がないことから警察は取り合ってくれないし、ピップがホーキンス警部補に頼んでもだめだった。仕方なくピップは、ポッドキャスト「グッドガールの殺人ガイド」を通し、手掛かりを集めていく。
 まあ誰もが書くだろうが、最初から前作の真相が書かれているので、必ず『自由研究には向かない殺人』を読んでから本作を読むこと。ミステリでそれはないだろうと言いたいところだが、このネタバレがないと物語としては弱くなってしまうし、作者が描こうとする姿には欠かせない部分であるため、仕方のないところである。
 前半は地味な展開が続くけれど、ポッドキャストなどのSNSを通すという形が意外といいアクセントになっていて、読んでいても飽きが来ない。ただ、捜査はなかなか進展せず、もどかしさも残る。ところが終盤になって展開が予想外の方向に進み、事件の恐るべき真相が浮き彫りになってくる。これはお見事。いやあ、驚いた。読み返してみると、ここに伏線が張ってあったのかと気付かされ、さらに感心した。
 元々ジュブナイルとして書かれたこともあってだろうが、青春物語としても、成長物語としても読むことができる。大人の汚い一面も見せられるし、社会の厳しい視線も浴びせられる。それでも立ち向かおうとするピップの強さはいったいどこにあるのだろう。
 事件こそ解決されるが、ピップがどう成長するのか、非常に気になってしまう。三作目が待ち遠しい。前作込みで読むこと、という条件付きで傑作だと思う。前作より断然面白い。そして次作が待ち遠しい。三部作すべてを読んで、また評価が変わってしまうのかもしれないが。

坂上泉『へぼ侍』(文春文庫)

 大阪の与力の跡取りとして生まれた志方錬一郎は、明治維新で家が没落し、商家へ奉公していた。時は明治10年西南戦争が勃発。武功をたてれば士官の道も開けると考えた錬一郎は、生きこんで戦へ参加することに。しかし、彼を待っていたのは、落ちこぼれの士族ばかりが集まる部隊だった――。松本清張賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2019年、『明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記』のタイトルで第26回松本清張賞受賞。同年7月、『へぼ侍』と改題して文藝春秋より単行本刊行。同年、第9回日本歴史時代作家協会賞新人賞受賞。加筆修正のうえ、2021年6月、文庫化。

 

 『インビジブル』が面白かったのでデビュー作を手に取ってみた。
 志方家は三河以来の徳川家臣で、大坂東町奉行所与力として数代前から土着するとともに、剣術指南の道場を営んできた。しかし主人公の志方錬一郎の父、英之進は鳥羽伏見の戦いに身を散らし、明治維新で生活が困窮。交流の深い薬問屋・山城屋の主人・久左衛門が手を差し伸べ、錬一郎は部屋住みの丁稚として引き取られた。暇さえあれば木刀を振り回していることから、三歳下の娘の時子からはへぼ侍と呼ばれる。10年後、錬一郎は手代に引き立てられた。その翌年、西南戦争が勃発。仕官して家を再興しようと考えた錬一郎は満17歳で官軍に潜り込むも、そこは落ちこぼれと厄介者の集まりだった。
 自称歴戦の勇者だが、賭け好きで借金取りに追われる松岡。鉄砲よりも包丁を持って料理する方が得意な沢良木。元勘定方で今はそろばんの腕を活かして銀行員になっているも、妻からは仕官しなかったことを責められて見返そうとする三木。一筋縄ではいかない仲間である。それにしても、三木の妻の考え方が当時を映し出していて面白い。
 戦闘シーンばかりでなく、彼らの日常が面白い。給料をもらっては博打に明け暮れる松岡。現地で食材を調達しては料理をふるまう沢良木。得意の算盤の腕を活かす三木。喧嘩をしたり、酒を飲んだり、時には遊女を買ったり。情報収集に頭を使う錬一郎の策については、清張作品を思い出させるところが憎い。
 実在の人物が錬一郎に影響を与えているところもうまい。新聞記者の犬養仙次郎(毅)、軍医の手塚良仙(手塚治虫の曽祖父)である。他にも乃木希典などが登場する。ここでこんな人が出てくるんだ、という驚きも提供してくれる。
 西南戦争武家の時代の終わりを告げるものだった。落ちこぼれの士族たちを通し、当時の時代や風景、世情が丹念に描かれているところに巧さを感じる。作者は調べたことを自ら咀嚼し、物語に溶け込ますことに長けている。そして最後は、主人公たちの成長物語として幕を閉じる。この余韻が美しい。
 結論として、面白い小説だった。その一言に尽きる。作者はデビュー作から巧い作家だった。四作目が非常に楽しみだ。

ジョン・ハート『ラスト・チャイルド』上下(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 少年ジョニーの人生はある事件を境に一変した。優しい両親と瓜二つのふたごの妹アリッサと平穏に暮らす幸福の日々が、妹の誘拐によって突如失われたのだ。事件後まもなく父が謎の失踪を遂げ、母は薬物に溺れるように……。少年の家族は完全に崩壊した。だが彼はくじけない。家族の再生をただひたすら信じ、親友と共に妹の行方を探し続ける――アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞、英国推理作家協会賞最優秀スリラー賞受賞。(上巻粗筋紹介より引用)
 「あの子を見つけた」大怪我を負った男はジョニーに告げた。「やつが戻ってくる。逃げろ」少年は全速力で駆けた。男の正体は分からない。だがきっと妹を発見したのだ。アリッサは生きているのだ。ジョニーはそう確信する。一方、刑事ハントは事件への関与が疑われる巨体の脱獄囚を追っていた。この巨人の周辺からは、数々の死体が……。ミステリ界の新帝王が放つ傑作長篇。早川書房創立65周年&ハヤカワ文庫40周年記念作品。(下巻粗筋紹介より引用)
 2009年、発表。ジョン・ハートの第三長編。2010年4月、邦訳がポケットミステリとミステリ文庫の双方から刊行。

 

 13歳のジョニーが、一年前に失踪した双子の妹アリッサを探す物語。簡単に言うとそれだけになってしまうのだが、家庭崩壊や親友との繋がり、さらに事件解決に執念を燃やす刑事に脱獄囚などが色々と話に絡み、物語は膨らんでいく。
 個人的にはジョニーの視点だけにしてほしかったと思うのだが、ハントの視点がないと事件の背景などが語られないところも多く、難しいところ。ただハントの視点はもう少し減らしてほしかったかな。せっかくのジョニーの物語が、所々で分断されてしまった感がある。
 ただ書き方はシンプルで、素直に物語に没頭することができた。単純な事件に見えたが、予想以上に話が広がっていくところは面白い。ただもう少しテンポよく、話が進展できなかったのだろうか。読んでいてもどかしいところが多かった。
 ミステリというよりは、普通小説に近い気がする。面白かったけれど、個人的には絶賛とまではいかなかった。

青柳碧人『むかしむかしあるところに、死体がありました。』(双葉文庫)

 昔ばなしが、まさかのミステリに! 「浦島太郎」や「鶴の恩返し」といった皆さまご存じの<日本昔ばなし>を、密室やアリバイ、ダイイングメッセージといったミステリのテーマで読み解いたまったく新しいミステリ。「え! なんでこうなるの?」「なんと、この人が……」と驚き連続の5編を収録。数々の年間ミステリにランクイン&本屋大賞ノミネートを果たした話題作、待望の文庫化。(粗筋紹介より引用)
 2019年4月、双葉社より単行本刊行。2021年9月、文庫化。

 

 右大臣の庶子、冬吉が殺された。容疑者は右大臣の娘、春姫と婚約した堀川少将こと一寸法師。しかし冬吉が殺された時間、一寸法師は鬼の腹の中にいた。「一寸法師の不在証明」。
 枯れ木に花を咲かせた花咲か爺さんは、新たに次郎という白い犬を拾ってきた。それから4日後の朝、丘の上で爺さんは殺された。皆から好かれていた爺さんを誰が殺したのか。「花咲か死者伝言」。
 弥兵衛は借金を返せと迫ってきた庄屋を殺し、死体を襖の向こうに隠した。弥兵衛の前に現れたつうは、恩返しと称して反物を織り始める。つうは織っているところを覗かないでくれと頼み、弥兵衛は襖を開けて中を覗くなと言った。「つるの倒叙がえし」。
 亀を助けた浦島太郎は竜宮城で歓待される。乙姫の膝枕で浦島太郎が寝て三刻後、冬の間でおいせが昆布で首を絞められ殺された。しかし唯一の出入り口の襖には中からかんぬきが掛けられ、窓には珊瑚がびっしりと張り付いて入ることはできなかった。すなわち、冬の間は密室だった。亀から頼まれた浦島太郎が謎を解く。「密室龍宮城」。
 桃太郎に退治され、わずかに生き残った鬼たちが子をつくり、今の鬼が島には十三頭の鬼がいた。青鬼の鬼茂が殺され、喧嘩をしていた赤鬼の鬼太に容疑が掛けられる。鬼太は縛られて蔵に閉じ込められるが、また別の鬼が殺されて……。「絶海の鬼ヶ島」。

 有名な日本の昔話をミステリに落とし込んだ短編集。解説の今村昌弘が語る通り、誰もが知っている昔話を持ち込むことで、特殊設定のミステリに必要不可欠な設定の説明を飛ばしてしまうことができるのは大きい。おまけに登場人物もよく知っている人ばかりなので、こちらも要点だけ説明すればおしまい。アイディアの勝利としか言いようがない。
 第一話はアリバイ崩し、第二話はフーダニット、第三話は倒叙もの、第四話は密室殺人、第五話はクローズド・サークルの連続殺人。第一話、第二話と特殊設定とはいえ本格ミステリの王道みたいな作品ではあったが、第三話は思いっきり変化球。さすがに一筋縄ではいかない。第四話はがちがちの本格ミステリ。トリックとロジックと特殊設定が絡み合った傑作。第五話は『そして誰もいなくなった』ばりの孤島内での連続殺人。いや、連続殺鬼か。これまたひねりが入っていて面白い。
 とはいえ、これ一冊でお腹いっぱいという気にはなった。これ以上書かれても二番煎じにしか思えないが、やっぱり続編は書かれている。本作は面白かったが、これ以上を読む気には今のところならない。