平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

T・S・ストリブリング『カリブ諸島の手がかり』(国書刊行会 世界探偵小説全集15)

 南米の元独裁者が亡命先のキュラソー島で食事中、ホテルの支配人が毒殺された。休暇で西インド諸島に滞在中のアメリカ人心理学者ポジオリ教授が解き明かす皮肉な真相「亡命者たち」。つづいて、動乱のハイチに招かれたポジオリが、人の心を読むヴードゥー教司祭との対決に密林の奥へと送り込まれる「カパイシアンの長官」。マルティニーク島で、犯人の残した歌の手がかりから、大胆不敵な金庫破りを追う「アントゥンの指紋」。名探偵の名声大いにあがったポジオリが、バルバドスでまきこまれた難事件「クリケット」。そして巻末を飾る「ベナレスへの道」でポジオリは、トリニダード島のヒンドゥー寺院で一夜を明かし、恐るべき超論理による犯罪に遭遇する。多彩な人種と文化の交錯するカリブ海を舞台に展開する怪事件の数々。「クイーンの定員」にも選ばれた名短篇集、初の完訳。(粗筋紹介より引用)
 1925~1926年に発表された作品をまとめ、1929年、刊行。1997年5月、邦訳刊行。

 

 作者はテネシー州生まれ。教師、弁護士、雑誌編集者を経て作家になり、1932年に『ストアー』でピューリッツアー賞を受賞。純文学作品の傍ら、30年以上にわたってボジオリ教授シリーズは書かれた。
 名探偵の退場を描いた作品の中で最も悲劇的な作品、「ベナレスへの道」でポジオリ教授は知っていた。クイーンの定員にも選ばれていたのは知っていたが、ようやく手に取って読んでみる気になった。
 それにしても、ボジオリ教授ってどこが名探偵なの、と聞きたくなるような連作短編集。「亡命者たち」はなんとか解決するも、中編「カパイシアンの長官」は振り回されてばかりだし、「アントゥンの指紋」はよれよれな推理だし、「クリケット」ではもうダメ。「ベナレスへの道」については言うまでもないだろう。名探偵への皮肉としか思えない。この作品集の面白いところは、当時のカリブ海の島々の描写かな。というか、そこだけ。
 やっぱり「ベナレスへの道」があるから、この短編集に価値がある、としか言いようがない。いろいろな意味で、斬新な終わり方だった。……なんて思っていたけれど、まさかこの後も書き継がれるとは思わなかった。この作者、凄いな。

笹本稜平『流転 越境捜査』(双葉社)

 神奈川県警瀬谷警察署の不良刑事、宮野裕之が横浜市内の電車の中で偶然見かけたのは、指名手配犯の木津芳樹であった。12年前、都内の富豪一家三人が奥多摩の山荘で惨殺された事件で、実行犯の二人の中国人は捕まってすでに死刑判決が確定したが、教唆したとされる元メガバンク行員の木津はすでに日本を離れていたため、国際指名手配されていた。事件直後、被害者の銀行口座から20奥円を上回る資金がオフショアの匿名口座に振り込まれていた。これはタスクフォースの格好のターゲットだ、と宮野は警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係の鷺沼友哉に連絡を取り、捜査に乗り出すこととなった。しかしその人物が木津本人である確証はない。鷺沼と井上拓海巡査部長は木津が住んでいるマンションの運営会社を訪れると、総務部長の中村は高木正敏という人物だと答えた。ただ、中村の様子がどうもおかしい。鷺沼達は引き続きマンションを見張ることとした。
 『小説推理』2020年11月号~2021年11月号連載。2022年4月、単行本刊行。

 

 笹本稜平の人気シリーズ第九弾。本作では十二年前の富豪一家三人惨殺事件で国際指名手配されている人物を見かけたところから始まって捜査に乗り出すが、事件には裏があり、捜査を続けていくと前科持ちの元銀行員や半グレや闇金女王などが出てきてさらに事件は広がっていく。宮野を始めとするタスクフォースの面々は消えた20億円とともに事件の真相を追い続ける。鷺沼と宮野だけでなく、三好章係長、井上拓海巡査部長、山中彩香巡査、元やくざでイタリアレストランチェーンオーナーの福富といった面々も活躍する。
 今回は十二年前の凶悪事件の謎に挑むが、次から次へと悪人たちが出てきて一筋縄ではいかない。途中で捜査一課が横取りする展開もあるが、今回は最後まで考えられたストーリーとなっている。少なくとも、結末直前でのドタバタ感は見られない。例によってちょっと都合よすぎる展開があることは否めないが、最後はバラバラだったピースがうまくまとまった。あまりにも露骨すぎる宮野がどうかと思うが、最後はスカッとした終わり方になっているので良かった。
 作者が亡くなったので、本シリーズはこの作品をもって最終巻となってしまった。勝手な想像だが、次作は井上と彩香の結婚があるのではないかと思われたので、非常に残念。本作が遺作ということになるのだろうか。
 作者のご冥福をお祈りいたします。

「推理クイズ」の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/mystery-quiz/index.htm
「このクイズの元ネタを探せ」に推理クイズを1問追加。元ネタがいくつか判明。情報追加。

 いろいろと情報をいただきました。有難うございました。アップが遅くなり、申し訳ありませんでした。

森詠『雨はいつまで降り続く』上下(講談社文庫)

 元M新聞サイゴン特派員の矢沢建彦のもとへ、シェーというベトナム人から一通の手紙が届いた。ベトナム戦争当時、戦闘中に死んだはずの友人でジャーナリストの叶吾郎が生きているというのだ。叶の行方を探すため、矢沢は急遽、バンコックへ向かった。ベトナムに生き、愛し、闘った男たちへのレクイエム。(上巻粗筋紹介より引用)
 花は揺れていた。咲いた花が雨に打たれる。雨よ、いつまで降り続くのか……矢沢の耳には、昔の恋人で反戦歌手だったドー・チー・ナウの悲哀に満ちた歌声が今も響く。ナウの悲惨な死には隠された大きな謎があった。ベトナムに潜入し、叶を探すうちに矢沢はナウの死の謎をも図らずも解くことになったのだった。(下巻粗筋紹介より引用)
 1985年2月、講談社より単行本刊行。1988年2月、文庫化。

 

 森詠の作品を読むのは久しぶり。解説によると本書は「80年代のいまもなおベトナム体験にこだわりつづけている一人の男の行動を描いて、日本人にとってベトナムとはなんであったか」を追求した作品とのことである。
 ベトナム戦争終了後のベトナムを描いた作品で、当時の戦争の傷跡と、そして残された混乱が色濃く残っている。10年前の戦争当時に死んだはずの友人が生きていたという話を聞き、社会主義国家となったベトナムへ潜入した元日本人記者の苦闘を描いた冒険小説。ベトナム戦争というと、あの有名な絵本と、『サイボーグ009』などで描かれているのを読んだくらい。『マンハッタン核作戦』では、武器商人がお金の代わりにヘロインで武器を北ベトナムに売っていたなあ。さすがに当時の報道は見ていないので、ベトナム戦争そのものを自分はほとんど知らないといっていい。だからこそ、そしてこんな時期だからこそ色々興味があったのだが。
 ベトナムの風景はよく描けているとは思うけれど、展開はやっぱり都合がいいなと思わせるもの。いくら当時のベトナムにいたことがあるとはいえ、やっぱり素人だろ、主人公、とは言いたくなってしまう。いくら仲間がいるとはいえ、素人がプロに勝つには、それなりのリアリティが欲しいよね、特に冒険小説だったら。それに矢沢という人物にも、可能という人物にもあまり好感が持てなかったことが、今一つな気分になった大きな原因だと思う。矢沢が借金するくだりなんて、本当にご都合主義すぎると思った。その後も割と簡単に手助けしてもらっているし。
 ただ、当時のベトナムの傷跡は生々しく残っていた。戦争というものの虚しさは浮かび上がるものだったと思う。ただ、日本人がベトナム戦争にどうかかわっていたかは、ほとんどわからなかった。一部の人以外にとっては、対岸の火事程度のものだったのだろうか。
 当時の冒険小説としてはよかったのだが、今読むとちょっときつい。もうちょっと書き込みが欲しかった。