平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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早坂吝『探偵AIのリアル・ディープラーニング』(新潮文庫nex)

 人工知能の研究者だった父が、密室で謎の死を遂げた。「探偵」と「犯人」、双子のAIを遺して――。高校生の息子・輔(たすく)は、探偵のAI・相以(あい)とともに父を殺した真犯人を追う過程で、犯人のAI・以相(いあ)を奪い悪用するテロリスト集団「オクタコア」の陰謀を知る。次々と襲いかかる難事件、母の死の真相、そして以相の真の目的とは!? 大胆な奇想と緻密なロジックが発火する新感覚・推理バトル。(粗筋紹介より引用)
 2018年5月、刊行。

 

 人工知能の研究の第一人者、合尾創(あいお・つくる)が、自宅のプレハブで焼死体として発見される。部屋は密室だったこともあり、警察は持病で倒れた後、火災が発生した事故とみて捜査していたが、高校生の一人息子、輔(たすく)は、創が作った人工知能の探偵、相以(あい)に事件の謎を解いてもらう。「第一話 フレーム問題 AIさんは考えすぎる」。密室トリックはどうかと思うが、まずは第一話ということで小手調べ。事件の背後にいるハッカーテロ集団「オクタコア」が登場。さらに相以と双子の関係にある犯人のAI、以相(いあ)がオクタコアの手元にあることも判明する。レギュラーとなる女性刑事の佐虎、公安の右竜も登場。
 互いに戦うことでAIとしてのレベルをアップしてきた相以と以相。以相はオクタコアを通し、相以に挑戦する。環境保護団体のリーダーがオクタコアの一員に殺害された。「第二話 シンボルグラウンディング問題 AIさんはシマウマを理解できない」。観光客向けに縞模様に塗られたロバ(ゾンキー)が墜落してきて、被害者に激突して死んだという不可思議な設定。設定は面白いけれど、実際にこの犯行を行うのは不可能だよな。
 輔と相以の探偵事務所に初めて依頼人、クラスメイトで和風美人の間人波(たい ざなみ)が来た。ここ一か月の間、輔の高校でおかしな事件が起こっていた。「運動場ミステリーサークル事件」「虹色の窓事件」「銅像首切り生け花事件」。被害者がいないので悪戯に見えたが、「厳島先生突き落とし事件」が発生したので解決してほしいということだった。「第三話 不気味の谷 AIさんは人間に限りなく近付く瞬間、不気味になる」。いや、いくら何でもそのために手を出すのかよ、と言いたくなる。また、こんな簡単にアジトを知られるオクタコア、ちょろすぎないか。
 母の過去の不審死を調べるため、輔は相以とともに祖母の家を訪ねるが、ほぼ初めて会う祖母は相以を見て怒りだし、追い出してしまう。「第四話 不気味の谷2 AIさん、谷を越える」。設定としては面白いけれど、100%有り得ない話。特に猟銃の取り扱い。
 輔は誘拐され、オクタコアの本部に連れてこられる。相以を巡って言い合いになったオクタコアのサブリーダーは輔にゲームを持ちかける。輔は隔離された場所にいる相手とノートパソコンで会話する。その相手が本物か偽物なのかを当てるというものだった。「第五話 中国語の部屋 AIさんは本当に人の心を理解しているのか」。本編の解決編。なんか騙されているような気がする展開だが、それにしてもオクタコアがあまりにもちょろすぎる。

 作中にあるとおり、ディープラーニングによる第三次AIブームを反映させたような探偵役。AIならではの頓珍漢な推理(密室脱出でトンネル効果とか)もあるし、クイーンの某作品のような殺人事件も出てくるし、まあまあ楽しく読むことはできたけれど、矛盾点も多い。それも含めてパロディなのかと思うぐらいである。世界転覆を掲げるテロハッカー集団「オクタコア」があまりにもちゃち。まあ技術力と一般常識に大きな差がある集団って確かにありそうだが。それにしても公安が目を付けている集団とはとても思えないぐらいの常識力のなさである。
 まあ、パロディだよね。アイディアはいいし、笑えるけれど、あまり次を読みたいとは思わなかったな。続編があるけれど、これ1冊で満足してしまった。

T・ジェファーソン・パーカー『サイレント・ジョー』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 赤ん坊の頃、実の父親から硫酸をかけられ顔に大火傷を負ったジョーは、施設にいるところを政界の実力者ウィルに引き取られた。彼は愛情をこめて育てられ、24歳になった今は、保安官補として働いている。その大恩あるウィルが、彼の目の前で射殺された。誘拐されたウィルの政敵の娘を保護した直後のことだった。ジョーは真相を探り始めるが、前途には大いなる試練が……アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞に輝く感動作。(粗筋紹介より引用)
 2001年、発表。2002年、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞。2002年10月、早川書房より単行本刊行。2005年9月、文庫化。

 

 幼い時に父親から顔面に硫酸をかけられ、母親から捨てられた24歳の保安官補ジョーが主人公。誘拐された実業家ジャック・ブラザックの娘・サヴァナを、養父でオレンジ郡群生委員のウィルとともに保護するも、そのウィルが目の前で殺され、娘もまた行方不明になり、復讐すべく事件の真相に乗り出す。すると、ウィルの過去や事件の背景が明らかになっている。
 サイレント(静かなる男)・ジョーの一人称により物語が進むのだが、そのテンポが名前の通り静かで、そしてゆっくりと進む。登場人物も多くて大変だが、それ以上にジョーの内面が言葉遣い同様に丁寧すぎるほど書かれており、時々まどろっこしくなった。事件の真相を追う作品ながら、主人公であるジョーの再生と成長、そして家族の絆を描いたような作品になっている。ハードボイルドなのに、どことなく純文学を読んでいるような気分にさせられたのは、そんな丁寧で重厚な筆致のせいだろうか。
 本作は1985年にデビューした作者の第9長編であるが、解説の北上次郎が言うには、本作で化けたとのことだ。他の作品を読んでいないので何とも言えないが、本作が力作であることには間違いない。ただ長すぎる感があるので、退屈に思う人はいるかも。

横溝正史『完本 人形佐七捕物帳 一』(春陽堂書店)

 春陽堂書店が初めての「人形佐七捕物帳」全五巻を刊行したのは、昭和十六年のことで、 最初の作品集成である。昭和四十八年には春陽文庫より「人形佐七捕物帳全集」全十四巻を刊行。 一五〇篇の作品を収録し好評裡に版を重ねたが、近年、研究者たちにより、 横溝正史が書き遺した「人形佐七捕物帳」は全一八〇篇と確定した。
 ここに全作品を発表順に初めて集成、綿密な校訂を施し、詳細な解題・解説を附し、面目を一新した 「完本 人形佐七捕物帳」全十巻をお届けする。昭和を代表する国民作家・横溝正史が愛惜を持って描いた 江戸の世と人形佐七の活躍を余すところなくご味読いただきたい。
 江戸を舞台に、人形のような色男、佐七が繰り広げる推理劇。美男で好色な佐七と焼きもち焼きの年上女房お粂との夫婦喧嘩、佐七の子分の江戸っ子の辰と上方っ子の豆六のやりとりなど、ユーモラスな描写も満載。戦前~戦後に書き継がれた妖艶・怪奇・戦慄の作の全貌を知らしめる!(書籍案内より引用)
「羽子板娘」「謎坊主」「歎きの遊女」「山雀供養」「山形屋騒動」「非人の仇討」「三本の矢」「犬娘」「幽霊山伏」「屠蘇機嫌女夫捕物」「仮面の若殿」「座頭の鈴」「花見の仮面」「音羽の猫」「二枚短冊」「離魂病」「名月一夜狂言」「螢屋敷」「黒蝶呪縛」「稚児地蔵」を収録。
 2019年12月、刊行。

 

 五大捕物帳と言えば、岡本綺堂『半七捕物帳』、野村胡堂銭形平次捕物控』、横溝正史人形佐七捕物帳』、佐々木味津三右門捕物帖』、城昌幸『若さま侍捕物手帖』。そのうちの一つ、『人形佐七捕物帳』といえば、神田お玉が池の色男、人形佐七が恋女房お粂、子分の巾着の辰五郎、うらなりの豆六とともに活躍する話である。作者が横溝正史ということで、本格ミステリとしての色が濃い作品もあれば、草双紙趣味の怪奇色が濃い作品、そして捕物帳ならではの人情物もある。半七や銭形平次ほど江戸の描写は色濃くないが、文化文政の時代を十分楽しむことはできる。時々、男性にとって都合の良い性描写が出てくるのは、書かれた時代を考えると仕方がない。
 第一巻ということで、佐七が初登場しクリスティの某作品を彷彿とさせる「羽子板娘」、お粂との馴れ初め「歎きの遊女」(辰も初登場)、辰が茂平次にしょっ引かれる「音羽の猫」、佐七の偽物が登場し佐七が縄目を受ける「離魂病」、招かれた宴席での殺人事件を佐七が解き明かす「名月一夜狂言」、豆六が初登場の「螢屋敷」など。
 やはり書き始めからなのか、それとも後年に書き足しをしたからか、前半が重くて後半が駆け足の作品が多いのはちょっと残念。とりあえず主要登場人物四人、それに佐七を引き立てる南町奉行所の与力神崎甚五郎や、佐七の親代わりであるこのしろの吉兵衛、佐七の敵役である海坊主の茂平次などのレギュラーメンバーがそろってからが面白いので、第二巻以降以降が楽しみ。

ミステリの世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/mystery.html
「全集を読もう!」に『完本 人形佐七捕物帳』(春陽堂書店)を追加。各巻の詳細は後日。実はお気に入りの作品を飛び飛びに読んでいるので、なかなか一冊が終わらない。第十巻だけ先に読み終わったりとかしている。
 全集は老後の楽しみと思いながら買っているのだが、買うだけ買って何十年も本棚に積んだままというのは問題だなと思って、少しずつ読もうとしている。

犯罪の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
無期懲役判決リスト 2021年度」に1件追加。

 これで気になる公判の判決も一段落かと思ったら、来週から小田浩幸被告、森岡俊文被告の公判が始まるのですか。コロナが少し落ち着いてきたら、一気に裁判が増えたように感じるのは、気のせいですかね。