平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

東野圭吾『透明な螺旋』(文芸春秋)

 10月6日、南房総沖で、漂流している遺体が発見された。背中に銃創があったため、解剖すると体内から銃弾が発見された。照会の結果、9月29日に足立区で行方不明届が出ている上辻亮太が候補と上がる。届け出をしたのは、同居している島内園香。しかし受理した担当者が連絡を取ろうとしても携帯電話は繋がらず、アパートを訪ねても留守だった。勤務先には10月2日に休職を願い出ていた。DNA鑑定で遺体は上辻と判明し、千葉県警との合同捜査で警視庁捜査一課の草薙俊平の係が担当となった。草薙と内海薫刑事が調べてみると、勤務先の生花店の店長は、休職の理由に心当たりがなかった。しかし9月27日と28日は高校時代の女友達と京都旅行をしており、アリバイがあった。上辻は仕事を辞めて無職であり、勤務先では悪質なパワハラをしており、園香にも日常的に暴力をふるっていた。しかしアリバイがある園香がなぜ失踪したのか。園香が亡くなった母とともに慕っていた絵本作家のアサヒ・ナナこと松永奈江を訪ねても、こちらも失踪していた。ナナのある絵本の参考文献に、湯川学の著書があった。
 2021年9月、書下ろし刊行。

 

 ガリレオシリーズ第10作。帯には「ガリレオの真実」「ガリレオの愛と哀しみ」と興味をそそりそうな惹句が書かれている。
 湯川学の両親が初登場(だよね、多分)。父親の晉一郎は引退した元医者で、横須賀の海の見えるマンションで余生を送っていたが、母親の認知症が足を骨折して急激に悪化し、父親ひとりでは手が余るので、湯川が応援しているという。
 ということで、今回は湯川学自身の"真実"が隠れた主題。はっきり言って、事件そのものは難しくもなんともない。実際、草薙たちの捜査で犯人が捕まっている。犯人やその周辺人物、そして湯川自身の人間ドラマ。親子というキーワードがそのままストーリーに絡んでくる。
 だけど、ガリレオシリーズに、読者はこんなの求めているか? 読み終わってがっかりしました。推理のかけらもない作品。こんなの、読みたくなかったです。何も10作目に、こんな作品を書かなくてもいいのに。
 失望しました。この一言に尽きる。

ジョルジュ・シムノン『サン・フォリアン寺院の首吊人』(角川文庫)

 男はメーグレの目前でピストル自殺をとげた。この浮浪者同然の男が、ブラッセルで3万フランの大金を送るのを目撃して以来、警部は後を尾けていたのだ。遺品はすりきれた黒い鞄一つ。中には、ぼろにひとしい古着が一着。
 鑑識の結果、上着には10年以上まえに付着したと思われる、かすかな血痕があった。そして不可解なことに、自殺した男は生前、大金を各地からパリの自宅に送っては、それをすべて燃やしていたというのだ。
 執拗なメーグレの捜査のまえに、死んだ浮浪者の哀切な過去と、かつてのおぞましい事件が再現されてゆく――。
 妖異なムードを湛えた、シムノン推理の異色傑作!(粗筋紹介より引用)
 1930年、発表。メグレシリーズの長編第三作。1950年、水谷準訳により雄鶏社「おんどり・みすてりい」で邦訳刊行。1957年、角川文庫化。

 

 私にとっては江戸川乱歩『幽鬼の塔』の翻案元というイメージが強いのだが、乱歩の翻案元作品でこれだけはなかなか見つからなかったので、ようやく読むことができた。
 メグレ(メーグレとは書きにくい)のしつこさはさすがと思ったが、漂う雰囲気がかなり妖しく、シムノン作品ではかなり異色なのではないだろうか(あまり読んだことがないから何とも言えないが)。なぜだかわからないが、メグレが悪人に見えてくるほど、登場人物の悲鳴が哀しすぎる。これ、時代背景をもっと深くわかっていれば、より感慨深いものになっていたかと思うと、自分の不勉強ぶりが悔しい。
 なんで初期のメグレ物、新たに翻訳しないのだろう。十分需要があると思うのだが。

横溝正史『横溝正史少年小説コレクション3 夜光怪人』(柏書房)

 横溝正史の少年探偵物語を全7冊で贈るシリーズ第3弾、今回のメインキャラクターを務めるのは名探偵・由利麟太郎と敏腕記者・三津木俊助の黄金コンビ!<br>
 全身から蛍火のような光を放つ謎の怪盗「夜光怪人」、童話に見立てた奇怪な新聞広告通り犯罪を重ねていく「幽霊鉄仮面」、そして金蝙蝠とともに現れる黒装束の怪人「深夜の魔術師」、いずれ劣らぬ冷酷無比・極悪非道な犯罪者たちとの、虚々実々、息つく間もない闘いを描く3篇と短篇「怪盗どくろ指紋」を収録。
 また、掲載誌の休刊により中途打ち切りとなった「深夜の魔術師」の未完バージョンに加え、未発表原稿「深夜の魔術師」「死仮面された女」も収録、資料的価値も充実した一冊。
 今回も初刊時のテキストを使用し、挿絵も豊富に収録した完全版。なかでも、1975年の朝日ソノラマ版刊行以降、探偵役が金田一耕助に変更されていた『夜光怪人』は、じつに50数年ぶりのオリジナル版復活!(粗筋紹介より引用)
 2021年9月刊行。

 

 『幽霊鉄仮面』はおそらく横溝の少年物では一番長いのではないだろうか。幽霊鉄仮面による犯罪予告とその方法、三津木だけでなく御子柴進、等々力警部、そして由利先生まで登場し、鉄仮面の正体を明かす。それだけでなく、鉄仮面を追って満州の奥地まで追いかけ、鉄仮面民族という恐ろしい一族まで出てきて戦うこととなる。何とも派手な展開であり、スケールの大きい作品でもある。
 鉄仮面の正体そのものはそれほど難しくないが、その裏に隠された真相が意外と複雑で、形勢が二転三転するところもすごい。鉄仮面民族はやりすぎな気もしないではないが、結末までの汗握る展開は、横溝の少年物でも一、二を争う内容である。
 『夜光怪人』は角川文庫の金田一耕助バージョンでしか読んだことがないので、オリジナルの由利先生で読むのは初めて。もっとも角川文庫バージョンもほとんど覚えていないな。乱歩にも『夜光人間』という作品があるが、時期的にはこちらの方が早い。今と違ってまだまだ夜は街灯も少なく暗い頃だろうから、闇に浮かび上がる怪人というのは考えたら怖いだろう。ただし、かなり無理な展開があるのはどうかと思うし、あまりにも露骨な伏線があるのはどうか。終盤で獄門島や清水巡査が出てくるのは、楽屋落ち的なファンサービスなのだろうが、当時の読者にわかったのだろうか。それにしても横溝先生、宝探しが好きですね。
 「怪盗どくろ指紋」は由利・三津木物の読み切り短編。設定の仰々しさに比べればあっさりとした結末になっている。それにしても横溝先生、時計やオルゴール、好きですね。
 「深夜の魔術師」は初読。後に『真珠塔』に改作されているという。そちらの方は角川文庫版で読んでいるはずだが、全然覚えていない。ただ、三津木と御子柴進ものだったのだけは覚えている。少年物としてはかなり残酷な展開があり、そもそも自衛本能が働いて無理だろうと思うようなところもある。由利先生と三津木俊助も誘拐されて、その後の展開でも全くいいところなし。古舘譲という少年の活躍ばかりが目立つ。『真珠塔』に改作されたからというのが大きいだろうが、由利や三津木があまりにも不甲斐ないという展開が今まで単行本未収録だったと思われる。
 『幽霊鉄仮面』は少年物の傑作だと思うが、あとは由利先生の活躍が少なかったり不甲斐なかったりと少々物足りない。まあ、それでも戦後の由利先生の活躍が見られたことで満足すればいいのかもしれない。

山本巧次『開化鉄道探偵 第一〇二列車の謎』(創元推理文庫)

 明治18年。6年前に逢坂山トンネルの事件を解決した元八丁堀同心の草壁賢吾は、井上勝鉄道局長に呼び出された。大宮駅で何者かによって滑車が脱線させられ、積荷から、謎の千両箱が発見された事件について調査してほしいと。警察は千両箱を、江戸幕府の元要人にして官軍に処刑された、小栗上野介の隠し金と見ているらしい。草壁と相棒・小野寺乙松鉄道技手は荷積みの行われた高崎に向かうが、乗っていた列車が爆弾事件に巻き込まれてしまう。更に高崎では、千両箱を狙う自由民権運動家や没落士族たちが不穏な動きを見せる中、ついに殺人が!(粗筋紹介より引用)
 2018年12月、東京創元社ミステリ・フロンティアより『開化鐵道探偵 第一〇二列車の謎』のタイトルで書下ろし刊行。2021年8月、改題、文庫化。

 

 『開化鐵道探偵』が好評だったからか、書かれた続編。前作から6年後の話であり、独身だった小野寺は事件の前年に綾子という女性と結婚している。『開化鉄道探偵』が面白かったので、文庫化を待って購入。
 前作で活躍した面々に加え、綾子が現代っ子っぽい行動で顔を出してくるので、小野寺が頭を抱えているところは面白い。ただ割とあるパターンかな、とは思った。貨車脱線に加え、徳川埋蔵金が絡み、むしろそちらに目が行ってしまう展開はエンタメとしては面白いけれど、謎解きとしてみると誰が事件を起こしたかわかりやすい展開になっている。どちらの路線に進めようとして書いたのかはわからないが、時代背景をうまく溶かし込んだ作品には仕上がった。前作ほど鉄道が絡んでいない気がするのは、ちょっと残念だが。
 いっそのこと、ドラマ化すれば面白くなりそうなんだが、当時のセットを準備するのは大変かな。できれば第三作を読んでみたいので、執筆を期待する。