平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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山内ジョージ『トキワ荘最後の住人の記録: 若きマンガ家たちの青春物語』(東京書籍)

トキワ荘最後の住人の記録: 若きマンガ家たちの青春物語

トキワ荘最後の住人の記録: 若きマンガ家たちの青春物語

  • 作者:山内 ジョージ
  • 発売日: 2011/06/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  手塚治虫先生、石ノ森章太郎赤塚不二夫、『墨汁一滴』、新漫画党など今まで書かれなかったエピソードでおくるトキワ荘青春物語。(帯より引用)
 2011年6月、刊行。

 

 作者は昭和15年、大連生まれ。昭和35年秋、石森章太郎に誘われ、アシスタントとして宮城から上京してトキワ荘に入り、石森や赤塚不二夫のアシスタントを務め、昭和37年3月に独立して退去した。以後は赤塚のアシスタントを務めながら単独の仕事もこなし、赤塚設立の「七福神プロダクション」(赤塚不二夫、赤塚登茂子(最初の妻)、高井研一郎よこたとくお長谷邦夫、横山孝雄、山内ジョージ)に参加。昭和38年から高井研一郎と組んだ「太宰勉」のペンネームでギャグマンガを描き、昭和43年ごろまで連載を持つ。以後は児童漫画から離れ、動物で文字を仕立てる動物絵文字の方向に進み、絵本の発表や個展開催などの活動を行う。平成7年、中国引揚げ漫画家の会を結成(赤塚不二夫ちばてつや森田拳次北見けんいち古谷三敏、山内ジョージ、高井研一郎、横山孝雄、石子順)し、『ボクの満州―漫画家たちの敗戦体験』(亜紀書房)を出版。平成13年、山口太一、バロン吉本、林静一の3氏も加わり、中国引揚げ漫画家の会編『少年たちの記憶』(ミナトレナトス)を出版。平成14年、同作で文化庁メディア芸術祭マンガ部門特別賞受賞。同年、「「私の八月十五日」の会」に参加。平成16年、「私の八月十五日」の会『私の八月十五日―昭和二十年の絵手紙』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門奨励賞受賞。平成17年、同作で第34回日本漫画家協会賞大賞受賞。平成22年、『徹子の部屋』出演。
 作者の『墨汁一滴』時代、トキワ荘入居から退居、石森や赤塚のアシスタント時代、合作ペンネーム「太宰勉」時代の話などを収録。巻末に「トキワ荘座談会」として高井研一郎よこたとくおとの座談会を収録。
 トキワ荘最後の住人となった山内ジョージによる、トキワ荘本。トキワ荘は色々書かれているが、私はやはり藤子不二雄Aを中心とした新漫画党時代のころの本を中心に読んでいるので、トキワ荘時代晩年(って言い方変かな)の思い出話は結構貴重だった。
 この時代を生きた漫画家が少なくなってくるようになった今、色々な作家に証言してもらいたい。よこたとくおトキワ荘時代なんて、一冊で読んでみたいけれどな。

桜庭一樹『小説 火の鳥 大地編』上下(朝日新聞出版)

小説『火の鳥』大地編 (上)

小説『火の鳥』大地編 (上)

  • 作者:桜庭 一樹
  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: 単行本
 
小説『火の鳥』大地編 (下)

小説『火の鳥』大地編 (下)

  • 作者:桜庭 一樹
  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: 単行本
 

  一九三八年、日本占領下の上海。若く野心的な關東軍将校の間久部緑郎は、中央アジアシルクロード交易で栄えた楼蘭に生息するという、伝説の「火の鳥」の調査隊長に任命される。資金源は、妻・麗奈の父で、財閥総帥の三田村要造だという。困難な旅路を行く調査隊は、緑郎の弟で共産主義に共鳴する正人、その友で実は上海マフィアと通じるルイ、
清王朝の生き残りである川島芳子、西域出身の謎多きマリアと、全員いわく付き。そこに火の鳥の力を兵器に利用しようともくろむ猿田博士も加わる。苦労の末たどり着いた楼蘭で明らかになったのは、驚天動地の事実だった……。漫画『火の鳥』や手塚作品に数多く登場する猿田博士やロック、マサトたちと、東條英機石原莞爾山本五十六ら実在の人物たちが歴史を動かしていく!(上巻粗筋紹介より引用)
 間久部緑郎の義父で、三田村財閥の総帥でもある要造は、猿田博士が手にした強力な自白剤により、みずからの来歴を緑郎ら「火の鳥調査隊」に語り始める。そこで明かされたのは、火の鳥には現代の科学では考えられない特殊な力が存在しているという驚くべき事実だった! すでに日本国政府は、要造率いる秘密結社「鳳凰機関」の協力のもと、火の鳥の力を利用し、大東亞共栄圏に向けて突き進んでいるという……国家のためか、あるいはみずからの欲望のためか。戦争に邁進する近代日本の姿を描きながら、人間の生と死、愚かさと尊さを余すところなく描いた歴史SF巨編。朝日新聞「be」連載時から話題沸騰。大幅な加筆による完全版!(下巻粗筋紹介より引用)
 『朝日新聞』be 2019年4月6日~2020年9月26日連載。加筆修正のうえ、2021年3月、上下巻で単行本刊行。

 

 手塚治虫が1989年の舞台劇『火の鳥』のシナリオとして連載作品として準備しながらも、よりSF的にということでペンディングとなったアイディアで、シノプシス(下巻に収録されている)を基に桜庭一樹が小説化した。『野性時代』に「太陽編」の後に連載する予定だった「大地編」は幕末から明治時代が舞台の予定だったとのことなので、本作とは異なる。
 まずは、誰が書いても絶対「これは手塚の『火の鳥』じゃない」と絶対文句が来ることがわかっているのに、本書を執筆した作者に敬意を表したい。手塚の作風に近づけようとしている努力も認める。しかしそのうえで、あえて言う。「これは手塚の『火の鳥』じゃない」。
 まずはアイディアが古すぎる。「火の鳥」を使ってこれをやるというのは考えたな、とは思う。だけど正直言って、手垢のついたネタであるし、手塚自身も短編などで取り扱っている。少なくとも『火の鳥』でこんなネタを使わないだろう。しかも、似たようなやり取りが上巻終わりから下巻途中まで延々と続くので、読んでいてもやってられない。ただでさえ上巻の前半部分がだらだらした感じがあって読んでいて苦痛なのに、さらにこんなのが続くのかと思うと、やってられなくなった。自白剤で延々と告白するというのも、あまりにも陳腐である。
 ついでに言えば、さっさと火の中に入れてしまえばよかったんじゃないか。それで一件落着だろう。知らないはずがない。
 確かに愚かな戦争に突入する日本の描写は手塚っぽいのだが、それにしてももう少しうまく描いていただろう。『アドルフに告ぐ』を見ればわかるとおり、分かり切った歴史に新たな物語を挿入できるのが手塚の筆だ。残念ながら本作は、そこに到達していない。命というテーマを戦争に絡めようとした努力はわかるのだが。
 手塚なら、最後の火の鳥の復活シーンは絶対描かなかったはず……と思っていたのだが、これを書いているうちに「黎明編」でも戦中に復活していることを思い出した。だけど、やっぱり手塚なら描かなかっただろうな。火の鳥の「再生」にはふさわしくない。
 色々文句を書いているが、新しい火の鳥の一つを読んで懐かしくなったことは事実。だけど、手塚の「大地編」を読んでみたかった。

夢枕獏『エヴェレスト 神々の山嶺』(角川文庫)

エヴェレスト 神々の山嶺 (角川文庫)

エヴェレスト 神々の山嶺 (角川文庫)

 

 1924年、世界初のエヴェレスト登頂を目指し、頂上付近で姿を消した登山家のジョージ・マロリー。登攀史上最大の謎の鍵を握るマロリーのものと思しき古いコダックを、カトマンドゥで手に入れた写真家の深町誠だが、何者かにカメラを盗まれる。行方を追ううち、深町は孤高の登山家・羽生丈二に出会う。羽生が狙うのは、エヴェレスト南西壁、前人未到の冬期無酸素単独登攀だった。山に賭ける男たちを描いた、山岳小説の金字塔。待望の合本版!(粗筋紹介より引用)
 『小説すばる』1994年7月号~1997年6月号連載。1997年8月、集英社より単行本刊行。2000年8月、一部改稿の上、集英社文庫化。2014年6月、角川文庫より上下本で刊行。2015年10月、映画化に合わせて改題の上、合本版刊行。

 

 エベレスト登山史上最大の謎とされているジョージ・マロリーの謎を追うカメラマンの深町誠が、孤高の登山家・羽生丈二と出会い、前人未到の南西壁・冬季無酸素単独登攀を目指す羽生を追いかける山岳小説。連載三年、1700枚という超大作。存在は知っていたのだが、あまりもの熱量に手を出すことができず、合本版が出たのを見て購入し、結局そのままになっていた一冊。たまたま読む時間が取れたので一気読み。やっぱりすごい作品だった。
 登山そのものをしたことがないので、彼らが目指していることがどれだけの偉業なのかを肌に感じることはできないし、おそらく理解すらできないのだろう。それでも山に登る男たちの情熱、執念、そして山に捉われた怨念すら漂わせる物凄さが浮かび上がってくる。
 というか、圧倒されて言葉すら出ない、というのが本当のところかな。とにかくすごい、ため息をつくしかない、そんな傑作だった。大満足。
 あとがきに書かれているが、50歳でエヴェレストを目指す羽生丈二のモデルは登山家の森田勝。名前は将棋の羽生善治より取っている。羽生の3歳下のライバルであり、K2無酸素単独登山で雪崩に巻き込まれて30歳で死亡した長谷常雄のモデルは、登山家の長谷川恒夫である。深町にモデルはいない。

コロナ・ブックス編集部編『トキワ荘マンガミュージアム』(平凡社 コロナ・ブックス)

  手塚治虫寺田ヒロオ藤子不二雄鈴木伸一森安なおや石森章太郎赤塚不二夫よこたとくお水野英子、山内ジョージ……昭和を代表する漫画たちが若い日に暮らし、切磋琢磨した漫画界の梁山泊こと「トキワ荘」。2020年3月に開館した「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」を紹介するとともに、当時居住していた漫画家たちの新規インタビュー、さらに過去に書かれたトキワ荘関連のエッセイや漫画等を一部再録。当時の近所の人たちにおる漫画家たちのエピソードなども収録した一冊。
 2021年4月、刊行。

 

 当時を再現したトキワ荘内部の紹介や、当時を再現したジオラマ、さらに当時のトキワ荘周辺にありエッセイにも出てくる店等の当時写真などを収録。色々なものをあれもこれもと集めてしまった分、どれも紹介程度の内容になっている点はちょっと残念だが、これ以上ディープなものにしてもよほどのファンしかついてこないだろうから仕方がないか。
 最後の住人と呼ばれている山内ジョージのインタビューが含まれているのがうれしかった。またちばてつやのエッセイは有名なエピソード(編集者への電気アンマの反撃で窓ガラスを割って大けがをして掛けなくなり、石森たちが代筆した話)でだが、こうやってトキワ荘関連の本の中に本人自身の言葉でまとめられるのも珍しい気がする。
 通い組のつのだじろう永田竹丸の言葉がなかったのは残念だった。
 トキワ荘当時の漫画家でご存命なのもわずかとなってきたが、まだまだこれからもいろいろと証言してほしいものだ。彼らのエピソードが、漫画史を紡いでいるのだから。

有栖川有栖『幽霊刑事』(講談社)

幽霊刑事(デカ)

幽霊刑事(デカ)

 

 巴東署刑事課捜査一係の神崎達也は、殉職した父の後を追い、刑事となった。同じ刑事課の森須磨子とは恋人同士で、巡査部長への昇任試験に合格したら結婚する予定だった。しかし東署に転勤になって四か月の神崎は、上司である経堂課長に浜辺まで呼び出され、そして射殺された。同じ巴東署の生活安全課の巡査だった新田が五か月前に殺害されて、これで二件目である。死んだはずの神崎だったが、幽霊となってこの世に残っていた。誰にも見えず、物も触れずの状態の神崎だったが、偶然にも後輩の早川は祖母が青森のイタコだったせいか、神崎の姿を見て、話すことができた。当然犯人が経堂であると訴えるも、証拠や動機すらないので、捕まえるわけにはいかない。そのうちに、経堂も警察署の中で密室状態で殺害されてしまう。この連続殺人事件の真相は。
 1998年9月20日大阪万博記念ホール/万博記念公園内お祭り広場で行われた『熱血! 日立 若者の王様Part9 推理トライアスロン』(主催・日立製作所 後援・毎日放送)のために提供した推理劇『幽霊刑事』の原案を小説化。2000年5月、講談社より単行本刊行。

 

 有栖川にしては珍しいノンシリーズもの。まあ経緯が経緯だから当然か。殺害された被害者が幽霊となって犯人を追いかける作品はオサリヴァン『憑かれた死』やカリンフォード『死後』などの作品があって、目新しいものではない。もちろん作者も知っているだろうし、あくまで題材として使っただけだろう。
 神崎が殺害された状況を見ると、すぐにあのトリックが思い浮かぶのだが、作者は当然それも承知しており、意表をつく展開と意外な犯人、そして意外な殺人の動機が用意されている。神崎と早川のやり取りがどことなくユーモラスでありながら、幽霊であるが上の苦悩や、恋人の一つ一つの仕草や科白に対する嫉妬など、いかにもドラマ化に向いてそうな展開の書き方はうまい。ありがちな展開とは思ったけれど。
 本格ミステリの謎解きと、恋愛ドラマがうまくミックスされた佳作という印象。舞台のドラマ化といわれると納得する。あまりごちゃごちゃしない、シンプルな作りが面白かった。