平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

コロナ・ブックス編集部編『トキワ荘マンガミュージアム』(平凡社 コロナ・ブックス)

  手塚治虫寺田ヒロオ藤子不二雄鈴木伸一森安なおや石森章太郎赤塚不二夫よこたとくお水野英子、山内ジョージ……昭和を代表する漫画たちが若い日に暮らし、切磋琢磨した漫画界の梁山泊こと「トキワ荘」。2020年3月に開館した「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」を紹介するとともに、当時居住していた漫画家たちの新規インタビュー、さらに過去に書かれたトキワ荘関連のエッセイや漫画等を一部再録。当時の近所の人たちにおる漫画家たちのエピソードなども収録した一冊。
 2021年4月、刊行。

 

 当時を再現したトキワ荘内部の紹介や、当時を再現したジオラマ、さらに当時のトキワ荘周辺にありエッセイにも出てくる店等の当時写真などを収録。色々なものをあれもこれもと集めてしまった分、どれも紹介程度の内容になっている点はちょっと残念だが、これ以上ディープなものにしてもよほどのファンしかついてこないだろうから仕方がないか。
 最後の住人と呼ばれている山内ジョージのインタビューが含まれているのがうれしかった。またちばてつやのエッセイは有名なエピソード(編集者への電気アンマの反撃で窓ガラスを割って大けがをして掛けなくなり、石森たちが代筆した話)でだが、こうやってトキワ荘関連の本の中に本人自身の言葉でまとめられるのも珍しい気がする。
 通い組のつのだじろう永田竹丸の言葉がなかったのは残念だった。
 トキワ荘当時の漫画家でご存命なのもわずかとなってきたが、まだまだこれからもいろいろと証言してほしいものだ。彼らのエピソードが、漫画史を紡いでいるのだから。

有栖川有栖『幽霊刑事』(講談社)

幽霊刑事(デカ)

幽霊刑事(デカ)

 

 巴東署刑事課捜査一係の神崎達也は、殉職した父の後を追い、刑事となった。同じ刑事課の森須磨子とは恋人同士で、巡査部長への昇任試験に合格したら結婚する予定だった。しかし東署に転勤になって四か月の神崎は、上司である経堂課長に浜辺まで呼び出され、そして射殺された。同じ巴東署の生活安全課の巡査だった新田が五か月前に殺害されて、これで二件目である。死んだはずの神崎だったが、幽霊となってこの世に残っていた。誰にも見えず、物も触れずの状態の神崎だったが、偶然にも後輩の早川は祖母が青森のイタコだったせいか、神崎の姿を見て、話すことができた。当然犯人が経堂であると訴えるも、証拠や動機すらないので、捕まえるわけにはいかない。そのうちに、経堂も警察署の中で密室状態で殺害されてしまう。この連続殺人事件の真相は。
 1998年9月20日大阪万博記念ホール/万博記念公園内お祭り広場で行われた『熱血! 日立 若者の王様Part9 推理トライアスロン』(主催・日立製作所 後援・毎日放送)のために提供した推理劇『幽霊刑事』の原案を小説化。2000年5月、講談社より単行本刊行。

 

 有栖川にしては珍しいノンシリーズもの。まあ経緯が経緯だから当然か。殺害された被害者が幽霊となって犯人を追いかける作品はオサリヴァン『憑かれた死』やカリンフォード『死後』などの作品があって、目新しいものではない。もちろん作者も知っているだろうし、あくまで題材として使っただけだろう。
 神崎が殺害された状況を見ると、すぐにあのトリックが思い浮かぶのだが、作者は当然それも承知しており、意表をつく展開と意外な犯人、そして意外な殺人の動機が用意されている。神崎と早川のやり取りがどことなくユーモラスでありながら、幽霊であるが上の苦悩や、恋人の一つ一つの仕草や科白に対する嫉妬など、いかにもドラマ化に向いてそうな展開の書き方はうまい。ありがちな展開とは思ったけれど。
 本格ミステリの謎解きと、恋愛ドラマがうまくミックスされた佳作という印象。舞台のドラマ化といわれると納得する。あまりごちゃごちゃしない、シンプルな作りが面白かった。

若林正恭『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』(角川文庫)

完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込 (角川文庫)
 

 若手芸人の下積み期間と呼ばれる長い長いモラトリアムを過ごしたぼくは、随分世間離れした人間になっていた――。スタバで「グランデ」と頼めない自意識、飲み屋で先輩に「さっきから手酌なんだけど!!」と怒られても納得できない社会との違和。遠回りをしながらも内面を見つめ変化に向き合い自分らしい道を模索する。芸人・オードリー若林の大人気エッセイ、単行本未収録100ページ以上を追加した完全版、ついに刊行!(粗筋紹介より引用)
 『ダ・ヴィンチ』連載。2013年、単行本刊行。2015年12月、未収録エッセイを追加し、完全版として角川文庫より刊行。

 

 エッセイにも定評のあるオードリー若林の初エッセイ集。初期のころは人見知り芸人として知られていたが、今ではすっかり小物MC……と口では言っているが次期大物MCになるだろう。そんな若林が世に出てからの世間や芸能界の“常識”と自分の“価値観”との違いにとまどったり、疑問を投げかけたり、新しい発見をしたりといった面白さがそこにある。あ、そうと簡単にスルーしそうなところに向ける視点がさすがというか、ナナメの目線というか。
 今頃読むかといわれそうだが、読んでみて非常に楽しかった。次も読んでみようと思う。

 

奥田英朗『罪の轍』(新潮社)

罪の轍

罪の轍

 

  昭和三十八年。北海道礼文島で暮らす漁師手伝いの青年、宇野寛治は、窃盗事件の捜査から逃れるために身ひとつで東京に向かう。東京に行きさえすれば、明るい未来が待っていると信じていたのだ。一方、警視庁捜査一課強行班係に所属する刑事・落合昌夫は、南千住で起きた強盗殺人事件の捜査中に、子供たちから「莫迦」と呼ばれていた北国訛りの青年の噂を聞きつける―。オリンピック開催に沸く世間に取り残された孤独な魂の彷徨を、緻密な心理描写と圧倒的なリアリティーで描く傑作ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 「霧の向こう」のタイトルで『小説新潮』2016年10月号~2019年3月号(2017年10月号除く)連載。改題の上、2019年8月、単行本刊行。

 

 シリーズ化されているわけではないだろうが、『オリンピックの身代金』で事件解決に挑んだ落合昌夫をはじめとする警視庁刑事部捜査一課五係のメンバーが再登場する。もっとも事件は前作の一年前。ノンフィクションと断り書きはあるものの、有名な「吉展ちゃん誘拐殺人事件」を元ネタにしている。とはいえ、犯人像も事件解決の経過も全然異なるのだが。
 当時の社会情勢を描写しながら、落合たち刑事の必死の捜査と、犯人の孤独で不幸な過去を対比して書いた犯罪小説であり、リーダビリティは抜群だと思う。だけど読んでいる途中から違和感が出てきて、それが結末に向かうにつれてどんどん大きくなっていった。結局作者、何を書きたかったんだろう。
 なぜ実在の事件をモチーフに使ったのか、それがわからない。この展開ならはっきり言って不要だったはず。わざわざリアリティを出すために、実在事件を使う必要はないだろう。正直言って読み終わった後は、不快感しかなかった。なぜ誰もが頭に思い浮かべるような事件を用い、中途半端に展開を捻じ曲げるのだろう。いくら考えてもわからない。実在事件をモチーフにしないと、当時の社会のリアリティを出すことができなくなるほど、作者の筆力が落ちたとも思えない。
 登場人物も過去に出てきたメンバーを使う必要性がなかったと思う。手抜きのようにしか見えないが、何らかの意図があったのだろうか。所轄の刑事たちが失敗ばかりしているのも、あまりにもわざとらしい。
 作者の意図や目的が全然わからない作品。単なる娯楽作品を書こうと思ったわけではないだろうに。

東川篤哉『新 謎解きはディナーのあとで』(小学館)

新 謎解きはディナーのあとで

新 謎解きはディナーのあとで

  • 作者:東川 篤哉
  • 発売日: 2021/03/31
  • メディア: 単行本
 

 執事探偵×令嬢刑事ふたたび! 新キャラはド天然な新米刑事!?
 警視庁に栄転した風祭警部は大きなミスを犯して国立署に舞い戻り、麗子の後輩に新人の若宮愛里が加わり、新たなメンバーで難事件に挑むが!? 毒舌執事・影山の推理が冴えわたる本格ミステリ全5編!!
 富豪の家で“無人だった”はずの部屋から発見された長男の首吊り死体の謎。「風祭警部の帰還」。
 土蔵で見つかった骨董好きの老人の遺体と血文字のダイイングメッセージの謎。「血文字は密室の中」。
 雑居ビルの裏で発見された墜落死体とそのポケットに入っていた血の付いたナイフの謎。「墜落死体はどこから」。
 シェアハウスで殺害された看護師と5つの目覚まし時計の謎。「五つの目覚まし時計」。
 アパートで殺害された大学生と建設作業員が“煙草を吸っている間に”目撃したという怪しい男の謎。「煙草に二本分のアリバイ」。(帯より引用)
 『きらら』2020年1月号~9月号連載に書下ろし1本を加え、2021年4月、単行本刊行。

 

 大ヒットシリーズ『謎解きはディナーのあとで』が8年ぶりに新シリーズで登場。世界的な複合企業『宝生グループ』の総帥の一人娘・宝生麗子、中堅自動車メーカー『風祭モータース』の御曹司・風祭警部のコンビに加えて新たにド天然新米刑事・若宮愛里が加わる。例によって事件を解くのは、麗子の執事・影山。
 前作と全然変わらない性格と人間関係は面白いのだが、麗子が年を重ねたからか(と書くと怒られそうだが)パワーという点ではだいぶ落ちた気がする。言っちゃえば、ワンパターン化は避けられないのかな、と。新キャラを入れてもメインの流れは変わらないから、結局いつか来た道、になってしまう。本格ミステリとしても、少し軽くなったかな。作者も忙しいだろうし、仕方がないのかも。
 懐かしい、とは思ったけれど、それ以上のものはなかったな。

D・M・ディヴァイン『悪魔はすぐそこに』(創元推理文庫)

悪魔はすぐそこに (創元推理文庫)

悪魔はすぐそこに (創元推理文庫)

 

  ハートゲート大学の講師ピーターは、チェスの最中に亡き父の友人ハクストンから助力を壊れた。横領の嫌疑をかけられて免職の危機にあるというのだ。しかし教授たちによる審問の場で、ハクストンは脅迫めいた言葉を口にしたのち、謎の死を遂げる。次いで図書館で殺人が起こり、名誉学長の暗殺を仄めかす脅迫状が大学宛に舞い込んだ。彼は式典のために近く大学を訪れる予定だが……。翻弄される人々を嘲笑うかのごとく相次ぐ事件は、関係者の過去を炙り出すように、八年前に起きたある女学生の死へと収斂してゆく。クリスティが絶賛した、英国探偵小説の実力派が贈る傑作、本邦初訳。(粗筋紹介より引用)
 1966年、発表。2007年9月、邦訳刊行。

 

 イギリスの二流大学における数学講師ピーターとその婚約者で経済学科講師のルシール・プロヴァン、ルシールの同居人である事務局員のカレン・ウエストールと法学部長ラウドンという二組の恋愛模様を軸に据え、三人称ではあるが彼らの視点が切り替わりながら、大学に次々と降りかかる事件が語られる。
 なんともまあ地味な展開なんだけど、それでいて目が離せない仕上がりになっているのはさすが。先の展開が気になって、結局続きを読んでしまう。うまいんだよなあと思ってしまう。登場人物が結構多いし、人間関係もいろいろと複雑なんだが、頭にすんなり入ってくるのも、描写が優れているからなんだろう。それと、ピーターの軟弱さは読んでいてイライラしたよ、本当に。
 事件そのものは割と単純なんだし予想できたんだけど、それでいて最後になると驚いてしまうんだから、やっぱり意外と言っていいのかな。できれば違ってほしかったけれど、なんとなく。
 クリスティ絶賛なんだ、と帯を見て思ったけれど、読み終わってみるとなんとなく納得。50年前の作品だけど古さは感じず、素直に面白かったです。