平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

法月綸太郎『法月綸太郎の消息』(講談社)

法月綸太郎の消息

法月綸太郎の消息

 

  ホームズ探偵譚の異色作「白面の兵士」と「ライオンのたてがみ」。この2作の裏に隠された、作者コナン・ドイルをめぐる意外なトラップを突き止める「白面のたてがみ」。
 ポアロ最後の事件として名高い『カーテン』に仕組まれた、作者アガサ・クリスティーの入念な企みとは? 物語の背後(バックステージ)が息を呑むほど鮮やかに解読される「カーテンコール」。
 父・法月警視が持ち出す不可解な謎を、息子・綸太郎が純粋な論理を駆使して真相に迫る、都筑道夫『退職刑事』シリーズの後継というべき2編「あべこべの遺書」「殺さぬ先の自首」。
 スマートで知的で大胆不敵。本格ミステリの魅力に満ちた傑作作品集!(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』2018~2019年に掲載された「殺さぬ先の自首」「カーテンコール」に、アンソロジー『7人の名探偵』に掲載された「あべこべの遺書」、書き下ろし「白面のたてがみ」を収録。加筆修正の上、2019年9月刊行。

 

 シリーズ第一長編『雪密室』から30年目になる作品集。法月綸太郎(作中)の年齢がさっぱりわからないが、最初の短編集のころはさっさと結婚すればいいのに、なんて思っていたけれどな。この辺は、エラリー・クイーンと同じ道を歩むのか。
 「白面のたてがみ」はドイルの異色作品2作の裏をめぐって推理する作品だが、肝心のドイル作品がまったく思い出せない。そのため、読んでいても全然面白くなかった。ドイルの過去は知らないこともあったのでちょっと楽しめたけれど。
 「あべこべの遺書」「殺さぬ先の自首」は『退職刑事』シリーズよろしく、父親の法月警視の話を聞いただけで息子の綸太郎が謎を解く話。まあ『退職刑事』にそれほどの思い入れがないので、シリーズを意識したなんて言われてもどうでもいいのだが、淡々と話が進んで終わり、という印象しかない。二人が動かないと、物語に起伏が生じないんだよな。よっぽど謎が強くないと、枯れた作品という印象しか与えないから、隅の老人くらいキャラクターが強いと話は別だけど、よく考えてみると隅の老人って結構自分で手がかり探しに行っていたな。
 「カーテンコール」は舞台化という名目で集まった登場人物たちによるクリスティ論を戦わせた作品。クリスティ作品への言及にネタバレがあるけれど、作品の性格上、仕方がない。『象は忘れない』は読んだことがないけれど、別にいいや。読むときには本作品の内容を忘れているだろうし。作品論を小説でやられてもなあ、というのが本音。
 久しぶりの法月短編集だが、あまり楽しめなかったな。作者自身、探偵法月の扱いに苦労している気がする。

「推理クイズ」の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/mystery-quiz/index.htm
山村正夫推理クイズ作品リスト」に1件追加。
 10年半ぶりの更新(笑)。我ながら凄いと思う。何が凄いのかはさっぱりわからないが。
 これで山村正夫の推理クイズ本は多分コンプリート。学年誌などの付録だったらまだまだあるだろうけれど、そこまではさすがに手が回らない。

奥泉光『死神の棋譜』(新潮社)

死神の棋譜

死神の棋譜

  • 作者:奥泉 光
  • 発売日: 2020/08/27
  • メディア: 単行本
 

  ――負けました。これをいうのは人生で何度目だろう。
 将棋に魅入られ、頂点を目指し、深みへ潜ってしまった男。消えた棋士の行方を追って、北海道の廃坑から地下神殿の対局室までの旅が始まる。
 芥川賞作家が描く傑作将棋エンタテインメント。(帯より引用)
 『小説新潮』2019年2月号~2020年1月号連載。2020年8月、単行本刊行。

 

 羽生善治名人に森内俊之九段が挑戦した第六九期名人戦第四局一日目の夜。三段リーグを突破できず、5年前に年齢制限で奨励会を退会した夏尾裕樹が、将棋会館の近くにある鳩森神社の将棋堂に刺さっていた弓矢に結ばれていた和紙に書かれていた詰将棋を会館に持ってきた。ただしその詰将棋は不詰めだった。コピーを棋士たちに見せ、オリジナルは夏尾が持って帰ったが、そのまま行方不明となる。そのコピーを見た元奨励会三段でライターの天谷敬太郎は、同じく元奨励会三段で観戦記者の北沢克弘に、22年前の退会の年に同じようなことがあったことを話す。その詰将棋を拾ったのは、三段リーグラス前の例会で、天谷と同門で17歳のホープだった十河樹生だった。十河はラス前で連敗し12勝4敗。天谷も連敗して11勝5敗となったが、他の昇段候補も敗れたため、最終日に連勝すれば自力で四段に、プロになることができた。そして三段リーグ最終日、一局目の相手は十河だったが、十河は現れず不戦勝。しかし逆にペースを崩した天谷は二局目に敗れ昇段できず、31歳の年齢制限で退会した。十河はそのまま退会した。1年半後、天谷は師匠佐治七段の同門である梁田八段より、昭和の初めのころに他の将棋団体に弓矢で挑戦状を送り付けた棋道会、別名魔道会の話を教えられる。手紙から十河が北海道空知郡にいることを知り、天谷が訪れると、そこはかつて棋道会を作った磐城家ならびに金剛龍神教の本拠である人がいなくなった鉱山町であった。天谷はそこで熱を出して十河に会えずに帰るが、熱の出した夜、天谷は十河に会って不詰めの詰将棋の解き方と、棋道会で修行している旨について話されたことを思い出す。
 夏尾が失踪し、北沢は色々と尋ねまわる。そのことを聞きつけた、夏尾の妹弟子となる玖村麻里奈女流二段と一緒に酒を飲んでいた夏尾の行きつけの居酒屋で、亭主から夏尾が北海道の旅行について話を聞いていたことを知り、北沢と玖村はかつて天谷が行った鉱山を訪れる。

 実名の棋士が最初から出てきて大丈夫かと思ったが、さすがに事件に絡んでいるのはみんな実在しない棋士ばかりだった(当たり前だ)。奥泉作品は久しぶり。まあはっきり言って苦手なので、敬遠していたというのが正直なところ。今回は将棋を取り扱っているというので、久しぶりに手に取ってみることにした。
 最強の棋士を輩出する集まりとかが絡む将棋ネタは結構あると思うのだが、令和のこの時代にそんな作品を読むとは思わなかった。古臭いネタかなと思ったけれど、そこから独自の世界に引きずり込む筆の力は、さすが作者といったところか。現実と幻想としか思えない世界が交錯するところは好きになれないのだが、読みにくいというわけではなく、作品世界に浸ることはできた。ただ、これは末端とはいえ将棋の経験が私にあったからじゃないかと思うのだが、実際のところどうだろう。盤上の魔力に魅入られる様が、将棋未経験の人にどこまで納得させることができたのか、逆にわからない。それとは逆に将棋の知識があると、「麒麟」とかの駒が出てきてかえって戸惑うかもしれない。それに、棋士の凄味はあまり伝わっていないね。
 将棋そのものの知識を知らなくても、本書を読んで楽しむことはできると思う。棋譜の中身はわからずとも、指し手のミスなどについてはわかるからだ。実際の詰将棋が出てくるわけでもない。最低限の将棋界の状況についてもさらっと述べられている。一方、実際に起きる失踪事件の真相については、一応の解決が示されているとはいえ、細部については触れられていないため、実際に可能なのかどうかはやや疑問が残るところ。この辺も、作者の計算なのだろうけれど。
 昔に比べ、奥泉作品も読みやすくなったな、というのが読み終わった時の感想。あまり引き込まれるものはなかったかな。それは好みの問題だったと思うけれど。
 作品とは別の感想になるが、実際の将棋世界の方が、よっぽどドラマ性があると思う。将棋の魔力と棋士の凄味が、本書からはあまり伝わらなかった。81の枡の上で、40枚の駒が舞わないと、将棋の本当の魅力は伝わらないのかもしれない。

南條範夫『三百年のベール』(学研M文庫)

  静岡の県吏・平岡素一郎は、ふと目にした史書の一節をきっかけに、将軍徳川家康の出自と生涯の秘密を探りはじめる。やがて、驚愕の真相が浮かび上がった――。「家康は戦国大名松平家の嫡子ではない、流浪の願人坊主だったのだ」。そして、その隠された過去からは、さらに意外な歴史が明らかにされてゆく。明治に実際に刊行された幻の奇書『史疑・徳川家康事蹟』を素材に、大胆な構想で徳川家300年のタブーに挑んだ、禁断の歴史ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 『オール讀物』1958年12月号に掲載された短編「願人坊主家康」を長編化し、400枚の書き下ろし長編として1962年10月、文藝春秋より単行本刊行。差別的文言があるということで後に絶版となったが、一部表現を改め、1998年4月、批評社より刊行。2002年2月、学研M文庫より刊行。

 

 南條範夫が神田古書店街を歩いていた時、一書店で偶然見つけた村岡素一郎『史疑 徳川家康事蹟』(民友社,1902)を購入して読み、興味を抱いて「願人坊主家康」を執筆している。民友社は徳富蘇峰が経営しており、南條は蘇峰が『近世日本國民史』の中で「家康は、家康である。新田義重の後と言うたとて、別段、名誉でなく、また、乞食坊主の子孫だと言うたとて、別段恥辱でもない」という記述を戦後間もなくに読み、徳川家康の出自に疑問を抱いていたため、その解答を与えられたと思ったという。
 実際のところ、村岡素一郎『史疑 徳川家康事蹟』はほとんど黙殺され、話題にも上がらなかったらしい。1960年代に取り上げられたらしいが、結局は論破されているようである。とはいえ、家康影武者説はその後も取り上げられ、それを基にした作品も出版されるようになったため、結果的には意味のある作品ではあったと思われる。
 本書は平岡素一郎が『史疑』を書き上げるまでとその後の経緯を小説にして発表したものである。
 賤民制が江戸時代からというのは不勉強ながら知らなかった。単に制度化されていなかっただけで、差別はずっと昔からあると勝手に思っていたのである。そこと家康入れ替わり説を結びつけたのは目から鱗だった。明治時代になり差別的呼称と待遇を廃止されても根強く残っていたのは島崎藤村『破戒』でよく知られていることだが、本書はその部落の話も物語に絡めている。家康影武者説を単純に小説にするだけではなく、それをまとめた平岡が不遇の目にあったり、当時も差別が残っていたこともさらっと書かれたり、さらに明治のころのまだ混乱した政治についても書かれており、読み応えのある作品に仕上がっている。
 作品の中核をなす家康入れ替わり説がかなり突飛なもので、都合の良い部分をはぎ取り過ぎという印象を与えてしまうため、本書そのものの評価に影響を与えていることは否めないが、そこを無視して、明治時代という差別の残っている時代に困難に立ち向かって真実を追求しようした主人公の姿は、かなり強い印象を与えるのではないか。読んでいて面白かった。

阿津川辰海『透明人間は密室に潜む』(光文社)

透明人間は密室に潜む

透明人間は密室に潜む

  • 作者:阿津川 辰海
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  透明人間による不可能犯罪計画。裁判員裁判×アイドルオタクの法廷ミステリ。録音された犯行現場の謎。クルーズ船内、イベントが進行する中での拉致監禁──。絢爛多彩、高密度。注目の新鋭が贈る、本格ミステリの魅力と可能性に肉薄する4編。(帯より引用)
 『ジャーロ』2017~2019年に掲載。改稿の上、2020年4月、単行本刊行。

 透明人間病が流行り、全身が透明になってしまう人が増えた世界。透明人間病にかかっている内藤彩子は、透明人間病研究の大家である川路昌正教授による新薬開発の記事を読み、川路教授を殺害する。「透明人間は密室に潜む」。SF設定条件下の殺人というのは、かつての西澤保彦作品を思い出す。透明人間による殺人なんて簡単だと思うが、こうやって書かれてみると意外と難しい。倒叙設定がうまく働いている。犯人を追い詰める論理は面白いが、捕まった後は完全な蛇足。作者だって乱歩の『〇〇〇〇〇〇〇』を読んだことがあるんじゃないの?
 人気アイドルグループCutie Girlsのライブのために山梨から東京に来た二人。口論で一人がもう一人を殴り殺してしまった。犯人は自白して罪を認め、証拠もそろい、何の問題もないはずの裁判員裁判。ところが、銀行員である6番の裁判員が評議の場でいきなりCutie GirlsのTシャツに着替えて登場。全員が有罪の意見を言うまではよかったが、6番が被告は死刑と行ってから評議は紛糾する。「六人の熱狂する日本人」。アイドルオタクによる密室推理劇『キサラギ』に挑戦した作品。裁判員制度を利用したこの設定と結末には、大いに笑わせてもらった(不謹慎なんだけど)。いや、ここまで制度を有効に利用した作品は初めてじゃないか? 見事としか言いようがない。唸りましたよ。個人的に本作品集のベスト。
 耳が良すぎてどんなわずかな音でも聞き分けられる山口美々香は、大学の先輩であり推理能力のある大野糺が興した探偵事務所に勤めており、コンビで事件を解決している。1年前の最初の事件はこうだった。夫の依頼で妻の浮気を調査するために、テディベアに盗聴器を仕掛けてリビングに置いていた。そこで妻が殺害され、宝石やアクセサリーが盗まれる強盗殺人事件が発生。盗聴器のデータを別のUSBメモリに保存していた大野は、事件を解決するために録音データを山口に聞かせ、手がかりを探る。「盗聴された殺人」。どんな細かな音でも聞き分けられる特殊能力が事件のカギを握っているが、男女コンビの互いにちょっと抜けている部分の補い方と会話が非常に面白い。短編1本で終わらせるには惜しい。このコンビでシリーズ化してほしい。
 推理小説家の人気名探偵シリーズとコラボした一泊二日の東京湾クルーズにおける客船での脱出ゲーム。高校生のカイトは招待プレーヤーとして参加。同級生でライバル視されている大富豪の息子のマサルは、弟で小学生のスグルと参加した。順調に謎解きは進んでいたが、気が付くとカイトはスグルと一緒に船室に閉じ込められていた。「第13号船室からの脱出」。フットレル「十三語独房の問題」に触発された作品。脱獄ミステリってほとんど絶滅していたかと思ったけれど、脱出ゲームを絡めたりすればできるんだな。まだまだミステリは色々な応用ができそうだ。船室の位置関係を把握するのがちょっと面倒だったが、それ以外は楽しむことができた。
 阿津川辰海の作品を読むのは初めてだったが、タイトルにひかれて購入。結果として、表題作が一番つまらなかったけれど、他の三作品が面白かったので満足。奇抜な設定ながらも論理を重視した作品に仕上がっており、楽しむことができた。筆致にやや軽さを感じるが、本作品集の内容なら問題がない。今年の本格ベスト10には入るだろう。

なんとなく調べていた

 昨日、福島地裁郡山支部裁判員裁判で検察側は天野十夢被告に無期懲役を求刑した。福島地裁無期懲役判決が出れば11年ぶりである(このときは福島地裁いわき支部)。11年前は裁判員裁判ではなかったので、もし求刑通りの判決が言い渡されれば初めてとなる。
 だけど、全国紙では全然扱われない。せいぜい地方版くらい。求刑無期懲役自体が減っているし、死刑の次に重い刑なんだから、少しは全国紙で扱ってほしいものだ。
 なお、裁判員裁判無期懲役判決が一度も出ていない他の地裁は、函館、山口、徳島、松山、高知である(誤りがあったら教えてください)。この中で山口以外は裁判員裁判で死刑判決も出ていない(福島はある)。これら地裁の中で無期懲役判決がもっとも古いのは徳島地裁で、最新判決は2007年6月19日。これは高裁で破棄されて有期になっているので、無期懲役が確定した判決となると2004年6月17日までさかのぼる。
 福島では2017年2月7日、7月27日、11月9日、2018年12月14日に求刑無期に対する有期懲役判決が出ている。
 山口では2012年7月25日に求刑無期に対する有期懲役判決が出ている。
 徳島では2011年3月17日に求刑無期に対する有期懲役判決が出ている。
 松山では2019年10月24日に求刑無期に対する有期判決が出ている。なお、松山では求刑無期懲役判決有期懲役の一審判決が差し戻されて確定しているので、来年ぐらいには無期懲役判決が出る可能性はある。