平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

ジョージ・P. ペレケーノス『俺たちの日』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

  ギャングのボスのために借金を取りたてる――どんな危険も顧みない幼なじみのジョーとピートにとって、それは簡単な仕事だった。が、非情になりきれないピートは取り立てを見送り、見せしめのためギャングの手下に脚を折られてしまう。三年後、小さな食堂の店員として働くピートのまえに、いまやボスの片腕となったジョーが現われ…… “ハードボイルドの次代を担う”と絶賛される著者が贈る、心を震わせる男たちの物語。(粗筋紹介より引用)
 1996年、アメリカで発表。1998年9月、邦訳刊行。1999年、ファルコン賞(マルタの鷹協会日本支部)受賞。

 

 作者はギリシャアメリカ人とのことなので、本作の主人公ビート・カラスと同じ。私立探偵ニック・ステファノス(本書で出てくる食堂経営者ニック・ステファノスの孫)を主人公とした『硝煙に消える』で1992年にデビュー。ニック三部作、単発作品『野獣よ牙を研げ』を経て、本書でブレイクしたとのこと。本書は、ワシントンD.C.を舞台とした「D.C.カルテット」の第1作となる。映画やテレビのプロデューサーやテレビの脚本家としても活躍している。
 文春東西ミステリーベスト2012年版全読破用に購入。リストを見るまで、まったく知らなかった作家。この頃は今よりも極端なぐらい国産物中心だったこともあり、海外物の情報がほとんど耳にしていないころだったが、それでも東西ベストに入るぐらいの本なら少しは記憶していてもおかしくはないはず。そう思って調べてみたが、本家の文春ベスト10にも入っていない。帯を見ると、ミステリチャンネルでは第1位を取っているとのこと。ミステリチャンネル、あったね。全然見ていなかったけれど。
 ギリシャ系移民の二世であるビート・カラスが主人公。イタリア系のジョー・レセポ、アイルランド系のジミー・ボイルは子供のころからの友人付き合い。戦争から帰ってきて、ギャングのバークの下のチンピラをしている。端正な顔立ちで、結婚しているが、女にはモテる。しかし非常になり切れず仕事に失敗したビートは、見せしめで手下たちに足を折られ、不自然に曲がってしまった。それから三年後、ビートはバークの片腕となったジョーと対面する。
 第一章は1933年のワシントンD.C.。メインの舞台となる第五章は1949年。エピローグは1959年。当時のアメリカを駆け抜けていったような作品である。移民であふれかえったあの頃のアメリカの描写が抜群にうまい。いや、正しいかどうかなんてのは知らないのだが、読んでいるうちに情景が浮かび上がってくる。そしてビートやジョー、ジミーなどの当時の幼馴染たちが物語と密接に絡み、駆け抜けてゆく。
 メインはバークが用心棒代として、ビートが働いているレストランのオーナーであるニック・ステファノス(ニック三部作の主人公の祖父に当たるとのこと)のところに脅しに来るところなのだが、他に連続して発生した娼婦連続殺人事件が絡んでくる。物語の展開にも気を取られるし、ビートやジョーたちとのやり取りにも心を奪われる。前半でじっくりと筆を費やされている分、登場人物の造形がはっきりしており、感情移入しやすい。薬づけにされて売春婦となったローラを探しに来た少年マイクも含め、どの登場人物にも目が離せなくなるのだ。すごい巧い。さらに骨太のハードボイルドなのに、どこか哀愁漂うムードが素晴らしい。読み終わって、思わずうなってしまった。
 なんでこんな傑作を今まで知らなかったのだろう。すごいわ、これは。続編も邦訳されているので、早く読みたい。

櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』(創元推理文庫)

サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)

サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)

  • 作者:櫻田 智也
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: 文庫
 

 ホームレスを強制退去させた公園の治安を守るため、ボランティアで見回り隊が結成された。ある夜、見回り中の吉森は、公園にいた奇妙な来訪者たちを追い出す。ところが翌朝、そのうちのひとりが死体で発見された! 事件が気になる吉森に、公園で出会った昆虫オタクのとぼけた青年・魞沢(えりさわ)が、真相を解き明かす。観光地化に失敗した高原でのひそかな計画、<ナナフシ>というバーの常連客を襲った悲劇の謎。5つの事件の構図は、魞沢の名推理で鮮やかに反転する! 第10回ミステリーズ!新人賞を受賞した表題作を含む、軽快な筆致で描くミステリ連作集。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』掲載作品に書き下ろし2編を加え、2017年11月、東京創元社ミステリ・フロンティアより単行本刊行。2020年4月、文庫化。

 

 探偵役は魞沢泉(えりさわ せん)。「えり」は魚編に入と書く。見た目は三十代半ば。昆虫採集で色々なところを回っている。頼むから、環境依存文字を名前に使うのはやめてくれ。書きづらいったらありゃしない。
 公園にホームレスを居つかせないための見回り隊の吉村はその夜、公園にいた年齢差カップル、私立探偵、そしてカブトムシを採集しようとした魞沢と名乗る青年を追い出す。ところが次の日の朝、私立探偵が公園で殺されているのが発見された。2013年、第10回ミステリーズ!新人賞を受賞作「サーチライトと誘蛾灯」。探偵役魞沢のとぼけた味は、確かに亜愛一郎につながるものはあるが、デビュー作である「DL2号機事件」と比べると事件や謎は平凡だし、論理性の面白さもない。まあ、味がよい作品ではあった。
 奥羽山脈北部のアマクナイ高原に5年ぶりに訪れた瀬能丸江。そこでは5年前、観光地化の方向性をめぐってボランティアが分裂してしまった過去があった。瀬能にはある目的と計画があったが、魞沢と出会ったことで予想もしない方向へ流れていく。「ホバリング・バタフライ」。意外な方向へ物語が流れていく展開は面白く、最後の余韻が美しい。
 バー「ナナフシ」で倉田詠一が会ったのは、常連客の保科敏之、そして初めて会った魞沢。遅れてきたのは敏之の妻、結。二人は一緒に帰っていったが、翌日、敏之が殺され、妻が取り調べを受ける。「ナナフシの夜」。手がかりの出し方がちょっと露骨。愛のむなしさを語る作品なんだろうが。
 旅館の主人である兼城譲吉は、夜に近所で起きた火事の現場で、客の?魞沢と出会う。不意に35年前を思い起こした兼城は、魞沢と宿に戻り酒を飲みながら、写真家希望の青年が起こした火事と、玄関に飾ってある見事な昆虫の標本の関係について話す。第71回日本推理作家協会賞短編部門候補作「火事と標本」。少年時代の悲しい思い出が、魞沢の一言でガラッと様変わりする結末は圧巻。あまりにも哀しいトーンも含め、本作品集中のベスト。
 教会で牧師が殺害され、中学三年生の息子が行方不明となった。教会にいた魞沢が、謎解きをする。「アドベントの繭」。謎解きがそのまま救いになるパターン。ちょっとした手掛かりから犯人を導き出す論理性は良かった。

 

 確かにブラウン神父、亜愛一郎の系統を引き継いでいるとはいえるが、二人と違うところは探偵役である魞沢泉のキャラクターが弱いところ。とぼけた味は面白いところあるが、突飛な動きをするわけでもなく、印象が希薄なのである。それ以上に、解決した事件の印象が弱い。不可思議な事件と、アッという奇抜な論理性、そして意外な結末。これらがそろわないと、後継ぎといわれるにはちょっと荷が重いだろう。
 所々はおっと思わせるものがあったので、次に期待したい。ということで、早速『蟬かえる』を手に取ったのだが、こちらは非常に満足した。こちらの感想は後日。

ロバート・ゴダード『蒼穹のかなたへ』上下(文春文庫)

 讒言で会社を追われ、元の部下で現国防次官ダイサートの世話でロードス島の別荘番として酒と倦怠の日々を送る中年男ハリーの前に現れたのは清楚な娘ヘザー。ギリシャの風に吹かれる夢のような毎日。だがヘザーの突然の失踪。なぜなのだ? 苦しい疑問を解くべく祖国イギリスに立ち帰ったハリーを待ち受けていた大いなる陰謀。(上巻粗筋紹介より引用)
 ギリシャロードス島山頂付近で姿を消した娘ヘザーの謎を解くべくイギリスへ戻ったハリーの前に立ちはだかる疑惑の壁。だが、戦友にだまされ、上司の息子の讒言で会社を追われ、酒に溺れる冴えない中年男にも骨はあった。次第に明らかになる大いなる陰謀とは? 人の善意の恐さを語って尽きない鬼才が展開するゴシック・ロマン。(下巻粗筋紹介より引用)
 1990年、イギリスで発表。1997年8月、邦訳刊行。

 

 久方ぶりのゴダードの傑作をダンボールの奥底から取り出す。もう20年以上前になるので、毎度のことながら、いつなぜ買ったのかの記憶すらない。
 9年前から英国の下院議員の別荘の管理人としてギリシャに住む53歳、独身のハリー・バーネットの元へ、27歳のヘザー・マレンダーが現れる。ハリーはかつて、ヘザーの父と友人で、一緒に働いていた。数日後、ドライブの途中でヘザーが失踪した。警察はハリーを疑うも、証拠がなく放免される。ハリーは疑問を解くため、イギリスに戻る。
 まあ、ここまではいいんだけど、こんな冴えない中年男に色々と話すかね……。訪問した瞬間に追い出されるとしか思えないのだが。それは冗談として、上巻はひたすらハリーが動き回るだけで、会話や説明がくどく、なんとももどかしい。まあこれぐらい長い方が、背景の複雑さを現している感があるのも事実だが。絡まっている人間関係が、ハリーの行動で少しずつほどけていくうちに、大きな陰謀が明らかになってくる。この辺りの見せ方は、さすがゴダードと言わせる巧さである。
 ただね、似たような中年男の私としては、ハリーにあまり共感しないんだよな(別に飲んだくれているわけではないけれど)。なんかみじめさについては鏡で見ているようだし、ハリーほどの行動力と意地はないので絶望感を感じるし。主人公に感情移入できなかった分、ちょっと冗長に感じたな。まあ、単純に私的な理由でだけど。
 ゴダードのうまさを十分発揮した作品だとは思う。ごめん、自分勝手な部分でちょっと楽しめなかった。

羽生善治九段が豊島将之竜王への挑戦権を獲得

 50歳代で将棋のタイトル戦に登場したのは土居市太郎、大山康晴升田幸三二上達也米長邦雄だけ。50歳代のタイトル保持者は大山、二上、米長の三人。50歳代のタイトル挑戦者は土居、升田、大山の三人。50歳代でタイトルに挑戦して奪取したのは大山のみ。塚田正夫加藤一二三中原誠谷川浩司も50歳代でのタイトル戦登場はない。

 50歳になる羽生が四強(渡辺、永瀬、藤井、豊島)の一角にどう仕掛けるのかが楽しみ。それとも逆に羽生が相手の得意戦法を受け止める王道の将棋を指すのか。

 藤井ブームに誘われ、将棋熱を少し取り戻しました。『将棋世界』も今年になってから買うようになったけれど、詰将棋が全然解けない。頭のトレーニングだと思い、錆びついた思考能力に少しでも油を刺そうと思っているのだが、こびりついた錆はなかなか取れないものだ。

石沢英太郎『21人の視点』(光文社文庫)

21人の視点 (光文社文庫)
 

  「彼」の許に届いた一通の手紙。それは、17年まえの国有地払い下げにからむ汚職事件の真相を暴いた親書だった。K省の課長補佐だった「彼」の父に責任を負わせ、自殺に至らせた殺される価値のある成功者たち! 「彼」の復讐計画は静かに進行する……。
 新しい多元的描写を推理小説にとりいれた長編意欲作!(粗筋紹介より引用)
 『赤旗』日曜版1975年1月~12月連載。連載時タイトル「石の怒り」。大幅な補訂を施し、1978年9月、カッパノベルスより刊行。1985年7月、光文社文庫化。

 

 タイトルにある通り、21人の視点から語られるエピソードにより、復讐譚が浮かび上がる構成となっている。解説の土屋隆夫が言うように、多シーン描写という表現のほうがぴったり来る。一番短いのは、わずか2ページ。こういう手法を使うと、徐々に事件の全貌が明らかになっていき、その過程は楽しめる。復讐譚とは関係のない事件が絡んだりするところは面白い。こういう手法ならでは、といったところだろう。
 ただ、肝心の復讐譚が面白くない。序盤の脅迫部分なんて、本当に実行可能なのかどうか疑問に思うところもあるのだが、そういったところはスルーされている。中盤が面白い分、逆にがっかりしてしまった。多分、そういう整合性について作者はあまり気にしていないのだろう。あくまで事件で通り過ぎた多くの視点を絡める方に重点を置いている。こういう構成だったら、最後に鮮やかな解決シーンがあった方が、より映えると思うのだが、どうだろうか。
 作者の長編はあまり読んでいないのだが、やっぱり短編のほうが面白いかな。狙いすぎて、仕上がりが今一つだった。
 作者の短編集、復刊しませんかね。創元推理文庫あたりで。