平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

ドナルド・E・ウェストレイク『嘘じゃないんだ!』(ミステリアス・プレス文庫)

  もちろんサラだって、自分が入社したのがゴシップ新聞社なのは知っていた。けれど、彼女が目撃した他殺死体の話がボツにされ、かわりにポテトチップ・ダイエット法を取材させらえるとは――殺人なんてそっちのけ、イカレた業界でオカシな取材に東奔西走する女新米記者の活躍やいかに? 鬼才がそのエンターテイナーぶりを存分に発揮した超オモシロイ最新作。(粗筋紹介より引用)
 1988年、発表。1991年2月、邦訳刊行。

 

 久しぶりにウェストレイクの本を手に取った。それにしても、カバーと内容が全然一致しない。
 主人公のサラ・ジョスリンといい、上司のジャック・インガーソルといい、どっかぶっ飛んでいる。そりゃゴシップ紙とトンデモネタがメインテーマだから当然と言えば当然なんだが。それでもここまで暴走する、という展開が面白いんだが、ちょっと胃もたれしたかな。ドタバタというよりも悪乗りという表現のほうがあっているか。作者も好き放題やっているなあ、という印象を持った。
 内容はとんでもないけれど、生活描写がやけにリアルなのには笑えた。主人公なのにここまで突き放す作者というのも笑っちゃうというか。いや、本当、作者がやりたい放題。サラとジャックの関係性も変化も楽しいし。二人の暴走からの逆転劇を楽しみゃいいというのはわかるんだけどね。記事ごとに小分けした構成も連絡短編集ぽくって面白かったし。
 エンターテイメントに徹した作品という印象。作者、書いていて楽しかっただろうなあ。

小泉悦次『史論―力道山道場三羽烏』(辰巳出版)

史論‐力道山道場三羽烏 (G SPIRITS BOOK)

史論‐力道山道場三羽烏 (G SPIRITS BOOK)

  • 作者:小泉 悦次
  • 発売日: 2020/05/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  力道山が産み落とした3人の弟子が織りなす“冷戦時代の日・米・韓プロレス史”。馬場vs猪木vs大木の20年戦争「力道山の後継者」は誰だ?
 「アメリカマット界のレスリングウォー」、「極秘裏に行われた力道山の登韓」、「世界3大王座連続挑戦」、「ヒューストンの惨劇」、「最初の目玉くり抜きマッチ」、「日韓国交正常化」、「大熊元司リンチ事件」、「グレート東郷殴打事件」、「日本プロレスのクーデター未遂騒動」、「韓国大統領・朴正煕の暗殺」――複雑に絡み合う物語を紐解きながら、隠された史実を読み解く。(帯より引用)

 『Gスピリッツ』に連載された「ショーヘイ・ババのアメリカ武者修行」「キンタロウ・オオキのアメリカ武者修行」「カンジ・イノキのアメリカ武者修行」を大幅に加筆修正し、新たな書下ろしを加え、2020年6月刊行。

 

 「力道山道場三羽烏」と称されたのはジャイアント馬場アントニオ猪木大木金太郎の3人である。ちなみにデビューは、大木が1959年9月4日(樋口寛治に負け)、馬場と猪木が1960年9月30日である(馬場は田中米太郎に勝ち、猪木は大木に負け)。最も三羽烏と呼ばれるようになったのは後年の話らしい。1960年時点で馬場は22歳、猪木は19歳、大木は27歳(サバを読んでいて、実際は30歳)だった。
 日本プロレスの頃は様々な証言がなされ、出版物も多いが、当時は記録が完全ではなかったこともあり、また記憶違いなどもあって不完全な部分も多い。当時の日本プロレス暴力団が絡んでいた(これは当時の芸能界なども同じ)こともあり、表に出せない部分も多かったと思われる。記憶違いや自分に都合の良い発言もあるため、食い違っている部分も多い。作者は丹念に記録を追い、プロレス史の実像に迫っている。
 海外にもプロレスマニアがいて、様々な記録を保管、公開しているのは知っているが、それにしても馬場、猪木、大木のアメリカ武者修行時代の全試合記録を負うのは相当なことだっただろう。また韓国時代の大木のプロレスの記録を追うのも大変だったと思われる。特に韓国は朴正煕大統領時代であり、政権にとって都合の悪い部分など簡単に消されていた時代だ。まずその労力に拍手を送りたいし、辻褄の合わないデータの取捨選択の確かさに感嘆するばかりである。
 馬場の世界三大タイトル挑戦の「真相」、意外と活躍していた渡米時代の猪木など、アメリレスリングウォーや日本プロレスとの絡み方が、知らなかった一面を見せてくれた。
 特に本書は、馬場と猪木の下に着くしかなかった大木金太郎の悲劇と密接につながっている。早期帰国やヒューストンの惨劇(ルー・テーズにセメントを挑んで返り討ち)、日韓国交正常化など、力道山になりたくて、とうとうなれなかった大木金太郎と時代の移り変わりの絡み方が泣けてくる。この本ではほとんど触れられていないが、猪木と馬場が去り、ようやく日本プロレスのトップになったと思ったら人気が急落してあっという間につぶれたという残酷さと、大木の時代の読めなさが悲しい。もちろんこういう事態になったのも、大木自身に原因があるのだが。もし力道山が生きていたら、大木は韓国で力道山の名をついてでいただろうか。それとも日本でトップを取っていただろうか。
 プロレスが政治や世間と密接につながっていたことを示すデータになっていることも興味深い。日米間のプロレス史を知るうえで、貴重な一冊だろう。それにしてもプロレスは、いつの時代でも語るものがあって、そして現代につながっていることが実に興味深い。

『お笑いスター誕生!!』の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/star.html
お笑いスター誕生!!」新規情報を追加。

松竹梅の女装テレビパロディコント。コント山口君と竹田君以来の100点満点を達成したネタ。この頃の人気は、ウンナンに匹敵するぐらい凄まじいものだったらしい。もし解散していなかったら、どうなっていただろう。

越中詩郎・小林邦昭・木村健悟・ザ・グレート・カブキ・青柳政司・齋藤彰俊・AKIRA『平成維震軍 「覇」道に生きた男たち』(辰巳出版)

  誠心会館との抗争、選手会vs犯選手会同盟、WARとの対抗戦、頓挫した2部リーグ構想、そして、現場監督・長州力と俺たちの関係…“本隊”とは真逆の視点から90年代の新日本プロレスを紐解く。(帯より引用)
 2020年1月、刊行。

 

 武藤敬司蝶野正洋橋本真也の「闘魂三銃士」、さらに佐々木健介馳浩が出てきて、新日本プロレスの中心に躍り出て、長州力藤波辰巳ビッグバン・ベイダーなどと激闘を繰り広げる1990年代前半。旧世代と三銃士世代の間に挟まれて燻っていた中堅レスラーたち。しかしそんな彼らが、団体から見たら全くのアクシデントともいえる誠心会館との抗争から表舞台に出てきて、一大ムーブメントとなる。それが平成維震群。メンバーを見れば、かつてはメインに出ながらも、その頃は中堅と呼ばれて第三試合あたりで言い方が悪いがお茶を濁さざるを得なかったレスラーが多い。しかし昭和を生きたレスラーたちは、簡単には引き下がらなかった。隙があればトップに出ようとし、チャンスは見逃さない。小林邦明と齋藤彰俊の一騎打ちは、あまりにも殺伐としていて興奮したものだ。今の新日本プロレスはスポーツライクになったが、当時は創設者アントニオ猪木のころからの殺伐した雰囲気も時に求められていた。
 そんな時代を駆け抜けた男たちの証言がここにある。小林・斎藤・越中・青柳・木村・カブキ・AKIRAの順に書かれ、当時のことを証言している。考えてみると、最初から最後まで通して活躍したメンバーがいないことに驚く。リーダーだった越中にしても、途中長期欠場している。1990年代後半になると初期の輝きも薄れ、存在価値が見いだせなくなっているところもあるが、1992年の半選手会同盟から1999年の解散までの7年間、これだけ長期のユニットが活躍したのは、新日本プロレスでは初めてといっていいだろう。今でも「マスターズ」でその雄姿を見ることができるのが凄い。ファンたちにも忘れられないユニットなのだと思う。
 中身を読むと、当時の臨場感が伝わってくる。WINGでメインを張っていたとはいえ、プロレスラーのキャリアはほとんどない齋藤彰俊の緊張感が凄い。また生き馬の目を抜く様な当時の新日本で、戦いを求めてチャンスを逃さない小林邦昭はさすがとしか言いようがない。小林から見たら、新日本と全日本のレスラーの違いも興味深い。受けが最初の全日本と、攻めが最初の新日本の違いがよく出てきている。越中・小林と、本体のメンバーが対立したのがガチだった部分も、今読むと改めて感慨深い。若いレスラーたちから見たら、やっとメインで戦えるようになったのに、燻っていた面々がしゃしゃり出てきて、という印象なのだろう。また、特に小林が現場監督の長州力と深い関係にあったことから、選手会と経営者サイドとの疑心暗鬼な部分が興味深い。WARとの対抗戦の裏話も興味深い。また、長州力という男のレスラーを守ろうとする姿は心打たれる。色々言われたこともあったが、自分の団体のレスラーだけは守ろうとする姿は本当に美しい。
 カブキがプロレス生活で最も楽しかった、というのもわかる気がする。言い方は悪いが、メインは張れてもスターにはなれない職人レスラーと不器用なレスラーが集まったからこそ、ファンの支持を受けたのだろう。齋藤彰俊なんて、もっと表に出してもよかったと思うけれどね。当時はスターになれる面構えをしていた。
 メンバーの中で、後藤達俊小原道由が執筆陣に加わっていない。小原は一般人となったからだろうが、後藤の名前がないのは残念だ。後藤は今は行方不明で、プロレスラー仲間でさえも連絡がつけられない状況らしい。
 1990年代の黄金期の新日本の、闘魂三銃士たちとは違うもう一つの新日本プロレスを証言する貴重な一冊。できれば経営サイドからの証言も欲しかったが、それはいずれ書かれるだろう。