平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

小暮俊作『帰らざる日々』(幻冬舎)

帰らざる日々

帰らざる日々

  • 作者:小暮 俊作
  • 発売日: 2005/12/01
  • メディア: 単行本
 

 元ヤクザの道上謙介は九年間の服役後、出所し、いまは足を洗って、町工場で平凡だが幸福な毎日を送っていた。ある日かつて属していた組織の組長・畑中が襲撃され、謙介は妙な胸騒ぎを覚える。襲ったのは、昔の恋人・麗子ではないのか――。悪い予感は当たり、同時に麗子が余命幾許もない身体であることを知る。組織のアジトに監禁され、凌辱の限りを尽くされる麗子をすぐに救い出さねばならない。そこには当然、「死」以外の選択肢はない。が、麗子との「約束」を守るため謙介は単身、乗り込んだ――。幻冬舎アウトロー大賞小説、初受賞! 短くも美しく燃え尽きるアウトローたちの世界を、スピード感あふれる筆致で活写した衝撃のデビュー作。(BOOKデータサービスより引用)
 2005年、第3回幻冬舎アウトロー大賞(小説部門)受賞。応募時タイトル「契り」。応募時名義樹真理。2005年12月、単行本刊行。

 

 はっきり書きます。聞いたことがない賞でした。調べてみると、9回までやっています。受賞者のラインナップを見ても、知らない人ばかり。巻末の募集要項を見ると、ノンフィクション・ドキュメンタリー部門、小説部門、漫画部門の3つがあるが、漫画部門はだれも受賞していない。締め切りを見たら、毎月末ってなっているし、作者紹介を見ても“第3回”って書いていない。どこまで本気だったんだろう。
 小説部門初めての受賞とあるが、どこがよかったのかはさっぱりわからない。道上謙介は侠進会黒崎組組員だったが、10年前に黒崎組長を襲撃された仕返しとして若頭畑中の命を受け、河北一家の頭目を拳銃で殺害し、懲役12年の刑を受けた。しかしこの抗争は、畑中と、河北一家の若頭が仕組んだものだった。当時17歳で謙介の恋人でもあった麗子は、畑中に財産を奪われ、水商売に流れる。9年で仮出所した謙介は偶然の出来事から町工場で働いていたが、黒崎の墓参りで麗子と再会。その時はそのまま別れたが、麗子は癌に侵され余命半年の命だった。麗子は拳銃で畑中の命を取ろうとしたが失敗。捕らわれ、畑中の子飼いである色事師二人に凌辱される。謙介はかつての約束を思い出し、助けに向かう。
 なんとまあ古臭い筋立て。あまりにも古臭い任侠精神。25歳で直系組長って、どんな冗談。新しいところは何一つなし。無駄に長い凌辱シーンは読んでいて不愉快なだけ。少しぐらい、目新しいアイディアは入れられなかったのだろうか。これで文章に力があればまだ読める作品になっていたのだろうが、描写不足・説明不足が目立ち、いいところがない。最後の襲撃シーンなんて、あまりにも雑すぎる展開。仮にも組長でしょう、あなた。
 誉めるところなし。よくぞ出版したものだと言いたいぐらい。作者は会社員、飲食店従業員、コピーライターを経て、応募時はバーテンダー。本作受賞後の執筆は見られない。

 

 機能更新しようと思って準備していたのに忘れていた。空いた時間を見計らいアップする。

森晶麿『黒猫の遊歩あるいは美学講義』(早川書房)

黒猫の遊歩あるいは美学講義

黒猫の遊歩あるいは美学講義

  • 作者:森 晶麿
  • 発売日: 2011/10/21
  • メディア: 単行本
 

  でたらめな地図に隠された意味、しゃべる壁に隔てられた青年、川に振りかけられた香水、現れた住職と失踪した研究者、頭蓋骨を探す映画監督、楽器なしで奏でられる音楽。日常のなかにふと顔をのぞかせる、幻想と現実が交差する瞬間。美学・芸術学を専門とする若き大学教授、通称「黒猫」は、美学理論の講義を通して、その謎を解き明かしてゆく。(粗筋紹介より引用)
 2011年、第1回アガサ・クリスティー賞受賞。加筆のうえ、2011年10月、刊行。

 

 「第一話 月まで」「第二話 壁と模倣」「第三話 水のレトリック」「第四話 秘すれば花」「第五話 頭蓋骨のなかで」「第六話 月と王様」の六編を収録。探偵役はパリから帰ってきたばかりの、24歳で教授職に就いた天才の「黒猫」。ワトソン役は大学時代からの知り合いで同い年、今はポオを研究している博士課程一年目の「付き人」。話のいずれもがポオの作品に絡んでくる。
 美学理論を駆使する長身美形の天才が「黒猫」なのだが、描写に乏しく、どんな人物なのだかさっぱり浮かんでこない。相棒である「付き人」の女性についても同様。まあ、表紙のイラストでだいぶ助かっている気がする。いわゆる「日常の謎」もので、謎そのものが小粒。美学講義と称して作者の文学論や美学理論が押し付けられるところはちょっと閉口した。ただそれを除くと、人間ドラマとしてはわりとうまくまとまっていたと思う。お約束としか思えないような探偵役とワトソン役のほのかなロマンスも、続編を望むあざとさは見えるものの、内容としては悪くない。
 軽めの作品で、クリスティーとは合わない気もするが、それなりに面白く読むことはできた。予想通りシリーズ化されているようだが、結末だけ教えてほしい。

深木章子『鬼畜の家』(原書房)

鬼畜の家 (a rose city fukuyama)

鬼畜の家 (a rose city fukuyama)

  • 作者:深木章子
  • 発売日: 2011/04/25
  • メディア: 単行本
 

  「おとうさんはおかあさんが殺しました。おねえさんもおかあさんが殺しました。おにいさんはおかあさんと死にました。わたしはおかあさんに殺されるところでした……」 保険金目当てで家族に手をかけてゆく母親。その母親も自動車もろとも夜の海に沈み、末娘だけが生き残ることになった。母親による巧妙な殺人計画、娘への殺人教唆、資産の収奪…… 信じがたい「鬼畜の家」の実体が、娘の口から明らかにされてゆく。(内容紹介より引用)
 2010年、第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。2011年4月、原書房より単行本刊行。

 作者は元弁護士で、60歳でリタイア後、執筆活動を開始している。


 正直、まったくノーマークの新人賞なので、なぜ手に取っていたのか全然覚えていない。調べてみると、受賞後も結構著書を出しているのね。本格ミステリ大賞の候補になっているのに、全然調べもしなかったし。
 唯一生き残った末娘からの依頼を受け、元刑事で私立探偵の男が関係者に聴いていくうちに、北川家で起きていた「鬼畜の家」の実態が明らかになっていく。まあ、はっきり言っちゃうとよくある手法。構成で驚く部分がないので、あとは中身がどうかな、というところ。殺人を繰り返し、保険金を得ていくというパターンはありがちだが、弁護士出身の作者らしい味付けや法律知識が出てくるとこは、ほかの作品とちょっとした違いの味を提供している。ただ、ラストの謎解きはありがちな展開でそれほど驚くものではなかった。しかも、頭の中で浮かべてみると無理だろうと思わせる内容で、かなり興覚め。この手の作品だったら、もうちょっとリアリティが欲しかった。
 元弁護士という割には文章の硬さが少なく、意外と読みやすい。せっかくだから知識を生かした作品を書いてほしいと思った。

東京地裁が伊原康介受刑者の再審請求を棄却

 全然記憶がなかったので誰だっけ、と思って調べてみたら、無期懲役判決リスト2005年に再審請求したとちゃんと記載してあった。記憶力の低下が激しくていやになる。
 2015年に再審請求して、約5年で地裁の決定。日弁連も支援しているし、救援しているサイトを見てみると確かに疑問点はあるようだが、やっぱり現場に指紋が残っていたというのを覆すのは難しそう。
 例年、年度末となる3月は異動があるからかどうかはわからないが、再審請求とかの決定が結構出ているイメージがある(統計を取ったことはない)。今年もあるかと思ったが、予想外なところで記事があった。記事になる判断基準がわからないが、伊原受刑囚の場合、日弁連のプッシュだろうな……。

多岐川恭『落ちる』(創元推理文庫)

落ちる (創元推理文庫)

落ちる (創元推理文庫)

 

 旧<宝石>誌に投じた「みかん山」でデビューした多岐川恭は、白家太郎の筆名でスタートしたのち長編『氷柱』の刊行に際して多岐川恭名義となり、同年『濡れた心』で第四回江戸川乱歩賞を受賞、第一作品集『落ちる』を上梓するなど一気呵成に作家活動の開花期を迎えた感がある。自己破壊の衝動に苛まれる男を描く「落ちる」、江戸川乱歩が“云いしれぬ妙味”と評した「ある脅迫」、間然するところのない倒叙作品「笑う男」――第四十回直木賞を受賞した三編など、第一作品集を核に活動初期の秀作十編を収める。(粗筋紹介より引用)
 第40回(昭和33年度下半期) 直木賞を受賞した「落ちる」「ある脅迫」「笑う男」を含む7編を収録した短編集『落ちる』(河出書房新社,1958年11月)に、『宝石』短篇探偵小説懸賞佳作を受賞し、白家太郎名義で発表したデビュー作「みかん山」や「黒い木の葉」「二夜の女」を収録した短編集。2001年6月、刊行。

 

 自己破壊の本能を過度に具えたおれは、妻と主治医が浮気をしていると疑う。「落ちる」。
 大学生の私は、下宿の向かいに住む若い笹野夫婦とちょっとしたことから友達となった。しかし夫のほうは私に告白し、そして妻のほうは絞殺された。「猫」。
 九州にあるホテル兼下宿屋の望海荘の二階で、政治運動家の男が拳銃で頭を撃たれて死んだ。居合わせた人は皆下の応接間に居たので自殺と思われたが、凶器の拳銃は見つからず、そして2m程度離れて撃たれたものと判明した。「ヒーローの死」。
 臆病な中年万年銀行社員の男が宿直の夜、銀行強盗が入ってきた。この強盗の正体は意外な男だった。「ある脅迫」。
 今は金融業を営む男だったが、市役所時代、ある建築会社に利便を図り多額の金を得たことがあった。その時の事情を知るかつての部下は二号となったが、当時の上司の収賄が発覚し自殺。万が一を考え、男は二号を殺害する。関係は誰にも知られておらず、迷宮入りするかと思われたが、ある証拠のことを思い出し、男は事件現場に戻る。「笑う男」。<
 独り暮らしで資産家の老人は、若い甥夫婦を自宅に住まわせることにした。ところが甥夫婦はその本性を現し、川で転落死したように見せかけ、物置に監禁してしまう。「私は死んでいる」。
 結婚してから半年もたたないうちに、夫が無理心中を図り死亡、そして若妻はなんとか逃げ出して助かった。十歳以上離れている夫の嫉妬の果てに見えた事件だったが。「かわいい女」。
 太平洋戦争以前、みかん山の経営者の妹である早苗は、高等学校の寮に住む私たちにとっての憧れであった。私たちがみかん山でみかんを注文し早苗と話をしていると、早苗と付き合っているらしい学生が早苗の家にやってきた。皆に冷やかされた早苗は家に行くも、早苗は悲鳴を上げた。学生は殺害されており、家にいた兄が容疑者となった。「みかん山」。
 入院中の少女のもとへ通う少年。しかし少年の父親は、少女の母親の元恋人で、今も売れないアル中の画家だった。そのことを知った母親は二人の交際を禁じるが、二人は木の葉の合図を出し、親がいないときにひそかに会っていた。しかしある日、少女が殺害される。「黒い木の葉」。
 旅館へ療養に来た名和は、公衆浴場で出会った女と親しくなる。「二夜の女」。

 

 短編「落ちる」は読んでいたが、短編集『落ちる』は読んでいなかったな……と思って手に取った一冊。書かれている時代こそ昭和20~30年代だが、平成の今になっても古くささを感じさせない瑞々しさはさすがというべきか。「落ちる」における心理描写の巧みさと衝撃の結末、「ある脅迫」の奇妙な設定、「笑う男」の不安感と心の揺れ、「私は死んでいる」に漂う不思議なユーモア、「かわいい女」の意外な素顔。非常に読みごたえのある作品群だ。「猫」「ヒーローの死」は本格推理小説だが、逆に物足りない。多岐川恭らしさが足りないと言ってしまえばそれまでだが、作者の本領はやはり別のところにあったのだろう。
 処女作「みかん山」は若書きに近い短編。逆に同じく白家名義の「黒い木の葉」は少年時代の潔癖さと純情さが描かれており、実に興味深い。「二夜の女」は打って変わって抒情性あふれる佳品。男と女の機微が美しい。
 多岐川恭と言えば売れっ子になった後は量産作家になったイメージがあるものの、やはり初期作品は力が入っており、非常に読みごたえがある。それは短編でも同様であったことが再確認された一冊。もっと評価されてもいいだろう