平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

野村胡堂『櫛の文字 銭形平次ミステリ傑作選』(創元推理文庫)

  神田明神下に住む、凄腕の岡っ引・銭形平次投げ銭と卓越した推理力を武器にして、子分のガラッ八と共に、江戸で起こる様々な事件に立ち向かっていく! 見せ物小屋にて、水槽で泳ぐ美女ふたりのうちひとりが殺された謎を解く「人魚の死」。暗号が彫られた櫛をきっかけに殺人が起こる「櫛の文字」。評判の良い美人の妾が奉公した材木屋で、店を脅かす事態が発生する「小便組貞女」。世間を騒がす怪盗の意外な正体を暴く「鼬小僧の正体」。383編にも及ぶ捕物帳のスーパーヒーローの活躍譚から、ミステリに特化した傑作17編を収録した決定版。(粗筋紹介より引用)
 「振袖源太」「人肌地蔵」「人魚の死」「平次女難」「花見の仇討」「がらッ八手柄話」「女の足跡」「雪の夜」「槍の折れ」「生き葬い」「櫛の文字」「小便組貞女」「罠に落ちた女」「風呂場の
秘密」「鼬小僧の正体」「三つの菓子」「猫の首環」の17編を収録。2019年1月、刊行。

 

 私は昭和の人なので、銭形平次といったら大川橋蔵大川橋蔵といったら銭形平次なのである。とはいえ、再放送で少し見た程度だけど。半七や人形佐七は光文社や春陽文庫で読んでいるが、銭形平次はほとんど読んでいない。捕物帳の傑作選で読んだことがある程度。なんか平次とお静、八五郎によるホームドラマ混じりの人情物のイメージしかなかったけれど、思ったよりトリッキーな作品もあるのだなと思った次第。それ以上に、失敗した(と世間に見せかける)話もあるのだね。「雪の夜」なんか、そのまま雪の密室ものだし。それに銭を投げて犯人を捕まえるイメージしかなかったけれど、実際にはほとんどないというのも驚き(本作品集には三編あるけれど)。藤原宰太郎に騙されたか、これは(苦笑)。それともテレビのイメージが強すぎたか。
 本作品集はあえて“ミステリ傑作選”の名の通り、ミステリを集めたのだろうけれど、他にもミステリっぽい作品はあるのだろうか。ちょっと興味がわいてきたが、さすがに手を出すのはしんどそう。

宮内悠介『盤上の夜』(東京創元社 創元日本SF叢書2)

盤上の夜 (創元日本SF叢書)

盤上の夜 (創元日本SF叢書)

  • 作者:宮内 悠介
  • 発売日: 2012/03/22
  • メディア: 単行本
 

  相田と由宇は、出会わないほうがいい二人だったのではないか。彼女は四肢を失い、囲碁盤を感覚器とするようになった――若き女流棋士の栄光をつづり、第一回創元SF短編賞山田正紀賞を贈られた表題作にはじまる全六編。同じジャーナリストを語り手にして紡がれる、盤上遊戯、卓上遊戯をめぐる数々の奇蹟の物語。囲碁、チェッカー、麻雀、古代チェス、将棋……対局の果てに、人知を超えたものが現出する。二〇一〇年代を牽引する新しい波。(折り返しより引用)
 第1回創元SF短編賞 山田正紀賞受賞作で囲碁を扱った「盤上の夜」、チェッカーを扱った「人間の王」、麻雀を扱った「清められた卓」、チャトランガを扱った「象を飛ばした王子」、将棋を扱った「千年の虚空」、「盤上の夜」の続編となる「原爆の局」の六編を収録。2012年3月、ソフトカバーで刊行。

 

 5つのボードゲームを扱った短編集。表題作も悪くないが、個人的には「清められた卓」が一番面白かった。歴史から消されたタイトル戦、それは顔ぶれにあった。牌が見えるという若き女教祖、確率統計の天才である9歳の少年、女教祖のかつての婚約者である医者、そして唯一のプロ。なぜ歴史から消されたのか。息詰まる攻防戦と人間模様が面白い。ゲームにまつわるエピソードも面白いが、やはりゲーム展開の面白さも読ませてほしいと思ったのは贅沢だろうか。そしてそれを満たした作品が「清められた卓」だった。まあ、私は将棋ファンで、囲碁やチェッカーはほとんど知らない、というのもあるかもしれないけれど。やはり知っているゲームの作品を読むほうが面白い。
 それにしても、これだけ緊迫した作品を賭ける才能はどうなっているのだろうか。とても面白かった。

東野圭吾『希望の糸』(講談社)

希望の糸

希望の糸

  • 作者:東野 圭吾
  • 発売日: 2019/07/05
  • メディア: ペーパーバック
 

 「死んだ人のことなんか知らない。あたしは、誰かの代わりに生まれてきたんじゃない」ある殺人事件で絡み合う、容疑者そして若き刑事の苦悩。どうしたら、本当の家族になれるのだろうか。
 閑静な住宅街で小さな喫茶店を営む女性が殺された。捜査線上に浮上した常連客だったひとりの男性。災害で二人の子供を失った彼は、深い悩みを抱えていた。容疑者たちの複雑な運命に、若き刑事が挑む。(内容紹介より引用)
 2019年7月、書き下ろし刊行。

 

 加賀恭一郎が出てくるけれど、動くのは従弟の松宮脩平がほとんどなので、番外編になるのかな。
 殺人事件自体は特に捻りがないまま終わってしまうが、その動機、というか背景の方が本筋。それと松宮の過去の話も同時進行で進んでいく。うーん、はっきり言っちゃうと、東野らしいあざとさがここにある。東野がテーマに選ぶ家族とは何か、みたいな部分が前面に出てきてあまり好きになれない。いや、本当に東野が読者を感動させよう、という作り方そのもの。もうね、作りすぎなんだよな。もう少し自然に書けないのだろうかと思ってしまう。
 これ以上はありません。

横溝正史『雪割草』(戎光祥出版)

雪割草

雪割草

  • 作者:横溝正史
  • 発売日: 2018/03/08
  • メディア: 単行本
 

  舞台は、信州諏訪。地元の実力者緒方順造の一人娘有爲子は、旅館鶴屋の一人息子雄司との婚約を突然取り消されてしまう。それは、有爲子が順造の実の娘ではないことが問題とされたためであった。順造は、婚約破棄の怒りから脳出血に倒れ、そのまま還らぬ人となる。出生の秘密を知らされた驚きと順造を喪った悲しみとで呆然とする有爲子であったが、順造の遺した手紙を頼りに、順造の友人賀川俊六を尋ねて上京する。
 東京行きの記者の中で有爲子は、偶然五味美奈子の率いるスキー帰りの一行に遭遇し、その中で一人賀川俊六の息子仁吾の姿を印象に留める。仁吾は、日本画家の大家五味楓香の弟子で将来が有望視されている若手である。
 上京した有爲子は、賀川俊六がすでに亡くなっているのを知り、落胆する。順造の知人恩田勝五郎夫婦を頼った有爲子は、順造が残した財産に目を付けられ、雄司と無理やり引き合わせられそうになる。難を逃れようとして路上に飛び出した有爲子は、自動車にはねられ、病院に運ばれる。やがて意識を回復した有爲子の前にいたのは、あの仁吾であった……。(粗筋紹介より引用)<br>
 『新潟毎日新聞』・『新潟日日新聞』(他紙との統合で紙名変更)1941年6月12日から12月29日まで199回連載。横溝正史の草稿から発見され、調査で掲載紙が判明。2018年3月、単行本刊行。横溝正史の次女で児童文学作家の野本瑠美さんによる特別寄稿「独り言の謎」も収録。

 

 横溝正史幻の長編。存在さえ知られていなかった。走行発見、単行本刊行はニュースにもなった。亡くなって36年も経つのにニュースになるぐらいだから、やはり横溝正史は偉大な作家である。横溝正史はいろいろな作品を書いているが、まさかこんな家庭小説を書いているとは思わなかった。戦時中で探偵小説が書けず、捕物帳にも一部制限がかかるぐらいの状況下だったので、仕方がなかったとは思う。それでも横溝らしい波乱の展開が散りばめられており、稀代のストーリーテラーらしい面白さがやはりあった。
 戦時下らしい表現、言動があるのは仕方がない。今読むと、あまりにも古い考え方も多いだろう。それでも有爲子を始めとする女性登場人物の力強さが十分伝わってくる。戦時下で男性は出征しているから女性が国内を支えろ、みたいなところはあるのだろうけれど、それを除いても女性の強さという点にスポットを当てているのは、なんとなく横溝らしいと思うのは私だけだろうか。<br>
 話題になったのが、賀川仁吾の容姿が金田一耕助に似ていること。それもまた、横溝研究には興味深い内容だろう。
 横溝異色の作品だが、それでも横溝らしさがうかがえる一冊。なぜ今まで横溝がこの作品に触れなかったのか不思議だが、面白い作品だった。

ロス・トーマス『五百万ドルの迷宮』(ハヤカワ・ミステリアスプレス文庫)

 フィリピン新人民軍の指導者を五百万ドルで買収し、香港へ亡命させろ――テロリズムの専門家ストーリングズのもとに大仕事がまいこんできた。彼は工作を手伝ってもらうため、中国人ウーとそのパートナー、デュラントら、海千山千のプロを極東に集結させる。それぞれの思惑が交錯するなか、五百万ドルをめぐる虚々実々のゲームが開始された! 巨匠の代表作。(粗筋紹介より引用)
 1987年発表。1988年9月、ミステリアス・プレス・ブックスより邦訳単行本刊行。1999年5月、文庫化。

 

 サスペンス小説の巨匠であるロス・トーマスの後期の作品。『大博打』に続くウー&デュラントシリーズ。
 いわゆるコン・ゲームものだが、登場人物が一癖も二癖もある者ばかりで、虚々実々な駆け引きが楽しい。自称中国皇帝位継承権主張者のアーサー・ケイス・ウー、傭兵のクインシイ・デュラント、詐欺師のモーリス(アサガイ)・オヴァビイ、テロリズム専門家のブース・ストーリングズ、元シークレット・サーヴィスのジョージア・ブルー。よくぞまあこれだけの人物を集めたものだ。
 もっと波乱万丈な展開になるかと思いきや、話は意外と淡々と進む。それでいて読者の目を引き付ける筆のうまさはさすがだ。登場人物たちが醸し出すユーモアは、そのまま作者の余裕を表しているのだろう。
 名人芸、とはこのことなんだろうなあと思う。素直に心地よさを楽しむ一作。