平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

松浪和夫『エノラゲイ撃墜指令』(新潮社)

エノラゲイ撃墜指令

エノラゲイ撃墜指令

 

  ニューヨークで生まれたハワード・本田は、日本人夫婦の息子なのに青い目を持っている。アメリカと日本の戦争がはじまり、母親は強制収容所で亡くなった。収容所から出た後、父親は車が爆発して亡くなった。そしてハワードは知る。実は父親は、日本のスパイであり、教わった教育はすべてスパイになるためのものであったことを。ハワードはアメリカの原爆の実験状況、そして日本への投下計画を入手し、日本に伝えるが、帰ってきた返信は、詳細な投下標的の入手と原爆工場の爆破命令であった。日本海軍の元少佐でベルンの日本公使館付海軍武官である神坂元はOSSベルン支局員のアレン・ダレスを通じ、和平の交渉を行っていた。
 1991年8月、第4回日本推理サスペンス大賞佳作受賞。1992年2月、単行本刊行。

 

 作者は執筆当時25歳で元銀行員。本作は二度目の挑戦。本作受賞後、寡作ながら執筆を続けている。
 題材的には手垢がついたような作品。原爆投下計画だし、本来だったらもっと複雑な背景を描写すべきだったと思うのだが、内容的には結構シンプル。それなのにまとまりがないのは残念。登場人物の描写が今一つでどういう人物かよくわからないし、色々な場所に動くのだが言葉だけで描写が足りないし、それ以前に内容が整理しきれていない。ハワードの視点・動きと、神坂の視点・動きをもっとわかりやすく書いてほしい。二か月で書いたとのことだが、もっと推敲すべきだったんじゃないだろうか。
 スケールの大きな話になるはずなのに、なぜかこじんまりとしているのが不思議。シンプルな方が書きやすいのはわかるんだけど、やはり違和感だらけ。それは思い込みかな。もっと枚数を使い、書くものだという。やはり、題材に比べてあまりにも内容が弱い。それでも疾走感はあるから、佳作に選ばれたのかな。

 

D・M・ディヴァイン『五番目のコード』(創元推理文庫)

五番目のコード (創元推理文庫)

五番目のコード (創元推理文庫)

 

  八人がわたしの手にかかって死ぬだろう――スコットランドの地方都市ケンバラで、女性教師が何者かに襲われた。この件を皮切りに連続殺人の恐怖が街を覆う。現場に残された、八つの取っ手(コード)がついた棺の絵のカードは何を意味するのか? 弱者ばかりを標的にしたこの一連の事件を取材する新聞記者ビールドは、複数の犠牲者と関わりを持っていたため警察に疑われながらも、自身の人生とキャリアを立て直すために事件を追う。謎の絞殺魔の恐るべき真意とは。読者を驚きの真相へと導く巧者ディヴァインによる傑作。(粗筋紹介より引用)
 1967年発表。1994年9月、現代教養文庫より邦訳刊行。2011年1月、創元推理文庫より刊行。

 

 現代教養文庫で『兄の殺人者』とか出たころ、結構評価されていたけれど、出版社が倒産してそれっきりになっていた。久しぶりにディヴァインを読んでみたけれど、結構面白い。
 本作はかつて大手新聞社の記者で小説も書いていたが、今は田舎の新聞記者が主人公。酒浸り、女好きでどことなく破滅的な人物だが、それでいてどことなく母性本能をくすぐるようなところがちょっとうらやましい。それでいて行動力もあり、本作でも(時には尻を叩かれながらも)事件解決に奔走する。
 主人公だけ見るとハードボイルドっぽいが、謎のほうは本格ミステリ。連続殺人犯はだれか。小さな地方都市での人間ドラマを繰り広げながらも、ジェレミー・ビールドの活躍で意外な犯人が捕まり事件は解決する。さらに、ビールドとヘレン・ローズとの大人のロマンスがなんとももどかしい。謎解きとラブロマンスの両方が楽しめる。
 かつて現代教養から出ていた作品は復刻され、未訳だった作品もどんどん訳される。作者も発表してから50年経って、遠く離れた日本で高評価を得ているとは思いもしなかっただろう。

笠井潔『熾天使の夏』(創元推理文庫)

熾天使の夏 (創元推理文庫)

熾天使の夏 (創元推理文庫)

 

   学生運動に伴うリンチ事件の首謀者として三年間の刑務所生活を終え、男はひっそりと暮らしていた。ある日彼は、自分が尾行されていることに気づく。待ち伏せてみるとそれは昔の仲間であったのだが……。完璧な自殺それが問題だ――頭蓋の奥で響く小さな呟きを意識しながら、植民地都市へ向かい、飛翔を試みた、かつて革命の時を生きた男は何を思い、何を求めるのか? 矢吹駆の罪と罰を書いた、シリーズ第ゼロ作にして、笠井潔の原点! 幻の処女長編テロリズム小説。(粗筋紹介より引用)
 1999年7月、講談社より単行本刊行。2000年12月、講談社文庫化。2008年9月、創元推理文庫化。

 

 矢吹駆シリーズ第ゼロ作。1979年に執筆した『夏の凶器』が元になっている。
 はっきり言うが、矢吹駆シリーズを面白いと思ったことはない。そんな私がなぜこの本を買ったのか、まったく記憶にない。一応読んでみたが、はっきり言ってつまらない。肌に合わない。そもそも当時の学生運動というのが、連合赤軍などのせいだと思うが、どうしても独りよがりで幼稚なものにしか見えてこない点でまず偏見を持っているのだと思う。
 そもそもミステリですらないし、だから何、というのが正直なところ。矢吹の思考に、全くついていけない。それだけ。

犯罪の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html

「高裁係属中の死刑事件リスト」「死刑執行・判決推移」を更新。

 植松聖被告はともかく、大阪高裁が山田浩二死刑囚の控訴取り下げを無効をしれっと取り消したことにちょっと驚いた。これはもつれそう。

福井晴敏『亡国のイージス』上下(講談社文庫)

亡国のイージス 上 (講談社文庫)

亡国のイージス 上 (講談社文庫)

 
亡国のイージス 下(講談社文庫)

亡国のイージス 下(講談社文庫)

 

  在日米軍基地で発生した未曾有の惨事。最新のシステム護衛艦いそかぜ》は、真相をめぐる国家間の策謀にまきこまれ暴走を始める。交わるはずのない男たちの人生が交錯し、ついに守るべき国の形を見失った《楯(イージス)》が、日本にもたらす恐怖とは。日本推理作家協会賞日本冒険小説協会大賞大藪春彦賞をトリプル受賞した長編海洋冒険小説の傑作。(上巻粗筋紹介より引用)
 「現在、本艦の全ミサイルの照準は東京首都圏内に設定されている。その弾頭は通常に非ず」 ついに始まった戦後日本最大の悪夢。戦争を忘れた国家がなす術もなく立ちつくす時、運命の男たちが立ち上がる。自らの誇りと信念を守るために――。すべての日本人に覚醒を促す魂の航路、圧倒的クライマックスへ! (下巻粗筋紹介より引用)
 1999年8月、講談社より書き下ろし刊行。2000年、日本推理作家協会賞日本冒険小説協会大賞、第2回大藪春彦賞を受賞。2002年7月、講談社文庫化。

 

 乱歩賞受賞作『Twelve Y. O.』は周囲に聞くと賛否両論だったが、それは作品のテーマに比べてページ数があまりにも少なすぎたからに過ぎない。私はそう主張していたけれど、本作で一気にその7才能を開花させ、ベストセラー作家になった。こうなると、逆に読む気が失せるんだよなあ(苦笑)。とはいえいつまでも読まないと変だな、と思って時間があるときに手に取ってみた。
 こうして読んでみると、どことなく漫画チック。国防問題とかは納得するところがあるし、北朝鮮も含めて背景はうまく書けているのだが、登場人物がかなり戯画的。なんか単純だな、と思う人が多いのはどうなんだろう。若者ってそんなものかな。それ以上にストーリーが本当にアクション漫画そのもの。下巻あたりからの如月と仙石の動きは、普通に考えれば無理でしょ、と言いたい展開。まあ、楽しく読めたけれどね。楽しく読めたのだけれども、せっかくのテーマが急に軽くなっちゃったな、と読み終わってから感じてしまい、ちょっと残念だった。まあ、重いままの話が進むようじゃエンターテイメントとしては失格だから、ああいう冒険活劇の世界に走るしかなかったんだろうけれど。
 面白いよ、面白い。長いけれど、面白い。そこは認めるけれど、何だかなあ、もっと悲劇的な部分があってもいいのかな、なんて思ってしまう。それともエンターテイメントは、こうあるべきなのかな。

吉来駿作『キタイ』(幻冬舎)

キタイ

キタイ

 

  8人の高校生は、死んだ仲間・葛西を甦らせようと死者復活の儀式・キタイを行う。それから18年、復活を遂げた葛西はキタイの秘密を知る仲間を殺し、永遠の命を得ようとするが……。死者による、時を超えた惨劇が始まる。(「TRC MARC」の商品解説より引用)
 2005年、第6回ホラーサスペンス大賞受賞。加筆修正のうえ、2006年1月、幻冬舎より単行本刊行。

 

 第一章は、18歳の姿のままの葛西が、かつての仲間を殺し続け、女は犯す。第二章は18年前、登場人物の高校時代の話。第三章は、第一章で残った者たちと葛西が対峙する。
 綾辻行人が選評でスティーブン・キングの『IT』や『ペット・セマタリー』を先行作品として挙げていたが、どっちも読んでいない身としてはさっぱりわからない。死者が甦る方法としてはなるほど、ありだなとは思って読んでいたが、対象によって異なる部分があったりしてご都合主義だなと思わせる。そもそも、肝心の中身が読みにくくて辛い。第一章は唐突に視点が変わるし、登場人物の描写が足りなくてどんな人物だかよくわからないまま話は進むしといった次第。そして第二章はなんだか痛々しい高校生がたどたどしく破局に向かっている印象しかない。第三章になってようやくホラーらしさが出てきて、物語もテンポよく進む。登場人物をもっと減らし、過去パートをもっと整理すれば、より怖い作品ができたんじゃないか?
 改善点がいっぱいあって、何だかもったいない。葛西のあくどさをもっと突き詰めて書いた方がよかったと思う。なんかアイディアを整理しきれないまま、勢いだけで書いたような作品だった。