平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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有栖川有栖『カナダ金貨の謎』(講談社ノベルス)

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

 

  民家で発見された男性の絞殺体――殺害現場から持ち去られていたのは、一枚の「金貨」だった。完全犯罪を計画していた犯人を、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖がロジックで追い詰めていく! 表題作「カナダ金貨の謎」ほか、切れ味鋭い中短編「船長が死んだ夜」「エア・キャット」「あるトリックの蹉跌」「トロッコの行方」を収録。待望の“国名シリーズ”第10弾!(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』『ダ・ヴィンチ』アンソロジー他に収録された中短編5編を収録。2019年9月、刊行。


 「船長が死んだ夜」は犯行現場に残された証拠から犯人を導き出す中編。ロジックをここまでお手軽(誉め言葉)に読みやすく書けるのは、有栖川有栖が今はトップだろう。田舎町や登場人物の描写も悪くない。
 「カナダ金貨の謎」は、途中アリスの視点も混じるものの、倒叙物の中編。最後の謎解きはお見事と思ったけれど、犯人側ももう少しどうにか動けなかったのかとは思ってしまう。元プロレスラーのバーテンダー、また見てみたい。
 「トロッコの行方」は、マイケル・サンデルの著書からトロッコ問題に派生した話題からスタートする。とはいえ、トロッコ問題って初めて聞いた。我ながら勉強不足だったが、倫理学では有名だった。ただこの事件だったら、なにもトロッコ問題と関連付けなくてもよかった気もする。その分、余計に長くなって、やや間延びしたのではないか。
 「エア・キャット」は短編。猫好きの作者らしいとはいえるが、どちらかと言えば掌編に近い。箸休めの一編。
 「あるトリックの蹉跌」は、アリスと火村の出会いが描かれた一編。読者サービスみたいな一編だが、最後がいいな。
 手堅いと言ってしまうと申し訳ないが、安心して読める作品集。これは、と唸るような作品こそないものの、本格推理小説の味わいを十分に楽しむことができる。言い方は悪いが、マニアと一般読者の両方が読むことができる作者だろう。そろそろ学生アリスシリーズを完結させてほしいところだが、まずは国名シリーズがまだ続ける意思があることに安心すべきか。

伊吹亜門『刀と傘 明治京洛推理帖』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

刀と傘 (明治京洛推理帖) (ミステリ・フロンティア)

刀と傘 (明治京洛推理帖) (ミステリ・フロンティア)

 

  慶応三年、新政府と旧幕府の対立に揺れる幕末の京都で、若き尾張藩士・鹿野師光は一人の男と邂逅する。名は江藤新平――後に初代司法卿となり、近代日本の司法制度の礎を築く人物である。二人の前には、時代の転換点ゆえに起きる事件が次々に待ち受ける。維新志士の怪死、密室状況で発見される刺殺体、処刑直前に毒殺された囚人――動乱期の陰で生まれた不可解な謎から論理の糸が手繰り寄せる、名もなき人々の悲哀を活写した五つの物語。破格の評価をもって迎えられた第十二回ミステリーズ! 新人賞受賞作「監獄舎の殺人」に連なる時代本格推理、堂々登場。(粗筋紹介より引用)
 「佐賀から来た男」「弾正台切腹事件」「監獄舎の殺人」「桜」「そして、佐賀の乱」の五編を収録。第十二回ミステリーズ! 新人賞受賞作、『ミステリーズ』掲載作品に書き下ろし二編を加え、2018年11月、刊行。2019年、第19回本格ミステリ大賞受賞。

 

 明治維新を舞台に、若き尾張藩士・鹿野師光と江藤新平が謎解きを行う五編を収録。最も単純な謎解きというわけでなく、幕末から明治にかけての時代背景を色濃く投影した作品に仕上がっているところが素晴らしい。フーダニットだけでなく、その時代ならではのフワイダニットが見事。本格ミステリでこれだけ時代色を濃く絡めた作品なんて珍しい。特に「監獄舎の殺人」は傑作。最初は「死刑囚パズル」の維新版かと思っていたら、見事な背負い投げを食らった。「桜」なんて、倒叙ものだよ。時代小説で正面から倒叙ものに向き合うというのもすごい。
 登場人物の描写も、時代背景の描写も素晴らしい。江藤新平なんて個人的には征韓論で先走った人物程度の認識しかなかったが、本書を読むとすごく興味が湧いてくる。鹿野師光も実在するのかと思って、調べちゃいましたよ。さすがに実在しなかったけれど。
 こういうのを読むと、明治維新ももう少し調べてみたくなりますね。個人的には政権が徳川から薩長土肥に変わった程度のイメージしか持っていなかったけれど(その後の近代化はまた別の話)、もっとドロドロした話、ミステリの題材にもなりそうな話があるんだろうな、なんて思ってしまう。とにかく、見事な作品集でした。

藤原宰太郎・藤原遊子『改訂新版 真夜中のミステリー読本』(論創社)

改訂新版 真夜中のミステリー読本

改訂新版 真夜中のミステリー読本

 

  1990年7月にワニ文庫から出版された『真夜中のミステリー読本』の改訂新版。「二一世紀のIT社会にも通用するミステリーの案内書を作りたい」という藤原宰太郎の遺志を継ぎ、長女の藤原遊子が加筆、訂正、項目の削除を行い、生まれ変わらせた一冊。2019年12月、刊行。


 インターネットで何でも調べられる時代になったこと、そしてミステリーという分野が成熟しきったこともあり、ガイド本が姿を消すようになってしまったため、この本が復活したのは嬉しい。ただ復活するのではなく、内容も2019年の時点に書き改められている。
 削除されたエッセイもいくつかある。「ハードボイルドが日本ではやらぬ理由」。これは日本でもハードボイルドの名作が多数出るようになり、時代と合わなくなったから削除されている。本書では「感傷を切り捨てたハードボイルド小説」とタイトルを変え、内容も一部のみ収録された。
 「日本ミステリーの特徴<その2>」も削除。日本の、特に新人に密室トリックが多い、という苦言である。これはあえて残してもよかったと思うんだけどね。
 「創作意欲と性欲は比例するか」が削除。本エッセイに限らず、下ネタ系はたいてい書き改められているか、削除されている。「カギを握るのは俳句」が削除。元版の目次に載っていない項目だが、これは残しておいてもよかったと思う。「航空ミステリー傑作選」「海洋ミステリー傑作選」も削除。「ホモ探偵」「インポ探偵」「江戸の名探偵」「名探偵、全員集合!」が削除。前2項はさすがに今ではやばいでしょう。江戸の名探偵は、内容が「江戸の捕物帳傑作選」と被るからかな。最後のは残しておいてもよかったと思うけれど。
 第六章「名探偵の推理は間違いだらけ」は丸々削除。まあ、これはないほうがいいでしょう。言い出したらきりがないし。<久我京介のミステリー談義>も削除されている。これは別にエッセイのほうに組み込んでもよかったと思うが。
 逆に追加されたのは「世界最初の長編推理小説」「法律を利用した捨て身のトリック」「四人揃えば新人作家」「三〇を越えるペンネームを持つ作家」「読者を犯人にした究極の大トリック」「あの世が舞台のミステリー」「味覚が暴く犯罪」「犯人は見た」「透明人間のミステリー」「嘲笑う犯人、敗れる探偵」「新素材で大変身」「写真とミステリー」「エレベーターとミステリー」「動物のトリック」「乗り物のトリック」。
 他にも改訂されたところは多い。先に書いた下ネタ系の他にも揶揄している文章、表現に問題がある文章などは徹底的に直している。
 そして本書のいいところは、藤原宰太郎の欠点と多くの人が指摘しているネタばれに対する配慮ができるだけなされているところだ。文章中の紹介でも具体的にタイトルを出すのではなく、「〇〇〇〇の長編」という形に書き改め、注釈をつけて章末に作品名を紹介する態に書き改められている。これでネタバレに関してはだいぶ改善されたと言えるだろう。トリック紹介についてはどうしてもネタバレになってしまうが、間羊太郎が言っていたように、数多く紹介されるとかえってタイトルなどを忘れてしまうものだ。さらに多くの方に協力をいただき、トリックなどについての原典が大幅に増えている。これもまた見どころの一つだろう。
 今日でも十分通用するガイド本に生まれ変わったと思う。ただ残念なのは、原典に沿った形になっているので、ランダムにまとめられた印象がぬぐえないところだ。いっそのこと、ミステリーの歴史とかトリック分類とか、入門書的な形でまとめてほしかった。それとも、今後はそういう形で一冊にまとめてくれるのだろうか。今までの著作から書き出して、一冊を書くことは十分可能だろう。藤原宰太郎はネタバレなどの問題点はあったかもしれないが、ミステリーの楽しさを何も知らない人たちに紹介していった功績が非常に大きい。今こそ、そういう観点でまとめた本を編集してくれないだろうか。名探偵編とトリック編と歴史編をうまく絡めて。

逢坂剛『百舌落とし』(集英社)

百舌落とし

百舌落とし

  • 作者:逢坂 剛
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/08/26
  • メディア: 単行本
 

  かつて新聞社編集委員の残間が追いかけた、商社の違法武器輸出。過去の百舌事件との関わり合いを見せたことから露わになったこの事件は、一時的な収束を見た。しかし、そこへ新たな展開が訪れる。元民政党の議員、茂田井滋が殺されたのだ。しかも両目のまぶたの上下を縫い合わされた状態で。既に現役を退いている彼の殺害理由は何か。彼は何を知っていたのか。探偵となった元警視庁の大杉、彼の娘で現役警官のめぐみ、公共安全局にいる倉木美希はそれぞれ独自に捜査を始める――。殺し屋百舌の正体は!? 捜査が進むにしたがって、次々に百舌の凶弾に倒れる関係者。大杉たちは真の黒幕に辿り着くことができるのか。三十年以上にわたり書き継がれてきた伝説の百舌シリーズ、堂々の完結。(粗筋紹介より引用)
 『小説すばる』2017年3月号~2019年8月号連載。2019年8月、集英社より単行本刊行。

 

 『百舌の叫ぶ夜』から33年(『裏切りの日日』からだと38年)。ついに百舌シリーズ完結。
 「百舌落とし」とは、百舌の瞼を縫って木にくくりつけ、ギャーギャー泣き喚く声で他の鳥を誘き出す囮作戦のことをいう。すごい残酷な作戦だとは思うが、それをミステリに組み込んだところはお見事。ただ、そこまでなんだよな。個人的には『よみがえる百舌』で終わるべきだったと持っているので、そのあとは惰性で読んでしまった。なんだかんだ気にはなるので。
 美希、大杉、残間、めぐみなどのレギュラーキャラクターはそろって登場。過去に絡んだ政治家たちや悪人側も登場。シリーズ完結ということで、今までの因縁に終わりを告げつつ、新たな武器問題もからめる腕はやはり大したものだが、以前にも書いた通り百舌の残滓で読ませているだけ。登場人物たち、警戒心なさすぎだろう。特に残間。
 犯人側の心の動きがほとんど書かれていない点も問題。なんで今回の犯行に手を染めたのが、一応の動機こそ書かれているものの、最後まで読んでもピンとこなかった。こういうのって、犯人側の執念をもっと丁寧に描写すべきじゃなかったのだろうか。
 まだまだ事件が起きそうな問題は残っているものの、登場人物たちの多くにけりがつき、シリーズは完結。とはいえ、まだ新作が続きそうだけどなあ。百舌じゃない、というだけで。例えばめぐみが主人公でそれを美希が見守るとか。

明けましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。どこまで更新できるかわかりませんが。
 本当は年末にもう1回ぐらい更新するつもりだったし、正月も更新するつもりでしたが、全然ダメでした。
 昨年は57冊しか読んでいない……。月平均5冊未満! 自分でも信じられない。仕事に追いまくられて、本を読む気力が全然起きなかったものなあ。日が変わる前に寝た記憶がほとんどない。これもやっぱりいじめだよね(違う)。働き方改革? 笑っちゃうよ、本当に。今年はもう少し頑張ります。