平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

神護かずみ『ノワールをまとう女』(講談社)

ノワールをまとう女

ノワールをまとう女

 

  日本有数の医薬品メーカー美国堂は、傘下に入れた韓国企業の社長による過去の反日発言の映像がネットに流れ、「美国堂を糺す会」が発足して糾弾される事態に。
 かつて美国堂がトラブルに巻き込まれた際に事態を収束させた西澤奈美は、コーポレートコミュニケーション部次長の市川から相談を持ちかけられる。新社長の意向を受け、総会屋から転身して企業の危機管理、トラブル処理を請け負っている奈美のボスの原田哲を排除しようとしていたものの、デモの鎮静化のためにやむを得ず原田に仕事を依頼する。
 早速、林田佳子という偽名で糺す会に潜り込んだ奈美は「エルチェ」というハンドルネームのリーダーに近づくと、ナミという名前の同志を紹介される。彼女は児童養護施設でともに育ち、二年前に再会して恋人となった姫野雪江だった。雪江の思いがけない登場に動揺しつつも取り繕った奈美は、ナンバー2の男の不正を暴いて、糺す会の勢いをくじく。
 その後、エルチェは美国堂を攻撃する起死回生の爆弾をナミから手に入れたというが、ナミ(=雪江)は奈美と約束した日に現れず、連絡も取れなくなった。起死回生の爆弾とは何なのか? (内容紹介より引用)
 2019年、第65回江戸川乱歩賞受賞。応募時タイトル「NOIRをまとう彼女」。2019年9月、講談社より単行本刊行。

 

 作者は受賞時58歳で、長井彬の56歳を上回る史上最年長。ちなみに男性。1996年、『裏平安霊異記』(神護一美名義)でデビュー。2011年、『人魚呪』で遠野物語100周年文学賞を受賞している。
 企業の炎上鎮火請負人という職種はこのご時世ならではと思った。主人公が女性で恋人も女性、というのも今時らしさがある。韓国ヘイトをテーマにする点も平成の終わりならでは。ただそういう表層をはぎ取ってしまえば、あまりにもスタンダードなハードボイルド。主人公の一人称という構成が特にそれを思わせる。企業に雇われた私立探偵もしくはトラブルシューターが総会屋の難癖を処理する、みたいな話を現代に置き換えた、という印象しかない。プロとして活動していた人だからそれなりに文章は達者だけれども、特に前半は説明文が多いし、話が盛り上がるのも中盤過ぎでちょっと遅い。選考委員が指摘した欠点は修正したようだが、ステレオタイプという指摘は直しようがなかったんだろうな。主人公を女性にする強烈な理由もなかった点はもう少し何とかできなかったか。服を黒尽くめにする点も生かせていない。
 欠点と感じたことばかり並べているけれど、それなりに時間をつぶせる、いわゆる出版されても問題はないな、という程度の出来にはなっている。ただ、受賞したら二作目もこの主人公を使おう、というのが透けて見えるのが嫌だ。そういった点を裏切ってくれれば、少しは印象が異なったんだろうけれど。今までミステリを書いてこなかった作家が、昔流行ったパターンをアレンジして文庫書下ろしシリーズ化できるように仕立てた、以上のものはないので、乱歩賞という名にふさわしいのかは疑問。昔だったらこの手の作品は「新味がない」という理由で受賞できなかったと思う。逆に言うと、応募作が低調だったのかな。

犯罪の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
無期懲役判決リスト 2019年度」に1件追加。
「求刑死刑・判決無期懲役」に1件追加。
 武井北斗被告の場合、「計画性がない」「計画性が低い」のではなく、単に「杜撰」「行き当たりばったり」というだけだと思うんだけどね。計画しなければ人を殺せないような人より、計画しなくても平気で人が殺せるほうが怖いなあ、自分は。強盗殺人1件のみ(余罪があることは別として)のY受刑囚が無期懲役で、強盗殺人に加え強盗致死まで加わった武井被告も同じ無期懲役というのは、罪刑の均衡という観点からどうなんだろう、と考えてしまう。

貫井徳郎『愚行録』(創元推理文庫)

愚行録 (創元推理文庫)

愚行録 (創元推理文庫)

 

  ええ、はい。あの事件のことでしょ? えっ? どうしてわかるのかって? そりゃあ、わかりますよ。だってあの事件が起きてからの一年間、訪ねてくる人来る人みんな同じことを訊くんですから。――幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。池袋からほんの数駅の、閑静な住宅街にあるその家に忍び込んだ何者かによって、深夜一家が惨殺された。数多のエピソードを通して浮かび上がる、人間たちの愚行のカタログ。『慟哭』の作者が放つ新たなる傑作!(粗筋紹介より引用)
 2006年3月、単行本刊行。第135回直木賞候補。2009年4月、文庫化。

 

 買ったまま積ん読状態だった一冊。なんで買ったのだろうと思っていたら、映画化されていたからだった。そのくせ、映画は見ていないけれど。
 エリートサラリーマン一家だった日向家の夫婦、子供2人が惨殺されてから1年。取材を始めた記者が被害者夫婦の知人たちにインタビューを始めると、理想の夫婦に見えた2人の真の姿が現れる。
 インタビューを続けるうちに被害者の真の姿が見えてくるという手法は、過去のミステリにもよく出てくる。表では善人に見えても、その裏では……というのはよくある話だ。被害者の夫婦も最初のほうから根は嫌な奴だ、と感じさせるものがある。ただ最初に出てくる新聞記事と、各章末に挟まれる妹から兄への独白が一家惨殺事件とどう絡んでくるのか。
 ミステリの仕掛け的にはわりとシンプル。本格ミステリではないので犯人を推理するというものはないが、結末で明かされる犯人像は、動機の唐突さは抜きにして、意外性はない。もちろんこの作品の主眼は“愚行”であり、最後に明かされる真相でさらなる愚行が出てくるのだが、うーん、なんかもやもやが残る終わり方。別に謎が残されているわけでもないのに、人が持つ嫌な部分をあからさまにされてしまった恐怖が霧にかかった感じ。底が見えない、救いようのない心理というか。
 もともとリーダビリティがある作家だから、読んでいる分には面白い。人が持つ打算の多様さがよく書けている。正直なことを言えば、もう二三人、取材を受ける人を増やしてもよかったと思う。もうちょっと凝った書き方もできたのではないか。そう考えるとちょっと惜しい気がする。

若竹七海『ヴィラ・マグノリアの殺人』(カッパ・ノベルス)

ヴィラ・マグノリアの殺人 (カッパ・ノベルス)

ヴィラ・マグノリアの殺人 (カッパ・ノベルス)

 

 海に臨む瀟洒な邸宅、十棟が並ぶ「ヴィラ・葉崎マグノリア」。その一棟、密室状況の空き家で死体が発見された。所持品もなく、顔と手が潰され、身元の特定は困難。聞き込みに懸ける葉崎署員だが、ヴィラの住人は皆、一癖も二癖もある人間ばかり……。聞き込みのたびに、担当の一ツ橋巡査部長と駒持警部補の眉間の縦皺が増えていく。そんなおり、さらにヴィラ内である人物が殺害される!連続殺人により、住人たちの秘められた事実が次々と明らかになり……!?
 洒脱な語り口で、ミステリーの縦糸とユーモアの横糸とで織りあげる、著者会心の書下ろしミステリー快作!(粗筋紹介より引用)
 1999年6月、書き下ろし刊行。

 

 若竹の葉崎市シリーズ、第一弾らしい。もっともシリーズといっても架空の葉崎市を舞台にしているというだけのことだが。
 殺人事件そのものよりも、事件を巡る登場人物たちのドタバタを楽しむ作品。ドタバタと言っても単なるユーモアだけではなく、人の底に潜む暗い部分が混じっているところが作者らしいというか。結局そこばかりに目を取られてしまって、肝心の殺人事件の謎のほうがあまり気にならなかったというのが、問題点かな。単に個人的な読み方の姿勢の問題だろうけれど。いや、本当に気にしていなかったから、結末を読んで、こんな真相?という驚きはあったかな。
 まあ、楽しめたといえば楽しめたけれど、何か残るか、と言われると微妙。そういう作品だから、それでいいんだと思う。

犯罪の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html

「求刑無期懲役、判決有期懲役 2019年度」に2件追加。
日弁連死刑廃止終身刑の導入を同時に求めていく基本方針を決めたとあるが、まずは中国のように「死刑執行執行猶予制度」を導入すべきと訴えたほうがよかったと思う。いきなりの死刑廃止は反発が大きいだろうが、執行猶予制度だったら、本当に死刑囚が反省するのか、被害者遺族が死刑囚を許すことができるようになるのか、といったことを検討する時間が得られると思う。まずは存続派と廃止派の乖離を埋める方法を考えるべきだった。執行猶予制度にはもちろん色々な問題があるだろうから、検討はもっと必要だろうけれど、いきなりの終身刑導入よりはましだと思う。

市川憂人『神とさざなみの密室』(新潮社)

神とさざなみの密室

神とさざなみの密室

 

  和田政権打倒を標榜する若者団体「コスモス」で活動する凛は、気付くと薄暗い部屋にいた。両手首を縛られ動けない。一方隣の部屋では、外国人排斥をうたう「AFPU」のメンバー大輝が目を覚ましていた。二人に直前の記憶はなく、眼前には横たわる死体。誰が、何のために、敵対する二人を密室に閉じ込めたのか? そして、この身元不明死体の正体は? 真の民主主義とは何か? 人は正しい道を選べるのか? 日本はどこへ向かっているのか?(帯より引用)
 2019年9月、新潮社より書き下ろし刊行。

 

 国民黎明党の和田要吾が首相になって8年。悲願の憲法改定に向け、国民投票法を改定しようとしていた。反対運動を続ける「コスモス」の主要メンバー、大学二回生の三廻部凜。在日外国人を糾弾する「AFPU」のメンバーでありネトウヨでもある渕大輝。二人は隣り合う密室に閉じ込められていた。それぞれの目の前には、顔の焼けただれた、身元不明の死体。
 〈マリア&漣〉シリーズとは異なり、現実に即した世界観。モデルはあの人でしょ、というのがすぐにわかってしまう世界観もどうかと思うし政治団体にしても同様。登場人物の思想にしても薄っぺらさしか見えてこないのだが、まあ政治小説ではないし、今時の若者を取り上げるのなら逆にこれぐらいのほうがいいのか。だけどそれが小説の半分ぐらいまで読まされるのはきつすぎる。もっと手短にまとめられなかったのか。帯の「この部屋と、民主主義という密室から脱出せよ!」は煽りすぎ。作者の意図は入っていないと信じたいが、民主主義が密室なら、社会主義になるしかないんだぞ(ってのも違うか)。
 密室の謎については、偶然の要素に頼っていて面白くない。犯人の設定もどうかと思うが、スマホがつながっていて、凜のフォロー相手で顔も素性も知らないネット論客が事件の謎を解くという設定も、不確実すぎる。まあ犯人から見たら凜や大輝がどうなるかなんて考えているわけでもないだろうし、“本格ミステリの謎解き”のようになってしまうのも意図しないことだろうから、それを言っちゃおしまいなんだろうが。謎を解く人物も消去法で予想がつくのだが、違和感しか残らないのも残念。あえて皮肉な部分を足そうとしたのだろうけれども。
 言っちゃえば、こんな本格ミステリは読みたくなかった。なんというか、痛い。それもミステリ以外の部分が特に。シチュエーションの選択ミス。それに尽きる。