平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

梓崎優『叫びと祈り』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 

叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)

叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)

 

  砂漠を行くキャラバンを襲った連続殺人、スペインの風車の丘で繰り広げられる推理合戦、ロシアの修道院で勃発した列聖を巡る悲劇……ひとりの青年が世界各国で遭遇する、数々の異様な謎。選考委員を驚嘆させた第五回ミステリーズ!新人賞受賞作「砂漠を走る船の道」を巻頭に据え、美しいラストまで一瀉千里に突き進む驚異の連作推理誕生。大型新人の鮮烈なデビュー作。(粗筋紹介より引用)
 第五回ミステリーズ!新人賞受賞作「砂漠を走る船の道」、「白い巨人」、「凍れるルーシー」、「叫び」、「祈り」の五編を収録。2010年2月、刊行。

 海外の動向を分析する雑誌を発行する雑誌社に勤め、七か国語を操り、年間100日近くを海外で過ごす斉木を狂言回しとした短編集。巻頭の「砂漠を走る船の道」は傑作。全く想像できなかった動機といい、極限化における推理といい、結末における最後の隠し味といい、見事としか言いようがない。それ以後の短編はちょっと評価が落ちるが、凡作というわけではなく、十分に読むことができる作品ばかり揃っている。「凍れるルーシー」の結末はなかなか悪くないし、「叫び」の動機もうまく描かれいる。最後となる「祈り」の書き方が個人的な好みとしてではあるが、今一つ。何もこんなことしなくてもいいのに、と思ってしまう。

 海外の描写もよく描かれているし、登場人物のあり方も悪くない。なるほど、各誌で評価が高かったのも頷ける。ただ、「砂漠を走る船の道」を同じくらいの鮮烈さを持った作品がもう一つ欲しかったのは、あまりにも贅沢だろうか。

 

塩田武士『罪の声』(講談社)

罪の声

罪の声

 

  京都でテーラーを営む曽根俊也は、ある日父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった―。(「BOOKデータサービス」より引用)
 『小説現代』電子版2015年10月号~2016年1月号に連載された『最果ての碑』を大幅に加筆修正し、2016年8月、単行本刊行。第7回山田風太郎賞受賞。

 

 実際に起きて未解決のまま時効となった「グリコ・森永事件」を題材とした「ギン萬事件」で31年前に知らないまま脅迫の声に使われた男と、当時の真相を追う新聞記者の物語。
 大日新聞文化部の記者である阿久津栄士が31年前の事件を追うのだが、最初こそ失敗しつつ(実際は関連していたのだが)、結局は事件の謎に順調に迫っていく展開が、あまりにも都合よすぎ。本文中でも「幸運に恵まれている」などと書かれているが、そんな言葉で済まないほどのラッキーさにげんなりとさせられる。しかもその序盤の部分があまりにもまどろっこしすぎて、退屈だった。途中からは多少テンポよく読むことができたが。
 当時の脅迫電話の声に使われた曾根俊也の苦悩はよく書けていたと思う。とはいえ、作り過ぎの印象しかない。
 結局、作者の都合に合わせて書かれた実在事件の「ある真相」でしかなく、作品世界にのれなかった。よく調べているとは思ったが、もう少し現実の事件と離れた事件にした方がよかったと思う。作者の意図と離れてしまうけれど。

犯罪の世界を漂う

犯罪の世界を漂う

最高裁係属中の死刑事件リスト」「高裁係属中の死刑事件リスト」「死刑執行・判決推移」を更新。
無期懲役判決リスト 2019年度」に5件追加。
「求刑死刑・判決無期懲役」を更新。

 情報、ありがとうございました。全国紙に載る死刑関連の情報はさすがに見落とすことはないのだけれども、地方版とか地方紙はなかなか追いつかない。

 そうそう、尾田信夫死刑囚の手記が読売新聞の地方版に載っていましたね。一審判決から50年。どういう人生なんだろう、って考えてしまいます。

忙しかった

 忙しくて、精神的に体力的にもしんどかった。ようやく落ち着いたと思うが、やはり復活には時間がかかりそう。
 こんな状態だと、山ほど更新したくなるんだけど、そんな気力すらもうない。本も読めない。やばい。
 まあ、4月は少し頑張ろう。

一本木透『だから殺せなかった』(東京創元社)

 
だから殺せなかった

だから殺せなかった

 

 おれは首都圏連続殺人事件の真犯人だ」大手新聞社の社会部記者に宛てて届いた一通の手紙。そこには、首都圏全域を震撼させる無差別連続殺人に関して、犯人しか知り得ないであろう犯行の様子が詳述されていた。送り主は「ワクチン」と名乗ったうえで、記者に対して紙上での公開討論を要求する。「おれの殺人を言葉で止めてみろ」。連続殺人犯と記者の対話は、始まるや否や苛烈な報道の波に呑み込まれていく。果たして、絶対の自信を持つ犯人の目的は――
 劇場型犯罪と報道の行方を圧倒的なディテールで描出した、第27回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2017年、第27回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。2019年1月、単行本刊行。

 

 『屍人荘の殺人』と受賞を争った本作。読み終えてみると、劇場型犯罪を舞台にした社会派ミステリ。うーん、なぜ鮎川賞に応募した?
 かつて汚職事件を追いかけ、スクープしたのは恋人の父親の逮捕。父親は自殺し、そして恋人も姿を消して亡くなった。そんな過去を持つ太陽新聞の社会部記者、一本木透。「シリーズ犯罪報道・家族」で自分の二十数年前の苦い記憶を記事に書き、高い評価を得た。一方、無差別連続殺人犯から一本木宛てに手紙が届き、殺人を巡って紙上公開討論が始まる。そしてもう一つ語られるのは、江原陽一郎という青年の今までだった。
 作者が新聞記者だったのかどうかはわからないが、新聞社という会社自体の存在も含め、新聞記者や新聞紙の発行の部分にリアリティがある。公器を謳いつつ、ちゃっかりと営業に使って、じり貧だった購読数の回復につなげる展開には思わずうなってしまった(なんか、似たような展開がどこかであったような記憶もあるけれど、思い出せない)。
 紙上を使ってやり取りするという展開自体は面白いし、最後まで読ませる力はあったと思う。ただ、リアリティがある作品なだけに、不自然を感じてしまうところがあったのは残念。最後の自滅からドタバタするくだりはまだ許せるのだが、やはり犯行に手を染める動機については納得がいかない。これ以上書くとネタバレになってしまうから止めるのだが、どうしても不自然なのだ。それは自分だけかな。一応読者を納得させるような書き方にはなっているのだけれども。もしかしたら選評の指摘を受けて、書き直したのかもしれない。
 名探偵の出てくる本格ミステリならファンタジーで逃げれるのだろうが(暴言)、やはり社会派ミステリだと、読者が首をひねってしまうところがあるのはやはり原点だろう。今回は優秀作止まりだったが、多分『屍人荘の殺人』が無くても優秀作止まりだったと思う。そもそも、本格の味、全然ないよね。